*仕儀への道程-しぎへのみちのり-

 目指すドラゴンは、さらに東にある洞窟にいるという。二人は紛争中の町からはなるべく距離を取って進む事にした。回り道にはなるけれど揉め事は避けたい。

 西の大地は他の地に比べれば豊かではないが、多くを求めさえしなければ充分な暮らしを立てることが出来る。

 しかし、とある一帯だけは草木はわずかで岩肌が剥き出しになっている岩山があった。その山すそにドラゴンの棲む洞窟はあるという。

 ドラゴンの姿をはっきり見た者はおらず、ただ閉じこもっているだけなのか見た者はことごとく命を奪われているのかは定かではない。

 洞窟に向かう途中、相手の正体が解らない状態で挑むのは自殺行為だと何度もナシェリオは意見した。

 それでもラーファンはなんとかなると言い張ってナシェリオの言葉を聞こうとはしない。どこからそのような自信が出てくるのだろうかと半ば呆れて後ろに続くが、旅に同行すると約束した条件を忘れてはいないかと不安になる。

 二人は洞窟から少し離れた場所で馬を下り、闘う準備を整え歩いて向かった。

「あったぞ、あれだ」

 大きく口を開けた洞窟からは冷たい空気が漂い、ぽつりぽつりと天井の抜けた穴から差し込む陽射しで内部は薄暗くなっていた。

 暗闇でない事に安堵しつつも、おぼつかない足元を照らすためにたいまつを灯す。

「いいか? 入る前に確認しておくぞ。俺がドラゴンの注意を引き付けるから、その間にお前が魔法で攻撃するんだ」

「ラーファン……。もう少し時間をかけてドラゴンを観察してからにしよう」

「なに言ってる。時間なんかかけていられない。今から倒すんだよ」

 今更ひよるナシェリオを軽く睨みつける。これから闘う緊張と意気込みからか、ラーファンの言動はいささか刺々とげとげしかった。

 陽はまだ高く、目的のドラゴンが夜行性なのかは解らないが決行するのは今しかないとナシェリオをせっついた。

 そうして、二人は恐る恐る洞窟に足を踏み入れる。天井からは乳白色のつららが無数に垂れ下がり、地面から突き出た鍾乳石は地獄から這い上がってきた手のごとく上に伸びていた。

 凹凸おうとつのある足元はとても歩きづらく、ドラゴンがいるという意識からか二人の目には異様な風景として映し出されていた。

 奥に進むに従って冷気は一段と増し、どこからか吹き込んでいる風が気味の悪い音を響かせている。

 ラーファンは生唾を呑み込み、ナシェリオがちゃんと後ろにいるかどうかを振り返り確認しつつ、ゆっくりと奥を目指した。

 内部はやや入り組んでおり幾つかの分かれ道があったが、なるべく大きな穴を選んで進んでいく。しばらくすると、ぼんやりとした光が見えてきた。

 二人はたいまつの灯りを消し、岩陰に身を隠してそっと覗き込む。そこには、うずたかく積まれた金貨や装飾品の上でとぐろをまいたドラゴンが静かな寝息を立てていた。

「しめた。やつは寝ている」

 喜ぶラーファンの隣でナシェリオはドラゴンの姿に目を見開き身体を小刻みに震わせた。全身を覆う艶を持つ深紅の鱗は、所々に群生しているヒカリゴケの淡い光を照り返し、広げればさぞかし立派だと窺える翼は折りたたまれて背中に張り付いている。

 尾はすらりと長いものの、体長はラーファン二人分強といったところだろうか。確かに細い体をしているが、寝ていても解るほど力強い存在感を放っていた。

「ラーファン。止めよう」

「何を言うんだ。寝ている今なら倒せる」

 どうして彼は気付かないんだ。あれは普通のドラゴンじゃない。

「行くぞ」

「ラーファン!」

 呼び止めるも聞いてはもらえず、仕方なく彼の反対側に回る。頭はラーファン、胴はナシェリオと分担し互いに首を振って同時に攻撃を仕掛けた。

 しかし──突き立てたラーファンの剣はドラゴンの鱗に傷の一つも負わせる事は敵わず、胴体に向かってナシェリオの放った火の玉はまるで泡玉のごとく虚しくかき消された。

[愚か者どもが!]

