第19話:向かえ! さだめの集結点(上)


「はーっ……はーっ……」

「ふ、振りきりましたか……?」


 アルカレンティアからだいぶ離れたフィールドの中。

覗き犯を仕置きする精鋭部隊から辛くも逃げ切った私たちは、魔法で掘り返した塹壕の中に身を潜め、ホッと息を吐き出しました。

いえ、『クリエイト・アースゴーレム』で土からゴーレム何体分かを取りだし、そこを踏み固めただけなんですけどね。

父が言うにはドラまたなる魔術師もやっていた、由緒正しい方法なのだそうで。


「うわぁぁん、もうクタクタよぅ。追いかけっこしてる内に夜が明けそうじゃない。つ~か~れ~た~!」

「そう、ですね。流石に……『テレポート』のし通しで……」


 精神力には自身が有る方とはいえ、流石にこれは堪えます。

私も母も、そしてアクアも先程からずっとうつらうつらとしている様子。


「ね、寝ましょう。野外ですから、最低限の備えだけして寝ましょう。アクアではありませんが、私も今日は無駄に疲れました」

「ええ……幸い、朝方はモンスターもあまり活発では無い時間帯です……。明日追いつくためにも、少しでも精神力を回復させて……」


 土の中というのもあり、多少気を緩めてもモンスターには気付かれないはず。

夜行性の獣たちが眠りにつく時間と言うのもあり、襲われる心配は無い。

そう思って、各々浅い眠りへと入っていった矢先




「コォォケコッコォォォォー――……!!」




 空をつんざき、やたらと覇気に満ちた鶏の鳴き声が響きわたりました。


「……そういえば、居ましたね、ゼル帝」


 お陰で体も心も疲れてるのにお目目はぱっちりです。

ええ、横になっても全然眠れそうにないこの感じ。


「あの……めありす? 耳を地面に付けてると、なんだが凄く地響きのようなものが聞こえてくるんですが……気のせいですかね?」

「あ、あはは……これから眠るところだったモンスターさんたちが怒ってるみたいね……」


 それだけならまだ良かったのですが、この鶴の一声は他の良くない物まで呼び出したようでした。

スタンピードめいて近づいてくる高レベルモンスターたちの足音。

千里眼を使うまでもなく、モンスターの郡が作る砂嵐が地平線を遮る。


「……揚げましょうか、この鶏」

「待って!? 違うの、ゼル帝は悪くないの! この子はただ、今の状況でもいつものように我が道を生きているだけなんだから! これが帝王の器と呼ばずしてなんて言うの!? 揚げるなら私からにしてちょうだい!」

「わかりました。後でそのポニテをフライにします」

「!?」


 固まったアクアはさておいて、この状況、どうしたものでしょうか。

いえ、なんとなく察しがつくのです。たとえこの場を賢く立ちまわった所で、この女神はまたやらかすだろうことを。

うっかりの星に生まれたうかりん星人は、致命的な所でうっかりしないと気が済まないのでしょう。

父よ、あなたは偉大でした。最後までこの女神に付き合い続けてきたのですから。


「そ、それでどうするのですめありす。い、いえ、我が爆裂魔法で一網打尽にしてやっても全然構わないのですけど。ええ私は全然構わないのですけど、ここは娘に花を持たせるのができる母親。その鉄面皮の下に、なにか作戦は無いのですか!?」


