3−7

 ベルーイはドサリと床に落ちて足を痛め、そのまま動けなくなった。天井からフルネスのわんわん泣く声が聞こえて心が痛んだ。

「フルネス・・・。」

 畜生、今になって人の気持ちが分かるようになってしまった、とベルーイは悔しがった。ベルーイは辺りを見回した。

「ひょっとしてここは処刑場か。」

 ふと、自分が偵察に行く前に、ランバーが”処刑人”の実在を確認したという噂を聞いた。いよいよご対面するのだな、と思ってベルーイはなぜか笑みを浮かべていた。単に引きつっているのかもしれない。

 ガタンと扉が閉まる音が聞こえ、ずずずず、ずずずずず、と奥の方から何か引きずる音が聞こえる。かすかな灯火から大男の影がゆっくりとこちらに向かって来るのが見える。頭の方になにか煙か蒸気のようなものが出ている。

「さあ、かかってこいよ、ウスノロ!デカブツ!僕はどうせ死ぬんだぞ!どうせ人に親切になれなかった人生だ、失っても問題になるまい!」

 ベルーイは自分でも何を言ってるのかわからずに叫んでいた。ずずずずず、と引きずりながら現れた。道化師の格好をしている。手に持っているのは巨大な斧だ。斧は丁寧に研がれていて、背の部分を引きずっている。ずずずずず。ベルーイはその姿をゆっくり見上げて、やがて顔面を見て固まった。

「ランバー?」

 レリビディウム指導者ランバー・トールスキンのような顔が無表情に近い笑顔でベルーイより高い前方を見つめていた。頭からは煙を出しているが、ときとき首の方からもシューという音を立てて廃熱している。

「ランバー、どういう事だよ、どうして、どういうことだよ」

ずずずずず、ずずずずず。

「今日の偵察で処刑人を見たといったけど、お前が処刑人だったのかよ。答えてくれよ。」

 処刑人はベルーイの目の前で止まる。

「ランバー・・・」

「~-━・/-~~」

 処刑人は軋みのようなよく分からない金属音のような声を立てる。そして斧を持つ手を離して。身をかがめる。斧じゃなくて首でも絞めるのか、と思いながらベルーイは覚悟して目を瞑る。肩を掴まれる。そして、くちびるの方に熱い感触がある事に気づいてベルーイは思わず目を開けた。処刑人はベルーイに口づけをしていた。そしてランバーのようであった顔の輪郭が次第に変わっていくのを見た。それは見覚えがあった。鏡で移った自分の顔。ベルーイの顔をした処刑人。ベルーイは後頭部の方から体温を失っていくのを感じた。まったく分からなかった。何がおきたのか。ベルーイの死んだような笑顔がベルーイを見つめている。ベルーイの意識は破れた。これから死ぬという緊迫感の中でベルーイの常識観念が崩れたからだ。

「ああああ!おああああ!うああああ!」

 処刑人は一、二歩下がって、斧を両手で抱えた。ベルーイは自分がいつ死ぬのかとかそういう事は全く考えていなかった。ただただ大男となった自分がさらに数歩下がって、そして身構えて、どすどすどす、と音を立てながら自分に向かって走り、それから斧を勢いよく振りそれから。




「今回もご苦労ォ。そいつはコレクション・エに分類してくれ。」

 扉の向こうの王の声を聞いて、真っ白のベルーイの顔をした処刑人は両手で頭を抑える。ペコという音がしてベルーイのマスクが外れる。処刑人の顔は空洞となるが、やがて練ったパンのような白い凝固液が処刑人の顔を満たし、ベルーイの顔を再び形成する。処刑人はその大きな手の平でベルーイのマスクを右手で持ち、アルゲバ文字エと書かれた黒い箱を左手で開ける。そこには沢山のデスマスクが積み上がっている。それを丁寧に積み、ゆっくりと箱を閉じる。

「お前がいるおかげで、デスマスク収集が捗ってきたよォ。」

 王はドア越しから処刑人に言った

「ついでに、レリビディウムのアジトも襲ってランバーのデスマスクもちょうだい。アイツの顔知らないから、人目見たいんだァ。よろしく。」

 その時、がちゃんと、王室の扉が開く音が聞こえ、兵が言う。

「王よ、ご報告です。手紙が届きました。」

「なにかね。」

「『王の7体のクローンが出来上がりました。明後日の昼、船でお伺いします。サレボ。」とのことです。」

「素ゥ晴らしい!」

 剣をヒュンと振るう音が聞こえ、「げふぅ!」と兵の悲鳴が聞こえた。

「ようやく、人生の楽しみが出来たぞー。愛しのわが子、愛しのわが子。」

 扉の外からそれを利いていた処刑人は、しばらく笑みを浮かべたベルーイの顔を前に傾け、やがて立ち上がり、大剣を取り出してバルコニーに出る。そして勢い良く飛び上がり、レリビディウムのアジトに向かって走り出した。

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