ベルジャンショコラ

 喧噪、コンクリート、太陽、横断歩道、青信号と同時に流れるメロディー、たばこの吸い殻、乾き切る前の小さな水溜まり、植え込み、コンビニエンスストア、スーツ服の男、時折目につく裏路地、コンクリート、車道、放置自転車、足音、2人。

「なんで私と、なんですか……?」

「あんただからでしょ。新入りだし連れてけって」

 黒いワンピース風コルセットを身にまとい、黒いブーツを鳴らしながら歩くフクシアの隣には、白いワンピースを着たティエラがいた。

「ちょっと出先で用があるの。その時あたしがいなくなったり、ちゃんと帰ってこなかったりするのを心配されてるから、誰かを連れとかないといけないの。あんたも、その時の為に携帯持たされたんでしょ?」

「は、はい……あまり、使った事はないですけど」

 ティエラは先月まで、こんな風に外を歩けるなんてまるで考えてなかった。堂々と外を歩けるような綺麗な服なんて持っていなかった。門限も厳しかった。なにかあっても、誰も助けてくれなかった。

「ティエラ、なにか食べたいんだけど。あそこの店行こう?」

「あっ、フクシア様、用事は……」

「まだ時間はあるから大丈夫。ほらほら」

 フクシアの後を慌てて追いかけて、ティエラは信号の点滅する横断歩道を渡り抜けて、見た事のない店に入った。店内は清潔で、通りに比べると人も少なく落ち着けそうだった。

「いらっしゃいませ!」

 店員の元気な声に、ティエラはびくっと反応した。フクシアはそんなティエラの姿をじいっと見つめる。

「あんた、なにそんなに怯えてるの?」

「い、いえ、怯えては……突然だったもので」

「そんなのでいちいちびくっとしてたらキリがないでしょ」

 フクシアはそう言ったが、ティエラはこんな店……アイスクリーム屋になんて来た事がなかった。自らお金を持って、自ら欲しい物を買うなんて事をした事がなかった。ティエラはそんな事が出来る今の状態が夢のように思え、そして喜びよりも緊張が先立っていた。

「あたし、ベルジャンショコラ。あんたは?」

 ティエラは突然フクシアに訊かれ、

「え、えっと……な、なにか、おすすめありますか」

「じゃああんたもベルジャンショコラね」

 ガラス越しに並んだカラフルなアイスを目の前に、悩む間もなく味を決められた。

「あんた達、ホント知らない事だらけなんだ。こんな美味しいものも知らないなんて」

 間もなくワッフルコーンにまあるく乗ったベルジャンショコラを店員から手渡され、2人は店内のテーブル席に座った。周りの客とは違う空気がその2人の周りには流れているようで、特にフクシアはちらちらと見られたりもしていた。しかしフクシアはそれを意に介する事もなく、アイスクリームをぺろりと一舐めした。

「あーおいしい! ほら、あんたも溶ける前に食べちゃったらどう?」

 ティエラは手に持った、逆さまの円柱状をした網模様の仄ほのかに甘い香りがする物と、それに乗った冷気を放つショコラ色の球体のそれを眺め、そしてフクシアの真似をするかのように舌を出して、舐めてみた。

「……美味しい、です」

「あたしが美味しいっていったんだから、そうに決まってるでしょ。……ほら、舐めるだけじゃなくて周りのコーンも食べないと、食べづらくないの?」

「えっ、あ、これ全部食べられるんですか……!?」

「……驚きたいのはあたしの方なんだけど」

 フクシアはそう言いながら、コーンをざくざくと食べていく。ティエラもそれにつられてコーンを食べ、口の中にショコラの上品な風味にワッフルコーンの食感と淡い甘さが混ざるのを感じて、言い様のない、言葉にできない感動に心を奪われた。

「ほらティエラ、あんた口にアイス付きまくってるじゃん」

「あ、本当ですか……? すみません……」

 返事をしつつも、初めて食べる味に少しぼうっとしながらティエラは口元を拭いた。

「つい、美味しくて……すみません。フクシア様、小さい頃から私よりも、色んな事を知ってらっしゃったんでしょうね」

「小さい頃?」

「は、はい……フクシア様は、見たところ私と同じくらいの年でありながら、そのような身分ですので……」

「年? 年って何の事?」

 フクシアはコーンの最後の一口を放り込みながら言った。ティエラは自分の言い方が悪かったのだと思いながら言い直した。

「えっと、あの……年です、年齢です。フクシア様は、おいくつなのですか?」

 ティエラの質問を聞いたフクシアは、ショコラの余韻を味わうかのように舌でその尖った歯をなぞりながら、答えた。

「年齢?

 ティエラが固まったままフクシアの答えを頭の中で反芻している間に、手に持つアイスは溶け始め、ショコラがコーンを伝ってその指を汚した。

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