二の段其の幕間 夢幻の如く




 魔法。幻術。魔術に仙術。 妖術。呪術に陰陽術。

 そんなものなどありゃしない。それがこの世の常識だ。


 科学の発展や技術の進歩と共に、かつては信じられていた神秘や怪異は唯物論と機械文明の下に当然のごとく否定されていった。

 今では子供まで、そんなものを信じる人間を馬鹿よばわりする始末だ。

  

 だが、戦国と呼ばれた時代において、それらは明確な罪として制定されていた。

 呪詛は殺人未遂と同義であり、その罰として定められていたのは死。


 では、人の夢の中で語り合うことはどうだろう?

 それが、どのような罰に値するのかは定かではない。


 何れにしろ、呪術都市‘京’ から遥かに離れた尾張の地で、その事に気づくものはなく、まして、その事の重大性を知るものは事の首謀者のみ。


 かくして、長きに渡り繰り返されてきたその語らいは、文字通り、夢幻のごとく今日も続いていた。


「久遠兄、なんで戦なんかがあるのかな?」

「戦は嫌いかい?」

「嫌いだ」  

「そうか──私もだ」

「でも、父様も皆も戦が好きなんだ。 戦で負けるのも人が死ぬのも嫌なのに」

「皆にそう聞いたのかい?」

「聞いてない。 でも皆、戦に勝つのは好きなんだ」

「どうして、そう思う?」

「戦に勝つと大喜びで酒を呑んでる。 嫌なら喜んだりしない」

「そうだね」

「徳じいは、人はそういう生き方しかできない。 それが業っていうんだって」

「業って解るかい?」

「生物は殺し殺されて生きていくしかないことでそれはしかたないことだって」

「少し違うよ。 肉を食む獣の一部はそうやって生きていくけど、人は違う」

「どう違うの?」

「人はその生き方を捨てて助け合うことで生き延びることができるようになったんだ」

「しかたなくないの?」

「ああ、百姓達の生き方がそれだよ。 彼らは殺しあわなくても生きていける」

「百姓達は守られなくちゃ生きていけない弱くて情けない連中だって皆は言うんだ」

「でも、君はそれを信じていないだろう?」

「…………」

「彼らが作る食べ物のおかげで皆が生きていけることを君はもう知っている」

「……うん」

「守ってやっているといいながら余所の領地では奪い取るのはおかしいと君は知ってる」

「うん」

「だから、君は戦が嫌いなんだろう? 嘘で誤魔化した理屈もね」

「うん、そうだ!」

「戦で戦は消す事はできない。 だから君が戦を嫌うなら私が力を貸す」

「久遠兄が?」

「ああ、君がその心を忘れなければきっとね」


 夢幻の如くという能の舞を好んだとされる未来の覇王も今はまだ幼子。

 レム睡眠時に深層意識下で施される久遠の教育によって、少しずつその人格は変えられていき、農協に染まっていた。


 この教育は信長のみならず、歴史に名を残す武将全てに行われている。

 感応魔術によって創られた教育プログラムによって、毎夜自動的に見せられる夢の中の自分と久遠の姿による問答は全ての対象に強い影響を与えていた。


 その内容は対象によって様々だ。

 例えばある将棋好きな武将の場合は、将棋盤の上で無数の駒が積み重なり盤面から崩れ落ちていく様を見せ。

「この駒が人だとすれば武家がやっているのはこういうことだ」

 と示して、次に。

 将棋盤を増やしていくつも並べていき駒を積み重ねることなく一枚ずつ並べ。

「農協がやっているのはこういうことだ」

 と、役割は必要あれど上下など必要ない事を示して見せた。


 その方法は美亜のデータベースにあった前世界の武将の人格判断と新しく集められた人間関係のデータに基づいて個別に変化した内容になっていた。


 この教育は人格形成前の子供に特に効果が強かったが、周囲の環境によって異なる価値観を得ている為に、洗脳ほどの効果があるわけではない。


 ただ、武家の教育の中では得がたい価値観を与えるにすぎない。

 増幅器により強力な力を得た命衣がいる今、洗脳のほうがよほど簡単なのだが久遠はそれを望まなかった。

 

 それらの武将達が性格を変えることで、歴史は大きく変わるが、武家全体の勢力は変わらないだろうというのは、シミュレーションで既に予測済みだったが、それでも久遠はこの教育を続けている。


 武家全体が纏まり難くなるであろうということがその理由だ。

 有能な武将がその結果、命を落とし歴史の闇に消えていく可能性も見据え、そうなりそうな場合には彼らを‘武士’へといざなう計画もあるが、それはオマケにすぎない。


 日本から公家や武家という社会システムを消し去る準備としてこの計画はあった。

 かくして、密かに速やかにそして繰り返しいつまでも、感応魔術による睡眠学習は続けられていく。








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