第24話 人に迷惑をかけないで死ぬ方法?

 私は、死に場所を探して彷徨さまよった。

 確実に死ねる場所。誰にも迷惑をかけずに、ひっそりと消えていくように死ねる場所を探していた。足の指がいたい。履き慣れていたサンダルが、もう寿命のようだ。


 部屋からずいぶん遠く離れた、しかし、場所-ルは未だ見えない。


(意外と大変なんだな……死ぬのって……。死ぬ方法はいくらでもあるけれど、線路や車道に飛び出しても、コンビニでカッターを買ってきて、喉を切り裂いても、今渡っている、橋の上から首を吊っても……どれも誰かに迷惑をかける。電車や車は運転してる人に嫌な思いを残すし、乗ってる人たちも、大怪我をするかもしれない。切ったり刺したりしたら、そこら中を血で汚してしまう。首を吊ったら、近所の人がずっと嫌な思いをする。そして、どれも確実な方法じゃない。事故にあっても重症で済むかもしれないし、切ったり刺したりは、経験が無いので確実に死ねるかどうか自信がない。首を吊っても、私の体重じゃ、きっと紐が切れてしまう……難しい。やっぱり難しい。一体どうしたら良いんだろう。生きる事も死ぬ事もできない)


 なんだか、悲しいやら、情けないやら――とにかく今までに無いほどの無力感を感じながら、コンビニの角を曲がった。すると、その時、後ろから声をかけられた。


「死にたそうな背中ですね。僕は背中を見ると、その人が何を考えてるかわかるんですよ。死にたいんですね。ええそうでしょう。でも意外と大変ですよ、世の中やりたい事は、ままならないものです。でもね、どこの世界にも救いの神はいるもので――神、と言ってもどちらかと言えば死神ですかね、正確には魔法使いなんですけれども。そう僕なんですけどね。かなえてあげますよ。きれいに死ぬ方法を教えてあげましょう」


 振り向くと黒い服を着た若い男が立っていた。サラリとした金髪に、しゅっとした顔立ち、雑誌のモデルでもやっていそうだ。


(私の一番キライなタイプ)


 男は、思ったよりも真っ当な事を話した。もしかしたら、ただのナンパかとも思いはしたが、きれいに死ねる、と言う言葉に惹かれてついてきた。しかし、一向にその方法について話そうとしない。

 駅名は知っているが、降りた事のない知らない街の、よく知っているコーヒーチェーン店で、二杯目のコーヒーを飲み干しても、その口は関係の無い事ばかりを話し続けている。


「でね、そこで、コロンブスのたまごを思い出したんです。知ってますか? たまごが先かニワトリが先かって話し。僕もね、はじめはどうでも良い事をこねくり回しているだけだと思ったんですけどね、実は奥が深いなと……と言うのはですね――」


「良い加減に、その方法について話してくれませんか」


 いくら死のうとしているとはいえ、こんな男に付き合っても意味は無い。決して急いでやらなければならない何かがあるわけではないが、とにかく腹立たしく思えた。自分ではどうしようもなくなって、人任せにしようとした事と、よりによってこんな男に、のこのこ付いてきてしまった自分に……とにかく腹立たしく思った。


「え? 話しているんですがね。その方法を……まあ、良いでしょう。じゃ、一気にちゃいますよ。ええ言います。ズバリ手順だけをね。良いんですか? もう言っちゃいますよ。本当は最初から最後までちゃんと聞いて欲しいんだけどなぁ。ほんとにこれだけでわかるかなぁ」


 本当にイラッとする男だ……。


「わかりました。言いますよ、言っちゃっていいんですよね? では、発表します。これから私が、あなたに魔法をかけます。そしたら、僕はこの席を立ちます。あなたはそのまま座っていてください。そして、ある人物に会って頂きます。その人物はこの席に座りますので、それまで決して動かないように……以上です」


「――以上って、それで本当に願いがかなうの? 意味がわからないわ。大体、魔法って何よ。何の魔法よ。そうやって、高い壺でも売りつける気なんでしょ? それとも、瓶? 魔法瓶って駄洒落のつもり? どうせ騙し易いカモだと思っているんでしょう」


 男はにっこりと微笑むと、いきなり人差し指を高く上げ、それをゆっくりと、私の顔の前に降ろした。そして、聞き取れないが、もごもごと呪文の様なものをつぶやき始めた。


「はい、終わりました。魔法、かかりました。では、そのままお待ちください」


 それだけ言うと、男はすたすたと店を出て行った。自分で飲んだコーヒー代も払わずに。


(意味がわからない。一体、何がしたかったんだろう)


 やっと開放されたと思ったが、どうにも気持ちが悪くて席を立てない。例え押し付けであろうと、例え、一方的にさせられてしまったものでも、約束を破るのは気が進まない。

 こんな自分が嫌いだった。都合よく、何でも押し付けられてきた。しかし、その中でも今回の押し付けは異例だ。理由がわからないからだ。今までは、その人が得をするために、私に損を押し付けた。しかし、今回は様子が違う。あの男はコーヒーをおごらせるためだけに、こんな大嘘をついたのだろうか。いや……しかし、それしか理由が思い当たらない。

 あきれて言葉も出ないが、代わりに大きなくしゃみが出た。出物腫れ物とは言ったもので、生きる事をやめたはずの私の体は、やはり、まだ生きるための機能を失っていない。そして、同じ理由で恥ずかしいと言う感情もやってきた。大きなくしゃみは、店中の視線をこちらに向けるのに十分な効果を発揮した。顔が赤く染まるのが自分でわかった。周りからは、長い髪に隠れていて見えないだろうが、実は耳まで真っ赤だ――これも、生きている証拠だ。


 そ知らぬ顔をしようとする間もなく、客の一人と目が合ってしまった。その客は、会計を済ませたばかりのトレーを持って、私に近づき、何か、しきりに話しながらに座った。



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