毒の沼に咲くフクシア

ナギシュータ

食事

 それは、満開の花を咲かせていた。


 大理石で出来た清潔感ある部屋。足元に広がる血溜まりと、まだ温かい死体と、鉄の匂い。それを見下ろすような黒いロングスカート、腰のラインを際立たせるコルセット、背中まで伸びた純白のツインテール。

 既に息絶えている数人の男達はみな黒いスーツを身にまとい、屈強な身体を持ち、髪の毛は短く切られ、サングラスをかけている者や、袖から刺青のようなものが覗いている者もいた。しかしその顔は皆平等に、恐怖に歪んでいたが。


 その少女は部屋の1番奥、テーブルの向こう側にいる、柔らかそうな椅子に座る強面こわもての男を、至極楽しそうな顔で見つめていた。男は硬い表情こそ保っていたが、その額には汗が滲み、強すぎる力で握り締められた拳銃は震えている。

 少女はゆっくりと近付いていく。床で素足がひたひた音を立てながら。

 男はどうしようもなく、荒々しく立ち上がった。座っていたその椅子がその勢いで倒れ、床とぶつかり音が鳴る。

 と同時に、1発。

 銃口から放たれたそれは決して大きな銃弾ではなかったが、華奢きゃしゃな少女の胸を貫き、そしてなぎ倒すには十分な威力だった。少女は受け身も取れずに仰向けに倒れる。

 しかしすぐに、上体を起こし、喋り始めた。

「あーもう、肺に当てちゃって……。殺したいんだったら、ちゃんと心臓でも撃ち抜いたらどうなの」

 ごぼ、と咳をすると同時に、少女の口から血が逆流する。ゆらりと立ち上がりながら、男を見据える。

 2発目、3発目。

 どころか、何発撃ったのか男にも分からなかった。自分が悲鳴をあげながら少女に引き金を引いていた事も、意識になかったかもしれない。残弾がないと気付いたのは反響する銃声が止んだ頃だった。静かになった部屋の中、男は鉛を食らわせたその動かなくなった少女を凝視していた。

 その男に、誰かに襲われる心当たりが全くないかと言われると、そうでないのも事実だった。警察の手もそう簡単に届かないような、いわゆる裏の社会で生きているような、そんな人生を送ってきた。幾度も命の危険を覚えながら、そして命を奪いながらやっとの事で今の地位を手に入れていた。命を狙う人物もきっといるだろう。

 しかし男にとってこの少女は見覚えがない。見覚えがないどころか、こんな姿の少女を現実に見た事すら、恐らくない。

 男は残弾のなくなった銃を握り締めたまま、その少女の正体が気になり、歩を進めていく。たった数分で、4人の部下をあっさりと殺した、この少女。 

 長い銀の髪、黒いコルセット風のワンピース。こんな所にやってくる服装ではないし、人を殺す服装でもない。それにこんな日常離れした格好、この日本で一体何人がしているというのだろう。まるでどこか外国の屋敷にでも住んでいるのかのような、そんな恰好。

 男はもっとよく見ようと、少女の傍らでしゃがみ込んだ。


「あははははっ!」


 笑い声はその少女から発せられたもので、その時にはもう、少女が跳ね上がるように起き上がりそのまま男の首元を掴んでそのまま押し倒し、男の上で馬乗りになっていた。

「まさか死んだと思った? 思ってたでしょ!」

 少女は口の端から血の筋を垂らし、赤い目を見開きながら楽しそうに、至極楽しそうに笑っている。口の中でギザギザとした歯が露わになった。

 男は握り締めた拳銃で、少女の顔を殴りにかかる。しかし少女は笑ったまま左手で簡単そうに受け止め、その小さな手でみしみしと男の手首を軋ませていく。男は悲鳴を上げながらもう片方の手で床をばんばん叩き、ギブアップだと主張したが、少女は構わず男の拳を

 拳銃が床に落ちる。

「悲鳴なんてあげちゃって、そんなに痛いの? あたしにこれだけ血を流させておいて?」

 馬乗りになった少女の長いスカートから覗く素足には赤い筋が伸び、少女の辺りには血の雫がいくつも飛び散っている。

「あたしの話を聞いて?」

 少女は男の拳を砕いたその手をそっと、人差し指だけ立てて、ふわりと男の口に押し当てる。

「あたしの身体に何発、鉛の塊が入ってると思う? 8発だよ? あなたが撃ち込んだんでしょう? もうこの服使えないじゃん」

 少女は服に開いた穴のうち、胸元に開いたそこに指をぐりぐりと突っ込み始めた。

「全くもう、この服もう着られないじゃない。また頼まないと」

 少女はそう呟きながら、血で真っ赤に染まった指で身体に埋まった銃弾を掻き出した。指で摘まんで男に見せつける。

「こんなので、人は死ぬんだ……。ねえ、

 少女は手に持った銃弾を男の胸に押しつけたかと思うと、そのままぐりぐりと捻じ込ませ、男の皮膚を破り肉に食い込ませていく。男は壊れたおもちゃのようにただただ悲鳴を繰り返す。

「どう、痛い? どれくらい痛い? あたしが感じるよりも痛い?」

 ゆっくりと、じっくりと、めりめりと、その銃弾と指が男の肉を侵していく。男の服はじっとりと濡れはじめ、男の声も段々と弱まっていく。

「もう返事も出来ないの?」

 少女は少しだけ残念な、失望したかのような表情をしながら、男の蒼白な顔に、すい、と顔を近付けた。

「不味そうな顔……」

 けど文句も言ってられないか、と少女は口を開けた。尖った白い歯が再び見える。顔のラインを隠すように長く伸びた銀髪のもみあげが揺れ、見え隠れするのは少女の口から耳にかけて走る黒いライン。そしてめりめりと千切れていく音。それに沿って避けていく頬の皮。奥歯までぞろりと揃った歯は、牙のように見事に生え揃っている。

 少女はぽたぽたと唾液を零しながら、まだ温もりの残ったその肉に齧りついた。

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