 やや引きつった様子の母が、杖を握りしめて私にたずねる。

どうするか? ええ、良い作戦がありますよ。もうこれしかないってくらいに簡単な解決方法が。

オルトロスだけではない。煙幕、ワイヤー、みらいちゃんブレード、「HEAT」と書かれた素敵なステッキ。

私はマントからあらゆる武器を孔雀のように広げ、そしてモンスターに向かって吠え猛りました。



「お前ら全員、纏めてかかってこいやぁー――ッ!!」

「「き、キレてるー――ッ!?」」






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「え? テレポーターが使えない?」

「申し訳ございません、現在、担当の魔術師が席を外しておりまして……」


 明朝、アルカレンティア、テレポートセンター前。

アクシズ教団が巣食うとはいえ一応は観光の街だけあって、この街に訪れる客は多い。

そんな人々を送り迎えするのは馬車だけでは無い。

少々値ははるが、転送陣を使った転送屋も立派な職業の一つである。


「何だ、それなら戻ってくるまで待てば良いのか?」

「それが、街の外れでモンスターたちの大規模な動きがあり……そうなると、腕の良い魔術師は何人居ても足りないんです。この周辺のモンスターは、皆強いですから」

「うーん、『テレポート』が使えるのはそれだけで一流の証でもあるからね。確かにその状況だと、精神力を垂れ流すわけにも行かないか」


 申し訳無さそうに頭を下げるお姉さんの言葉を、ミツルギが補足する。

なるほど、そうだったのか。ウィズや紅魔族が気軽にポンポンつかってる所しか見たこと無いからなぁ。

ただまぁ、言われてみればそいつらは全員一流の魔術師だ。

あんまり意識はしないけど、魔法に関しては目が肥えてんだな、俺。


「とはいえ、じゃあどうするんだよ。テレポーター使って紅魔の里に行く予定だったろ?」

「うーん……どうしましょうか。流石に、紅魔の里まで馬車で抜けるのはリスクが高いですし」

「そうだね。あの辺りには凶暴なドラゴンやオークが居るというし。遅れを取るとは思わないが、イリス様やダクネスさんに何かあったらと思うとなぁ」

「……いや、そっちには何にもないから安心しろ」


 オーク。その単語を思い出すだけで背筋が凍りそうだ。

大丈夫、何もなかったんだよ。俺は何もされていない!


「大丈夫ですか、お兄様? なんだかゴーレムみたいな動きになってらっしゃいますが」

「ガガ、ボク、オーク、キライ」

「ああすまん、カズマは一身上の都合で、オークにトラウマがあるんだ」

「お可哀想に……そうですわね、ちょうど4人ですし、2:2に別れて他のテレポート屋さんを探してみましょうか? ひょっとしたら、食料を切らして里から出てきた紅魔族の方とかいらっしゃるかも知れませんし」

「イ、イリス嬢。そんな冬眠明けの熊みたいな……」


 まぁ熊くらいなら喜々として熊鍋にしそうだけどな、あいつら。

だがまぁ、やはりテレポートで飛べるんだったらそっちの方が格段に良い。

ここまでの道中少しモンスター戦もあったが、いざアクアが居ないとなると少々怖い。

いや、アクアが居たら死んでもいいやーって思ってるわけじゃないけどさ。

戦闘そのものはダクネスが真面目にやる分とミツルギが先行してくれる分とで、かなり楽では有るんだけど。


「どう班分けしましょうか。やっぱり、ダクネスはお兄様と一緒がいい?」

「えぇ!? いや、私は、今日は……」


 くすりと微笑みながら、アイリスが俺たちに視線を送る。

ダクネスが顔を真っ赤に染め上げ、ショートを起こしたように俯いた。

自然とあの時言われた言葉が思い返されて、俺も言葉に詰まってしまう。


「冗談よ。せっかくなんだから、私もお兄様の隣を歩きたいです。いいですよね、お兄様?」

「へっ、あっ、おう……」


 その一瞬の空白の中で、アイリスが俺の脇に腕を滑りこませた。

そして嬉しそうに俺の腕を抱きしめると、上目遣いで目線を送ってくる。


 ……しかしそうなると、ダクネスとミツルギがペアになるのか。

しばらくは機能不全を起こしてそうだが、大丈夫かアイツ?

