第15話 君、割らん

 アンヌとやらを一言で表すのなら、翼の生えた銀色の三角錐の集合体だった。中央に胴体らしい巨大な三角錐があり、細い管で繋がれた三角錐が手足のように生えている。胴体を支える脚は四本。自由に動く手は二本。胴体と言ったが、その三角錐の二面には、目に見えなくもない赤い点……石? が無数に埋め込まれている。口や鼻、耳の類は見当たらない。胴体の三面の内、累から見えていない背中の一面からは白翼。全身が銀を削って磨いたような質感であるのに対し、翼だけはやけに生物的だった。異質で異様、アンヌはただ翼をもってして、自身が生物であることを声高に主張しているようであった。

「……」

 圧倒されて声も出せず、累はアンヌを見上げる。胴体だけでも五メートルはあろうか。足を含めれば十メートルとまではいかずとも、弱程度には届くに違いない。見た目も大きさも、それは累の生物に対しての常識を軽々と逸脱していた。

 異様にして偉容。

 アンヌは動かない。無数の目を累に向けじぃとしている。その眼は宝石のように日光を受けて輝いてはいるものの、黒目や白目があるわけでもなくぴたりと張り付いているので、睨んでいるようにも、ただ佇んでいるだけのようにも見えた。視線の行方が分かる銅像の類と同じだ。見てはいても視えてはいない。そこに命の息吹は感じられない。

【一つだけ、頼まれて】

 声がする。それは今までになく神妙に、累には聞こえていた。異形を前にし神経が張りつめていたせいかも知れなかった。

【やつは魔法少女を狙う。でも魔法少女を渡してはいけない】

「それは……どうしてだ?」

 すぐに答えはなかった。アンヌから意識を外さず、累はちらりと後方に目を向ける。遠くに離した元魔法少女は、裸を隠そうともせず、ただ放心して座り込み、累とアンヌの方を見ていた。あくまで方だ、焦点がどこに合っているかなど、アンヌの無数の目らしきモノが本当に目であるかどうか、それがどこに向いているかを分かろうとするぐらいに判然としなかった。

 たぶん、彼女を退避させたのは正解だろう。累が視線を戻しても、アンヌは翼をゆっくりと上下させるだけで、ぴくりとも動かなかった。

 敵意はない。それは、友好的ではないと言っても同じだ。

【魔法少女は。……ううん。人の命は、粗末にして良いものじゃないでしょ?】

 なんだよそれ。累は思わず、声の言葉を鼻で笑った。この期に及んでなお、声はふざけた調子を崩さない。いや、どちらかと言うならそれは、“緊張も緊迫しない”の方が正しいのやも知れなかった。

「つまり俺は、あいつを守らなくちゃならないんだな」

【せっかく殺さずに無力化した努力が、水の泡になるものね】

 殺しに来た相手にそこまでの温情をかける必要がどこにあるだろう。考えてみれば、魔法を奪うなんてまどろっこしい真似はせず、最初から全力で叩き潰しに行っても良かったはずだ。結果的には捕まえられた。なら、そうではなくても勝っていたに違いない。累がそうしなかったのは、声が最初に提案した策がそうではなかったから、でしかなかった。

 ……さて。本当にそうだろうか。

 もしも声が最初に、『殺しに行け』と命じていたら、累は従っただろうか?

「何でも良い。ここで俺が取るべき選択肢は一つだ」

 ゲーム的に言えば、画面には二つのボックスと短い文章が表示されている。背景は一枚絵。青空を天に、逆光は影に、悠然と佇む翼の生えた銀色の三角錐。

  _______

 |振り向く。  |

   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

  _______

 |振り向かない。|

   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 猛然と、累は左手を構えた。

「振り向けない。行くぞ、化け物!」

 ばしゅん! と触手が発射される。もはや慣れたものだった。今までで一番の速度で飛び出した触手は、空を切ってアンヌに迫る。

 アンヌは動かなかった。五歩の距離をコンマで詰められ、成す術もなく触手の一撃を食らった。

 目のある二面に挟まれた一辺が、人の頭で言うところの鼻のようになって累の正面に向いている。触手はその“辺”に勢いよく噛み付いた。がきん、と石を相手にしたような音。ついでめりめりと、触手の歯がアンヌの身体にめり込んでいく。

 感触は見た目通り、甲殻よりは鉱物に近い。が、文字通り歯が立たない硬度ではなかった。累とアンヌの身長差は四倍近く、体重はその比ではないだろう。アンヌからしてみれば、自身にまとわりつく触手などほとんど糸のようなものだった。

 それが。

 アンヌを持ちあげる。

 累は左手を、内から外へ大きく振った。触手もその運動に合わせてアンヌを振り回し、勢いのまま口を離す。軽々と、砲丸投げのような軌道で投げ出されたアンヌは、そのままくるくると回転しながら地面に激突した。

 ばしゃあああああああああん!

 ガラスが割れたような金属音。だがあまりにも大きなものが一斉に砕けたせいか、音は無数に重なってまるで雷鳴でもとどろいたようだった。かなり遠くに投げたはずが、反射的に耳を覆いたくなるほどの炸裂音。

 巨大な異様は見る影もなく、ばらばらの破片となって大地に岩のように転がっている。翼はさすがに割れはしなかったが、他の部位と同じくぐったりと地に臥している。見た目には完全に死んでいた。関節ではなく全体としてのバラバラ、生き物にすれば惨劇と言わざるを得ない死に方。最初から生きていたのかも怪しいものだが、累はその呆気ない一部始終を、怪訝に見つめていた。

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