ぼくと理想の✖✖✖(5)

「……次は私」

 もう大分疲れはてた空気の中、気負わない様子で立ち上がったのは霧島さんだった。

 ちょっと自信ありげに雄二を眺め見て、それからすうと手を前に伸ばす。

 ――霧島さんは雄二のことが好きだ。病的なくらい。

「何が出てくるか楽しみだね雄二」

「はっ。どうせ俺だよ」

 からかおうとしても、雄二もいい加減慣れたもので、そっぽを向いて吐き捨てるように言うだけだ。

 霧島さんが呼び出す「理想の異性」。雄二が出てくるのは100%間違いない。

 雄二はそれを受け入れている――というよりは諦めている様子だ。前は照れが前面に出ててからかいがいがあったのに。

「サモン」

 小さく霧島さんが宣言した。

 幾何学文様の上に黒い粒子が渦を巻き始めた。

 ん? 黒?

 ただならぬ光景に目を疑う。いや、確かに黒だ。何かを吸い込むような、禍々しい音すら響いている。

 黒い粒子が渦巻いて渦巻いて――やがて影のようなヒトガタを作り出した。

「ウ……ウ……ァ……」

 闇はうめき声をあげながら、すがるように膝を折る。

 召喚システムがバグったか? そうであってほしいと息をのむ僕らの前で、けれど霧島さんは頬を染めて恍惚とするのだった。

「雄二……///」

「ヒッ!」

 雄二が悲鳴を上げた。

 霧島さんには雄二がこんな風に見えているのだろうか。

 何とも恐ろしい事実だけれど、ここは親友の恋愛をバックアップしなくては……!

「いや! 面影はあ」

「ねぇよ!」

「…………目と口と鼻が」

「それもねぇから怖ぇんだろうが! ――翔子ォ!」

 たまらずといった様子で雄二が霧島さんに詰め寄る。

「アレはどう見てもオレじゃねぇ――っていうかヒトじゃねぇ!」

「……ううん。これが雄二。本当の雄二」

 きっぱりと断言する霧島さんは、もう何を言っても聞きそうにない。

「いいか翔子。ヒトには目と口と鼻があって――」

「ウ……ァ……ショ……アイ……シテ……」

 雄二の言葉に割り込んで、ヒトガタが苦しみにのたうち回りながら呻き声を上げる。霧島さんが再びぽっと頬を赤らめて、

「かわいい」

「怖いんだよ!」

 這いつくばるヒトガタを蹴飛ばしながら雄二が叫ぶ。蹴り飛ばされても、ヒトガタは必死に手――らしきものを霧島さんに伸ばしている。

 ホラー展開なのは間違いないけど……。

「そうか――!」

 一瞬のひらめきで、僕はすべてを察した。

「霧島さんは……霧島さんへの愛を持つ雄二――いや、霧島さんへの愛『だけ』を持つ雄二が理想なんだ!」

「……吉井。いいことをいう」

「外見も気にしてくれ! 頼むから!」

 雄二の懇願に、ぷぅと霧島さんが珍しくムクれた。

「……それなら、雄二が手本を見せて」

「――げ!」

「雄二ならきっと、外見も性格もそのままの私を呼び出してくれるはず。そうじゃなかったら――」

 本来の雄二の順番は最後だ。おそらくしっちゃかめっちゃかになるだろう僕の番で事態をうやむやにして、自分は理想召喚から逃れる腹案だったに違いない。

 追い詰められた雄二が歯噛みする。

 考えが透けて見えるようだ。ここでありのままの霧島さんを召喚すれば、もう相思相愛、一生を捧げざるを得なくなる。

 しかし、霧島さんとはわずかに違う女性が出てくればそのまま隣の教室に直行だ。命の保証はない。

「……雄二」

「くっ!」

 逃げ場はないと悟った雄二が唇を噛みながら手を伸ばす。召喚――するつもりなのか。

「大丈夫なの、雄二……!」

「…………勇気がある」

 一応雄二も友達だ。どう転んでも悲惨なことになるとわかっていて、止めないわけにはいかない。

 けれど雄二は、額にびっしり冷や汗を浮かべながらも、不敵に笑って見せた。

「俺だって無策じゃない……! 心理テストという段階でこういう事態は予想していた!」

「なんだって! じゃあ――」

 心理テストは本心を暴露してしまう恐ろしいテストだ。

 だが、その出題傾向や答えを読み切れば、何とか自分の意図通りの結果を出すこともまた可能である。羊たちの沈黙で知られる猟奇殺人鬼・レクター博士は、そうやって度重なる心理テストで健常者を演出したという。

 雄二にとってはあのテストすらも、手のひらの上だったというのか――!

