第4話 君、防がん

「今度は、防いだ、……ですって?」

 宙に投げ出された累の腹には、彼の右手が甲を内側に向ける形で置かれている。それは確かに、ダブルセイバーの一撃を受け止めた証拠だった。反射的に防御したに過ぎない累はともかく、自ずから殴ったダブルセイバーに、自身の攻撃が通ったか否かなど分からぬはずもなかった。

 治ったのでもない。耐えられたのでもない。完全にとは言えずとも防がれたのだ。

 最初のように致命傷さえ治してしまう以上、耐えようが防ごうが結果は同じかも知れない。しかし意味するところ、その行為の価値には雲泥の差がある。つまりは、今まで能動的に防御行動を取らなかったのが、三度目にしてとうとう攻撃を“受け”に来た。

 これは明確な進歩である。

 もちろん、できていたはずの防御をあえて捨てていた可能性はあるだろう。“耐えようが防ごうが結果は同じ”なら、わざわざ防御せずにいたって不思議ではない。だがそうだとすればますます厄介だと、ダブルセイバーはもはや見えなくなった累を仰いで、眉をひそめた。

 よりにもよって“この状態での攻撃”をガードするなんて。意識的にしろ無意識的にしろ、その嗅覚は本物だと結論しなくてはならない。

「本物なら、ここで仕留めないと大変なことになりますわね」

 仰いだ空には雲がかすむ。こんなにも綺麗な青と白の世界は、きっと地球上には存在しないだろう。実際、その空は地球上にあるのではないのだが、それにしても、とダブルセイバーは思う。

 命のやり取りをしている人間の頭上にあるような、あって良いような、それは空ではないのだろうな、と。

 否応なく心が安らぐ、そんな空。ダブルセイバーは目をつむり、大きく深呼吸をして、とん、と身体をひねりながら軽やかにバク転した。

 ここで仕留めなければならない。“この世界の中で殺さなくてはならない”。

 着地と同時に、言葉通り、追撃のために大地を踏み抜くダブルセイバー。地面が抉れ、大気が揺れ、草花が舞う。彼女があれこれと巡らせていた検討は、当たらずとも遠からず、であった。

 累がダブルセイバーのパンチを受けたのは単なる反射に過ぎない。反射に過ぎないが、無意識ながら能動的に攻撃を“受けた”には違いなかった。ここまでが遠からず。

 当たらずに当たるのは、しかしその反射が、危機を嗅ぎ分ける能力や感覚に起因したのかと言えば、それはノーだという答えである。主なき声に“変身した魔法少女こそ本気である”と事前に忠告されていながら、変身後の攻撃がドレス姿の状態とは段違いの威力であるなどとは気づいてもいなかったし、警戒さえしていなかった。そもそも声の正体を知らず、その目的も分からず、信じる信じない以前に“誰だこれ”と思っていた累からすれば、声の話を材料に物事を決める気はなかったのだ。彼がジャージに変装したダブルセイバーを見て思ったのは、急に地味になったぞ、ぐらいなものである。事態への理解が追いついていない人間の考えなど、所詮はそんな程度だろう。

 ただし、防いでなお空高くに打ち上げられた衝撃が、受けてみれば一度目や二度目とは到底比較にならない一撃だったと気付くのは、そんな累でさえ特別に難しい事ではなかった。

【よく防いだわね】

 声が頭の中に入って来る。地上にいようが空高くにいようが、声は遠くも近くもならなかった。

「たまたまだよ」

【わたしの忠告のおかげかしら】

「……そうかも知れない」

 直接的な判断材料に含まれてはいなくとも、忠告めいた言葉を全く無視し、思考から即座に外せるほど器用で気の強い人間ではないのも、また事実だ。だから判断の片隅ぐらいにはあったのだろう、そしてそれが良いように働いたのだろう。散々魔法少女に殴られた恐怖も手伝って、累は結局声を無視できていなかった。彼が含んだ意味合いはそれぐらいのものだったが、声は少し得意気に、そう、良かったわ、と言った。

【あなたの命を救ったお礼に、あなたの命を救うための方法を教えてあげる】

「何だそれ。お礼になっていないじゃないか」

【なっているわ。それがそのまま、わたしのためになるのよ】

「意味が分からない。どういうことなんだ?」

【あなたが助かる方法は一つ。あの“魔法少女”を無力化すること】

 魔法少女。声はその名称を何度も使っていた。答えたようで答えていない話の展開には突っ込まず、累は合わせて問い返す。

「魔法少女ってのは。……つまり、“あの”魔法少女なのか?」

【あなたがどれについて言っているのか分からないけれど、まあ、よくある創作の魔法少女と同じと思ってもらっていいわ。その手の予備知識があると話が早くて助かるわね。オタク万歳】

「創作、ね」

【そうよ。だからとてもではないけれど、魔法少女は現実の定規では測れない。残念ながら、あなたも現実の定規では測れなくなっているから、丁度良いのよ】

 魔法少女についての知識を持っているからオタクだと決めつけるのは偏狭や偏見だろうとは思ったが、累は実際その手の人間だったので、反論はしなかった。その後に、人のことを“現実の定規では測れなくなっている”などと好き勝手評したことについても、やはり累は反論しなかった。

 実際その手の人間? になっているのだろうと、分からないなりに自覚していたからだ。現実の定規で測れるタイプの人間は、左手から細長くぬめぬめした触手らしき生物を生やしていたりはしない。

【魔法少女に触手。できすぎよね】

 何ができすぎなんだよ、とはもちろん、言い返してやるような真似もしなかった。

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