ぼくと理想の✖✖✖
ぼくと理想の✖✖✖(1)
1
二学生最後となる後期期末考査も終わり、さああとは卒業式を残すのみ――となった兎にも角にも暇な二月の末に、学校長に呼び出された。
「オチが読めたよね雄二。これはどうせロクでもないことになる」
「同感だ。ババァ長の発案とくれば――」
過去の大惨事が脳裏を過ぎる。召喚獣のテストにかこつけて、僕らは身体的心理的社会的に手酷く痛めつけられるのが毎度のことなのだ。
「とはいえ、ギリギリの赤点をチャラにしてくれる条件をチラつかされてはのぅ……」
「…………逆らえない。権力者は常に横暴」
僕同様に、振るわなかったテスト結果に頭を悩ませているのはいつものメンツだ。僕――吉井明久と、宿敵坂本雄二。取引相手たるムッツリーニに、ひそかに僕が慕情を寄せる美少女木下秀吉。
「あれ、雄二も赤点?」
去年こそ赤点ギリギリという成績だった彼も、どうしたことかここ最近は勉学に打ち込むようになっていて赤点スレスレとはちょっと考えられない。
「一緒にするなバカ。ちょっと特例を認めてもらう代わりに交換条件を出されたんだ」
交換条件? 雄二は説明する気も無いようで、そっぽを向いたまま押し黙ってしまった。
きっと幾つかの犯罪行為をもみ消してもらう腹積もりなのだろう。この男、隠れてどんなえげつない悪事に手を染めているか判ったもんじゃない。とりわけ昨今、ババア長との癒着が噂される中では信憑性の高い類推ではなかろうか。
……いつか白日の下に暴き出してやる。
「――あれ? アキも呼ばれたの?」
「皆さんお揃いなんですね」
「……私は雄二の匂いを辿ってきただけ」
雄二に決意の眼差しを向けたところで、扉が開いてまごうかたなき美少女三人が入ってきた。
スレンダー、とあえて表現したいすらりと伸びた手足と胴体の島田美波さん。
豊満と口を極めて表現したい胸元の柔らかそうな姫路瑞樹さん。
クールビューティーすぎて時々肌寒さも感じずにはいられない霧島翔子さん。
タイプは違うけれど皆美少女だ。目移りしてしま――。
「くっ……! 翔子! 出会いがしらに目をつぶしにくるんじゃない!」
「……雄二が見ていいのは私だけ」
――目移りしちゃだめだよね。
「美波たちも赤点をチャラにするって?」
「そんなんじゃないわよ。だったら瑞樹が呼ばれる理由が無いじゃない。それよりアキ、どうしてこっち向いてくれないの?」
「へぇ、じゃあ二人はどうしてここに?」
「学術的にとても興味深い実験をやるからと、高橋先生から――。あの、明久君。話すときは人の目を見て話すべきだと思いますよ」
「う、うん」
二人の手がチョキの形から変わったら是非そうさせてもらうよ……。
それにしてもババア長だけでなく高橋先生も絡んでいるのか。高橋先生はどこかズレたところのある美人教師だけれど、無茶な暴走はしないはずだからどこと無く安心感がある。
「――にしたって、なんで元2-F教室なんだ?」
集合場所は僕たちが長く愛用した、あのボロ教室となっていた。学年末の最終戦争で僕らは三年生の良質な教室を勝ち取っており、もう二度と戻るまいと思っていたのに。
見渡すと、元2-F教室は僕らが使っていた頃とまったく変わっていなかった。というかより酷くなっている。机→みかん箱→画板と来た僕らの学習机は隅っこのほうに乱暴に投げ捨てられ、穴の開いた座布団も繕われず綿が飛び出したままだ。二月の冷たさをそのままダイレクトに投げ入れてくるヒビ割れた壁も、張っていた青いビニールテープがずるりと剥けてしまっている。
「まあ、三年はロクに登校日も無かったわけだしな」
こんな環境で勉強する気も無い――というか、する必要もないわけだ。
モノは使われないと劣化するというのは本当のようで、足跡が残るほどに、煤けた畳には白い埃がこんもり溜まっていた。
となれば、まずやることはひとつ。
「――ちゃちゃっと掃除しちゃおうか」
「そうだな。愛着があるわけじゃねぇが、埃まみれになるのもな」
身体の弱い姫路さんのこともある。雄二がテキパキと指示を出して、僕たちは教室の掃除に乗り出した。
「翔子。違う。ハタキは床を叩くものじゃない」
「……雄二のお母さんはそうやってた」
「ウチのは頭がおかしいんだ。真似するんじゃない」
「……じゃあこの雑巾で」
「ああ、床ならそうだな――って!」
スカートで……雑巾掛けだって!?
「…………シャッターチャンス!」
耳ざとく反応したムッツリーニが神速で畳みに寝転んでカメラを構える。
「…………小学生の頃に確かに存在した桃源郷……まさかここで再現されるとは……」
確かにあの頃は見放題だったろうけど! 記憶にすら残ってないけど!
「ムッツリーニ、掃除をサボっちゃ駄目だよ! ほら、僕たちもしっかり雑巾を水に付けて体液が絞られていくぅぅぅ!」
見ればバケツに突っ込んだ僕の右腕が美波の両手にねじり挙げられていた。体液とか全部が噴出してしまいそうだ。
「あらアキ、つい雑巾と間違えちゃった」
「雑巾と見間違えるほど汚れてないよ!」
「心は?」
「……僕は雑巾のような男です」
僕の右腕はすでにぐりっと皮が裂けている。心身ともに早速被害甚大だ。
こんなに代償を払ってるんだ、せめて霧島さんの雑巾掛け(お尻)を見ないと割りに合わない――。
「翔子。モップを使えモップを」
「…………裏切るか坂本雄二!」
「そんな畜生とは思わなかったよ!」
愛妻を守るためとはいえ、独り占めしようってか!