「翔子! 見てろ! ありのままのお前を呼び出してやる――サモン!」

 雄二は霧島さんを呼び出し、とりあえず目の前の拷問を回避するという次善策を講じていたらしい。事態がこうなると読みきった、鋭い思考だ。

 幾何学文様の上に青い光が重なる。

 そして現れたのは――スレンダーで、胸が平らで、短髪で、元気がよさそうな、フリフリドレスの――

「アキちゃん」

 ……。

 この結果をどう受け止めればいいんだろう。雄二が? 僕のことを?

 ちらりと雄二の顔を伺う。雄二もきっと同じ想いだったみたいだ。

 目が合う――。

「「オェェェェェェ!!」」

 胃の中の全てが逆流してくる! おぞましい!

「明久! なんてもの見せやがる!」

「完全にこっちの台詞だよね!? なんてもの召喚するんだバカ!」

 今回に限っては10:0で僕が被害者だ! 莫大な賠償請求をしたうえで処刑台に送ってやる!

「ぐわぁぁぁ! 目が! 目がぁぁぁ!」

 思った矢先にすでに刑が執行されていた。

「……雄二。どういうこと?」

 さすが霧島さん。手が早い。でも――

「霧島さん! 台詞と行動の順番が逆だよ!」

「……雄二。どういうこと?」(ドスっ)

「やり直させるな――ぐわ!」

 二度の目つぶしに雄二がのたうち回る。いい気味だ。

「待ってくれ翔子! これはテストを誤魔化そうと裏を読みすぎただけなんだ!」

 雄二は必死になってアキちゃんを指さす。

「あの要素を逆転してみてくれ! それが俺の……本当の理想だ!」

 霧島さんが刑の執行をやめて、沈思黙考する。アキちゃんの反対像――。

「……雄二。誰この子」(ドスっ)

 ダメだったみたいだ。アキちゃんの正反対が霧島さんだなんて、失敬にもほどがあるだろう。

「そういえばアキと坂本って何度も噂に」

「美波! 僕を巻き込むんじゃァない!」

「不純同性交遊は」

「姉さんも黙ってて!」

「……吉井が、犯人?」

 ギギギ、と首を動かして霧島さんに射すくめられた。いけない、闇のオーラがこっちに向きかけている。

 そして、霧島さんの注意が逸れたその一瞬を雄二が見逃すはずなかった。

 目をぎらつかせ、しかし頬を染め、雄二は絞り出すように言った。

「そうだ翔子……! 全部……明久が悪いんだ!」

 なんてことを――。

「そんな――明久君と坂本君がもうそんな関係だったなんて!」

「親友からハッテン……いえ発展してしまったのね!」

「不純同性交遊は認めます」

「……吉井。許さない」

「嘘に決まってるでしょ!?」

 油断していた。霧島さんの刑罰は雄二専用だと楽観しすぎていた。

 今こっちを向いて牙を研ぐ闇のオーラ。直接受けたことはないけれど、雄二の怯えようで程度は分かる。

 下手したら明日の朝日は拝めまい。

「……吉井。嘘だというなら証明して」

「証、明?」

「……二人の愛が嘘だということを」

 そんなの悪魔の証明すぎる……!

 どんなに熱弁しても受け入れてくれそうにない。どころかさらに誤解を呼ぶのがいつもの流れだ。こんな状況で証明しろだなんて――。

 証明しろだなんて――。

 ――あ。

「なんだ、殺しあえばいいのか」

「くそっ、吹っ切れやがったな!」

 僕の投げつけた彫刻刀を間一髪よけて、雄二は畳を裏返して盾にする。相変わらず反射速度は図抜けたやつだ――けど!

 畳を上げたことで死角ができた。僕はとっさにモップを装備して躍りかかる!

「甘いぜ明久!」

「!!」

 畳で死角を作ったのは意図的だったのか。蹴破った先には、なんとバケツを頭に装備し鉄壁の構えを見せる雄二の姿があった! 防御力を上げてきたってわけか!

「かかってこい明久!」

「……では」

 遠慮なく。

 バケツマンの横っ面を右に左に殴りまくった。

「俺とっしたっことっがっ!」

 珍しい大ボケに付け込んで殴ること数十発、ようやくタフさに定評のある雄二も脳震盪を起こしてダウンした。僕の証明が実った……ようだ。

「霧島さん!」

 雄二を蹴飛ばして彼女に渡すと、霧島さんは納得したほうに微笑んで、それから雄二を優しく抱きしめた。

「……雄二」

 涙なしには見られない光景だ。霧島さんの慈愛が光のように降り注いであたりを照らし出すかのようだった。

 そして雄二の耳元にかわいらしい口を寄せて、照れたように彼女はささやいた。

「……隣の教室、行こ」



                           <おしまい>

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