唯  失恋、そして新しい恋。

「高野……唯、さん?」

 大学のカフェテリアでレポートを書いていると、知らない学生が声を掛けてきた。テーブルに片手を突いて、私の顔を覗き込んでいる彼は、長身の細マッチョ、肩にかかるほどの黒髪、不思議な色合いの優しげな瞳――と、びっくりする程、私の好みにどストライクだった。

「はい。どちらさまですか?」

「失礼、僕は二年の吉岡と申します。久我の友人です」

 久我くん……か。

 彼と別れてから一ヶ月、未だにその名前を聞くと心が痛む。

 聞けば二人は、高校からの友人だという。

「それで、私に何のご用ですか?」

「ああ、心配しないで。奴からのことづてを持って来たわけじゃありませんから」柔らかな物腰で話しかける彼に、私は少しだけほっとした。

「僕、今まで何度か唯さんに声をかけようと思ったんですが、ずっと迷っていて……」

「……ずっと?」

 先輩は苦笑いで頷いた。でもすぐにその笑顔は消えた。

「友人として、二人の成り行きを見守っていました。でも、久我の貴女に対する仕打ちは、あんまりだ」

 先輩は眉根を寄せ、唇を噛んだ。

「でも……久我くんにだって、きっと事情があるのかも、だし……」

「事情? そんなの決まってる!」

 彼の口調は荒くなった。

 きっと、久我くんに別の彼女がいた事を知っているのだろう。

「それでも……私、今でも彼が忘れられないんです。せめて友達でもいいから……」

 バンッ! 彼は立ち上がり、テーブルを両手で強く叩いた。

「まだそんなことを考えてるんですかっ!」

 周囲の学生が、何事かと一斉に振り返った。

 好奇の視線が、ひどくこちらに突き刺さる。

「えっ? あの…… ごめんなさい……」

 私はつい、反射的に謝ってしまった。

「あんな真似をされても、貴女はまだ未練があるんですか? 理解出来ない!」

 すっごいマジに怒られた。

 こんなに真剣に怒られたのは、初めてかもしれない……。

「なんで私のことで、そんなに怒るんです?」

「僕は、――ずっと貴女を見ていました」

 彼は悲しそうな顔で呟いた。

「突然こんな事言われても困るでしょうけれど、僕は前から唯さんのことが……好きだったんです。でもなかなか言い出せなくて、気が付いたら久我の奴に……。はは……、情けないですよね」

 彼は自嘲気味に笑うと、伺うように切なげな視線で私を見つめた。

 先輩からの急な告白に、私は戸惑った。

 ……これって、「口説いて……ます?」

 彼は頭を掻きながら、苦笑いで応えた。

 この『真剣に怒ってくれる人』に、どう接したらいいのかわからなかった。

 だって私は、『自分勝手にキレる人』しか知らないもの。

 少し間を置いて、「先輩は私のこと、捨てたりしませんか?」と訊いてみた。その質問に意味がない事は知っている。でも聞かずにはいられなかった。

「私、気がつくと、いっつも彼氏に捨てられてるんです。だから、私ってそういう体質っていうか、運命なのかな……って」

「自分の生き様は、自分で決めるものです。運命なんてこの世には存在しないんですよ、唯さん」

 先輩は私の手をぎゅっと握ると、諭すように言った。

 ……自分で、決める? いつも誰かに流されて、気付けば捨てられている、この私が?

「返事は今じゃなくていいですよ。でも答えが決まるまで、唯さんのそばに居させてくれませんか? 仮の彼氏という事で。……ね?」

 先輩と一緒にいたら、きっと『今よりマシな自分』になれそうな気がする――。

 少しの期待と少しの不安。

 その時私の心の天秤を傾けさせたのは、先輩の手の温もりだったのかもしれない。

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