ただでさえアクシズ教徒の多いこの街では、ダクネスはポンコツになりやすいと言うのに。


「おいダクネス、あんま知らない人に迷惑かけんじゃねーぞ。興奮するなら時と場所は選べよ」

「わ、分かっている!」

「いや待って、知らない人じゃ無いよね。なんだかんだボクとも数年の付き合いですよね!?」




 ………………

 …………

 ……




「それにしても、この辺はお店が沢山ですね! ねえ、お兄様、あれは何かしら」

「あれか? あれはモケケピロピロの露店だな。新鮮なモケケピロピロが踊り食いで楽しめるんだ」

「お、踊り食い?」

「生きたままちょっと味を付けて食べるんだよ。ピロピロしてるぞ」

「……いいえ、私はちょっと遠慮しておきます」


 そうか。まぁ珍味に美味いもの無しって言うしな。

観光街なだけあって、アルカレンティアはぶらりと歩くだけでも相当楽しい。

これでアクシズ教団がのさばって無きゃ良い街なんだが、ほんと。


「うふふ、でもこの街は楽しい所ですね。私、少し気に入りました」

「そう思うなら王都にもアクシズ教団の神殿立ててやれよ。アクアが泣いて喜ぶぞ」

「え? それは……うーん、どうしようかしら」


 腕を組んで街を歩くアイリスは、本当に楽しそうだ。

きっと、こんな風に街を歩くこと自体、あんまり機会が無いからだろう。

元から好奇心の強い子供ではあったし、あちこちに視線を巡らせては表情を変える。

なんだか随分と成熟しちゃって、義兄としては寂しい所もありつつ。


「あの、一応はテレポーターの代わりを探してるんだよな?」

「はい! あ、あそこ、あの店の中とか居るかも知れませんよ、紅魔族」


 あそこって、あの喫茶店の中か。

なるほど確か、にディスプレイされたパフェのイミテーションにふらふらと釣られる、虫みたいな紅魔族も居るかも知れない。

頭文字にめぐとかつく奴だ。残念ながらテレポートは使えない。



「ダクネス様のことは、残念でしたね」



 でもまぁ、休憩したかったのもあり。店の中に入って腰掛けて……。

その時、付け出しされた水のグラスを物珍しげに眺めていたアイリスが、不意に声をかけてきた。


「……それは、誰にとってだよ」

「うーん、やっぱり私にとってでしょうか。お兄様がお城に来てくれれば、お出かけの隙を見計らわなくても良くなるのに」


 そうか。分かってたが、やっぱり昨日のイタズラの主犯はアイリスだったか。

まあ、何のためにとか聞くのは無粋だろう。

おおかた、煮え切らないダクネスの背中を押すために違いない。


「……ひょっとしてもう、ダクネスの結婚話って出てきてんのか?」

「ええ、まあ。国としても、右腕であり懐刀である侯爵を放置するわけにはいかないのでしょうね」


 名としても、実としても。

実際、貴族の中にダスティネス家とつながりを持ちたいものは多いだろう。

……アイツ自身の女としての価値も、言っちゃあ何だが歳と共に失われていく。

跡継ぎと言うのは、1年2年の話では無いのだ。アイツが言うとおりに。


「お兄様が私の近くに来てくれるなら、なんならララティーナだけじゃなくったって……」

「いやーでもハーレムって男の夢だけど、実際叶えてみると面倒臭さで死にそうな気がするんだよな」

「もー、お兄様のいけず」


 注文したケーキにフォークを入れ、アイリスは顔をほころばせながらそれを食べる。

同時に、カランカランとドアベルが鳴り、気が重そうに肩を落とした女性が一人、店内に入ってきた。

……というか、凄く見覚えのある奴だった。今は里に戻って紅魔族の長をやっているらしいゆんゆんが、ものすごく暗い顔で喫茶店の注文に戸惑っている。


「サイズとミルクはいかがなさいますかー?」

「え、あ、じゃあスモール……え、スモールじゃないの? ショート? ミルクに種類があるの? ……ぶ、ブラックで!」


 ……やめよう。運ばれてきたコーヒーに口をつけて渋い顔をしている彼女を見ると、なんだか涙が出てくる。

きっと、里にはこういう店がないから不慣れなだけなんだ。

まぁぼっちと田舎者、どっちがマシかと言われると判断に困る所だが。


 ……!

いかん、目を背けようとした瞬間ふと顔を上げた彼女と目が合っちまった。

案の定、喜色を浮かべてちょっと涙目でこっちに近づいてくる。

冷静に考えれば望み通りのテレポートが使える紅魔族の筈なんだが、なんだか凄く厄介事の臭いがする!


「ああっ、カ、カズマさん! カズマさんっ!」

「はいはいカズマです」

「よ、良かったぁ……こんな所で会えるなんて……あ、あのう、時間があったら少し相談に乗ってくれませんか……?」

「じ、時間かぁ。あんまりないんだけど、どうしてもって言うなら仕方ないカナー?」

「あ、いえ、そう言われると……その、やっぱり私だけで頑張らないと……」


 ええいクソ、ぐいぐい来られるのも辛いが、これはこれでどうかと思うな!

そんな捨てられた子犬みたいな顔で笑われると、話すら聞かない俺の方が悪者みたいじゃないか。

これでアクアが同じ顔してたなら、容赦なく振り払えるんだけどね。


「あーもうなんだよ、とりあえず言うだけ言ってみろよ」

「は、はい……ええとですね、私この前、正式に紅魔族の長として就任したんですが」

「おう、知ってる」

「それで、先代の残した資料を編纂していたらですね……うう」


 なんだか凄く言いづらそうに肩を縮こませるゆんゆんである。

瞳を滲ませ、今にも泣き出しそうな雰囲気だ。里長やるのがそんなに大変なのだろうか。

……大変だろうなぁ、あそこの奴ら、偉いからって従ってくれそうな気配全然しないもん。


 ゆんゆんはそのまましばらく言いづらそうにしていたが、遂に意を決したようだった。

涙を隠すこともせず、顔を上げ、食い気味に俺の肩を掴んで叫ぶ。




「さ、里の存亡に関わる大変な秘密が発覚してしまったんです~! 助けてください、カズマさぁーん!」




 ……ほんと、厄介事には困らない種族だなぁ。あそこ。

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