第6話 君、諦めん

【追いついて来るわよ】

 何がとたずねなくとも、この状況で追いかけてくるモノなど知れている。追撃に次ぐ追撃。落下速度を抑える方向で打った手は、完全に裏目だった。魔法少女が後ろをついてくるなど、少し考えれば分かったはずである。“さっき同じように追いかけられた”のだから、二度目もある、三度目もあるだろうと考慮すべきだ。それをしなかったのは、累にまだ“迷い”があったからだった。

 過ぎた失敗はしょうがない、それで、どうすれば良い。一度触手を引いて重力に引かれるまま落下することは簡単だ。しかし何の保証もなくこの速度で地上に激突すれば、おそらく欠片も残らない。頭が凹んでもちゃんちゃら平気な治癒力は、果たして欠片も残らなかった肉体を再生し得るのか。仮に再生できないのだとすれば、このまま何もせず墜落するわけにはいかない。助かりたいと願って始めた戦いなのだから。だとは言っても……。

 なら速度を殺すか?

【追いつかれて殴られる。下方向にね】

 当然の結末。死ぬ可能性が増すだけだ。上にも下にも逃げられない。空を飛べるなら横にも逃げられたが、累には魔法も翼もない。落ちれば死に、落ちなければ殺される。

「……詰み、なのか?」

 八方さえ必要なく、累の進退は二方塞がりで極まった。もはや一つも新たな回避の策が浮かんで来ない。他に手はないの、という声が聞こえても、触手一本で出来ることなどたかが知れている、としか思わなかった。そんなに言うのならおまえが何とかしてくれ、と逆に返してやりたいぐらいだったが、おそらく無駄なのだろうと分かっていたので、累は口に出さなかった。

 何とかできるなら、何とかしているはずだ。もしかしたら、累が死のうが生きようがどちらでも良いと、本当は思っているのかも知れない。ちょっと待って、死ぬ気なの、ねえ冗談でしょうと声は必死に呼びかけて来るが、生きる足しになるわけではなかった。

 情報はともかく、実際的な部分で声には頼れない。自分で何とかするしかない。

 何とかすると言っても、先に結論を出した通り“落ちれば死に、落ちなければ殺される”状況には変わりがないのだ。強いて言うのなら、速度を落とした挙句に死ぬ可能性の底上げを食らうよりかは、このまま地上に激突して自らの治癒力に命を懸ける方が幾分賢いと言える。

 だが、それとて死ぬ確率が大きいか小さいかの問題でしかない。どっちにしても確証はなく、その確証のない確率に飛び込まなくてはいけない、というのはもうほとんど自殺だった。何となく、こんなところで分けも分からず死ぬのか、と諦めがよぎった累だったが、そう易々と事は終わらなかった。

 終わらせてくれなかった。

 累の考えていた二つの可能性かそくとちえん、そのどちらでもない“策”。放った触手は放たれるがまま、地上に着いて地面に噛みついた。触手に口があったことは完全に予想外だったが、何にせよ地面に触手を固定するまでは想定通りだった。当初の予定を覆さないのなら、触手に力を込めて速度を殺せば良い。しかしそれではダブルセイバーがすぐにでも追いついて来る。追いついてきてこちらの落下を加速させるように殴るか蹴るかしてくるだろう。だから今は、このまま落ちて行くべきだ。

 累は触手が地面に噛みついた事実を感覚で受け取りながら、そうして何もしなかった。“累は”何もしなかったのだが。

「うお!?」

 ぎゅいい、と。

 意思とは別に、累の身体が下方向に引っ張られた。掃除機のコードを巻くように……いや、この場合は射出しているのが累だから逆だ。コンセントに刺さったコードが“掃除機の方を巻き寄せる”ように、地面にしかと捕まった触手が自ら、累を引き寄せたのだ。それは、もう少しで追いつくところだったダブルセイバーをあっさりと振り切るほどの速度を出した。

「……何?」

 いや、実際には振り切ったのではない。急に落下速度を増した累を見て、ダブルセイバーはアクセルをかけるのではなく、思わずブレーキをかけてしまったのだ。累の行動は完全に不意打ちだった。ダブルセイバーは知っている。いかに治癒力が高くても、“全身が吹き飛ぶほどの衝撃を受ければ再生は起こらない”。つまり彼の行動は、ダブルセイバーから見れば自殺行為以外の何物でもなかったのである。付け加えるなら、今まで対峙してきた敵の誰もが“自殺行為”らしき行動を取ったことがなかったので、驚きはなおさらだった。

 戦いを諦めて死ぬ気なのか?

 もしそうならそれでも良い。例え自殺のつもりがなかったのだとしても、墜落すれば同じことだ。

 自分で倒すことにこだわりのないダブルセイバーは、そんな風にも考えて足を止めた。所詮、化け物は化け物である。死のうとする個体は初めてだが、何にせよ“やつら”は短絡的で、いつだって知恵のない獣のようだった。思慮も理性も浅ましい、ただ人を食うだけの化け物。それが諦念をブースターにして自ら死に落ちるようなことがあっても、不思議には違いないにせよ、必死に否定されるほどの不思議ではないだろう。

 獣の考えていることなど分かりようのはずもない。

 だから見過ごせる違和感のはずである。ダブルセイバーは意図的な加速を増すばかりの墜落を眺めて、……眉をひそめた。

 異変だ。変異だ。累ではなく、その先。触手が着いた地面に、ピンク色の塊が出来上がりつつある。

 この世界で地上に生きているのは背の低い草花だけだ。例外はない。だから高いところからでもはっきりと分かるほどの、あんなに巨大な植物も存在しない。ならばあれは植物ではないのだろう。しかしこの世界で地上に生きているのは、外から入って来たダブルセイバーと前柄累を除けば“背の低い草花しょくぶつ”だけだ。

 ……植物だけ? 違う。

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