*心沸き立つもの

 たいまつが村のあちらこちらに据え置かれ、全てを覆い隠そうとする暗闇を押しやるように辺りを煌々こうこうと照らし出す。孤独ではないのだと鳴り止まぬ虫の音は睡魔を導き幼子を安らかな眠りへといざなう。

 されど、今宵ばかりは微睡まどろみすらも逃げてゆく。親たちはきかぬ子らをやむを得ず家屋から送り出し、子らの帰りを持ちわびながら明日の準備にいそしんだ。

 ──男は集まった人々をゆっくりと見回し、思わせぶりに低く語り始める。

「ドラゴンは乗り物になるものから神に近いものまで様々だが、あの洞窟にいるやつは、まさに神のようなドラゴンだ」

 渡り戦士の話はラーファンの目を輝かせるに足るものだった。ドラゴンを倒す騎士の物語は最もラーファンの心を震わせる。幾度も朗読を頼まれたナシェリオが本の内容を全て覚えてしまったほどだ。

「もともとそこに財宝があったのか、奴が貯め込んだのかは解らないが、その洞窟の奥には山ほどの金細工銀細工がうずたかく積まれているらしい」

 人間などが造り出した美しい造形物を好むのはドラゴンだけに限らず存在するが、より多くを求めるのは力の強いドラゴンだ。財宝集めは彼らの強さの象徴でもあるのかもしれない。

 男は一旦話を切り、充分に興味を引いたと確認すると重々しく続けた。

「そいつは硬く真っ赤な鱗に覆われ、ぎらぎらとした金色の目で洞窟に侵入者はいないかと常に周囲を警戒している。背丈は大人の男の数人分にもなり、頭から尾まではこの広場の端から端まであるだろう。エルフ語や古代語だけでなく人語も話す。口からは熱い炎を吐き、魔法すらも使いこなす奴だ」

 人々はその話に揃ってどよめく。どれほど巨大なドラゴンなのかと広場を見回し、怖々と互いにつぶやき合った。

 大きな街から遠く離れたこの村にも、ある程度の金銭は必要だ。ナシェリオのように手先の器用な者が工芸品を造り、定期的に訪れる商人たちにそれらを売って諸々の資金としている。

 商人たちは旅をしていると言っても刺激を求めている訳じゃない。出来うる限り危険のない道程を選び、街や集落を転々として自らの目に適った商品を買い集めそれらを高値で売りさばくために王都に戻る。

 そんな彼らから耳に出来る話などラーファンにはまるで興味がなかった。しかし、ナシェリオには違った。

 勇猛果敢に闘う戦士たちの物語は刺激的だが、商人たちが先々でめぐりあう品物の話にもナシェリオは目を輝かせた。

 磨き上げられた技で形作られる品々はその土地の特徴を色濃く宿しており、それぞれに美しいと驚嘆する。出来るならば工房に赴きその手さばきを目にしたい。

 ナシェリオが外の世界に憧れる本当の理由はそこにあった。様々な生き物や風景だけでなく、その土地の人々が築いてきたものにも強く惹かれていた。

 細かな木彫り細工、鮮やかな色の焼き物、鋭く輝く刃物に艶やかな織物──それを思うだけでナシェリオは心が躍った。

 されど、それらは安住の地からその身を引き離すほどの力にはなっていない。昨年には見えた商人も次の年にはいなくなっている事は珍しくなかった。

 さすれども、少年のように顔をほころばせて渡り戦士の話を熱心に聞き入るラーファンを見れば、少なからず心は揺さぶられる。

 彼が本当に旅をしたいと望むなら、従うべきなのかもしれない。

「さあ、もう今日は遅い。続きは明日にしよう」

 話し疲れたネルオルセユルは残念がる人々をなだめるように発して宿に向かった。村にある宿は常に営まれているものではなく、客人が訪れた時のみ開かれるものだ。

 ──ラーファンは未だ冷めやらぬ感情を家族の元に持ち込まぬため、ナシェリオの家で心を落ち着かせていた。そうでもしなければまた喧嘩になってしまう。

 暖炉の前に敷かれた毛皮に腰を落とし、陶器のカップを傾ける。採れたばかりの果物をすり潰した液体は甘く喉を潤した。

「なあ」

「ん」

 テーブルで小鳥を彫っているナシェリオは呼ばれて顔を上げる。

「やっぱり村を出よう」

 言われるかもしれないと予想していた言葉が紡がれ心臓がドクンと大きく脈打った。

「どうして──」

「彼の話を聞いただろう。ここにいてもあんな経験は出来ない」

「出たからといって良いことばかりとは限らないよ。すぐに死ぬ可能性だってあ──」

「そんなことを言っていたら何にも出来ないじゃないか!」

 ラーファンは声を荒げて立ち上がりカップを床に叩きつけた。ラーファンの大きな声と陶器が割れる音に驚いてナシェリオはびくりと体を強ばらせる。

「ラーファン」

「俺は──っ。こんな所で老いて死にたくない」

 抑えきれない感情に声を震わせ必死に目で訴える。暖炉に燃える薪がぱちりと弾け、重苦しい空気をほんの少しだけ軽くした。

「お前なら、解ってくれるだろう!?」

「でも、君の両親は許さないよ」

 ラーファンの強い視線に絶えきれず、ナシェリオは思わず顔を背けた。

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