「喋った!?」

「ラーファン!」

 カッと目を開き洞窟が震えるほどの声と雄叫びに驚くラーファンにナシェリオは逃げろと出口を示す。

 それにラーファンは慌てて駆け出し、ナシェリオもあとに続いた。怒りの声が背後に迫り、ナシェリオは走りながら時折振り返る。

 いくら洞窟内が広いと言っても背中の翼を広げて飛べるほどではなく、ドラゴンは四本の足で追いかけてきていた。

 細い体であってもごつごつとした穴の中では人間と同じようには動けず、なかなか追いつくことが出来ないようだ。

 これなら逃げ切れるかもしれないと慎重に足元を見つつ出口まで走る。言葉を解するという事は魔法を扱えるという事に他ならない。そんな相手に勝てるはずがない。

 ──出口を表す光が見えてラーファンはいっそう走りを速める。それを見たナシェリオもつまずきそうになりながら必死に足を動かした。

 ナシェリオは、洞窟から出たラーファンが遠くに見える林のある左に逃げたのを確認し真っ直ぐに走った。目の前は草原だが、同じ方向に逃げれば二人とも助からない。帰りを待つ者のいるラーファンは生き残らなければならないと意を決した。

 いよいよ出てきたドラゴンは草原に逃げていく影を捉えて翼を広げ一気に飛んだ。こうなってしまってはもう逃げられはしない。

 すぐさま追いつかれ風圧で倒れ込む。転がったところを前足で強く掴み再び空に舞い上がった。

「──っが、あ」

 ドラゴンは、掴まれたことによる痛みで唸る人間を金色の目で一瞥し林の方に逃げる影を追った。

 逃げ切ってくれというナシェリオの願いも虚しく、威嚇により口から吐き出された炎に恐怖してラーファンはその足を止めた。

 未だナシェリオを掴んだまま、ドラゴンはゆっくりと地に降り眼前の人間を見下ろす。ラーファンはその威容にガクガクと震えて声も出なかった。

[我を倒そうなどとは、なんと愚かなり]

 低く響くドラゴンの声に、もはやラーファンは恐怖で震えが止まらない。そんな彼の様子にナシェリオはどうにかしなくてはと圧迫する痛みに耐え思考を巡らせる。

「わ、私が──っ! 私が、彼をそそのかしたのだ」

[ほう?]

「ドラゴンを倒せば財宝も名誉も手に入る。だから──」

 殺すなら私だけを! 射すくめられながらも吐き出した言葉にドラゴンは目を細め、探るように二人を交互に見つめた。

 ふいに、

「そ、そいつの言う通りだ。俺は、ドラゴンを倒さないかって誘われただけなんだ」

 そうだ、それでいい。ナシェリオは己のすべきことは終わったと全身から力を抜き、だらりと腕を垂らした。

 ドラゴンはそれに、手の中の人間をじっと見下ろす。大きな金色の瞳にナシェリオも怯むことなく見返した。

[そうか、ならば去るがよい]

 言われてラーファンは「すまない」とナシェリオに目で応えて走り去る。ナシェリオは遠ざかる背中に安堵して目を閉じた。

 死は怖くない。私はそれが早かったというだけだ。じきに訪れる終わりを待っていたナシェリオだが、

[たわけ者めが!]

 怒号のあとに放たれた炎のブレスは瞬く間にラーファンを覆い、叫びをあげる暇もなく全身が燃えさかった。

「ラーファン!?」

 ナシェリオは痛みも忘れて炎に包まれたラーファンに手を伸ばす。

「やめろ! 私が! 私が計画したと言ったはずだ! 炎を消してくれ!」

 力の限り伸ばした手は友に届かず、ドラゴンから逃れようと身悶える。炎は見る間にラーファンを焼き尽くし、人の形をした真っ黒な塊がどしゃりと崩れ落ちた。






仕儀しぎ:物事の成り行き。事の次第。特に、思わしくない結果・事態。

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