「誰が愛妻だっ! 箒で殴りかかるんじゃねぇ! 埃が口に入っちまったろうが!」
振り下ろした竹箒をちりとりでガードして、雄二がどことなく顔を赤くして抵抗する。コイツ、霧島さんへのさり気無くない配慮を見透かされて照れてるのか。
「……愛妻」
モップを手に、どこと無く霧島さんは嬉しそうだ。
「そ、そうだアキ。私も雑巾掛けしちゃおうかなー、なんて」
「わ、私も頑張ります」
美波と姫路さんが、どうしてか僕の顔を伺うようにそんな提案をしてくる。
「う、うん。水冷たいから、結構大変だよ。頑張ってね」
「「……」」
どうしてだろう、一気に二人が不機嫌な顔になった。
「……やっぱり翔子ちゃんと坂本君みたいな関係は難しいのでしょうか」
「もっとアグレッシブに攻めないと、アキみたいのは駄目なのかも……」
そしてなにやらぶつぶつと二人で相談を始めてしまう。
……二月に雑巾掛けも大変だから、やっぱりモップを使うように言えば良かったのかな。
そうこうしているうちに、大まかな掃除は終わりつつあった。もとより何にも無い部屋だ。軽く履いて、噴いて、壁の修繕を行えば大体環境は良くなる。エアコンが無いから、二月の寒さだけはそのままだったけれど。
「おや、ジャリにしては感心さね」
見計らったようにやってきたのは僕らの学園長、敬愛を込めてババァ長と呼び名される醜い老婆だった。
「いい加減年上と権威に敬意を払わないかい、そういうところがジャリガキだってんだ」
生徒を実験台にするような教育者にどう敬意を払えばいいというのか。
主に男性陣が不満げに出迎えたところで、続けて高橋先生が入ってきた。銀縁のメガネを掛けて、少し鋭利な視線で僕らを見回す。
「……で、何をやるんだ?」
高橋先生が胸に抱える中々分厚い冊子の束を目ざとく見つけて、雄二が心底嫌そうに声を上げた。
あの冊子の感じ、見覚えがある。というか見まがうはずも無い。
文月学園の試験問題が、あんな感じだ。
「まさか補習!? だまし討ちですか、ババァ長!」
「…………いくらなんでも悪辣すぎる!」
「まこと、信に足る教育者はいないものかのう……」
僕たちは一斉に非難の声を上げた。期末考査は終わったはずで、補習対象も幾つかあるけれど、それを免除するという約束の上で僕らはここに来ているのだ。大人なんて信じられない!
「勘違いすんじゃないよ」
ババァ長は僕らの罵倒に青筋を浮かべながらも、冊子をひとつ手にとって説明を始めた。
「確かにテストを受けてもらう。けどね、そんな肩肘張るような内容じゃないから安心しな」
その説明を引き取ったのは、冷静な口調の高橋先生だった。
「皆に受けてもらうのはちょっとした心理テストです。――ああ、IQテストみたいに頭を使うものではないですから、安心してください。自分に当てはまるものに丸をつけたり、絵を見てそれが何に見えるとか、逆に絵を描きなさいとか、そういった類のものです」
サイコスリラーのジャンルで出てきそうなあれか、と僕は曖昧なイメージを辿る。
ロールシャッハテストとか、バウムテストとか……。
「つまりは俺らの心理分析を?」
雄二が眉間に深いしわを刻んで吐き捨てた。誰だってそうだろうけど、雄二は特に自分の心のうちを知られたくないタイプの人間だ。
「そうさね。いやだって言うなら拒否してもいいが、契約は無効だよ」
「……チッ」
雄二は舌打ちひとつで自分の不満を飲み込んだらしい。よほど利益の大きい契約が交わされているようで、むしろ不気味ですらあった。
「ちなみに今日は特別ゲストも呼んでる。えらい先生様だよ。ちょいと遅れてるみたいだけど、皆も良く知ってる人だから安心しな。その間に15分くらいかね、ちゃちゃっとテストを終わらせちまっとくれ」
そうして、手早く僕らが構えた画板の上に冊子が配られていった。20ページほど、分量はそこそこあるように思えたけれど、高橋先生の言うとおり中身は易しい――というより本当に心理テストだった。家族の絵を描きなさい――などという問題はなかなか難問ではあった。
そうこうしているうちに、やがて部活を抜け出してきたらしい工藤愛子さんも合流し、一通りのテストが終わってしまった。
あとはゲストを待つだけなのだけれど……。
「遅れてしまってすみません」
ドアの向こうから、待ちわびたゲストの声が聞こえた。僕は即座に嫌な予感を察知する。
周囲も同様で、ああ、あの人が来るのかとどことなく弛緩した空気になっていた。
「皆さんお揃いですか? 学校では初めてですね。よろしくお願いします」
ドアを開けて、ぺこりとその人は頭を下げた。
「――吉井玲です。アキくんのお姉ちゃんをやっています」
「その自己紹介おかしいでしょ!?」
確かに事実のみ語られているけど! なんか違うんだそれは!
ともあれ、学校で姉と相対するという、途轍もない嫌な状況下で「実験」が開始されることになった。
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