第11話:伸ばせ! 手と手の懸賞額


 ――三日後。


 めありすは自身の冒険者カードに獲物の名前がしっかりと記録されたのを確認し、双銃を仕舞いこんだ。

一昨日の朝にギルドを確認し、近郊を巡り巡って倒した賞金首の数はこれで20。

一体一体は賞金数十万程度の小粒だ。総額にしても、目標金額にはまだ一桁足りない。

どうやらアクセル付近の大型賞金首はあらかた討伐され尽くしているようだ。

実入りはそこまででもなく、移動時間ばかりが嵩んでゆく。


「オリジナルたちが居る街では、それも仕方ないか……いっそ完全に冬になれば、冬将軍も出るんですが」


 そこまで寒くなるには、まだ一月ほどかかるだろう。

そうすると、この国は雪に閉ざされる。街同士の連絡網の断絶は、転生者の足取りが途絶えるのに等しい。

本来この時間の人間ではない自分が、いつまで過去に介入していられるかも不確か。

冬が明け、春が来るのを待つのはあまりに分が悪い。


「賞金分を精算して、後は……王都にでも行ってみますか。あそこは転生者も多く滞在するそうですから、めぼしい賞金首が残っているかわかりませんけれど……」


 金策にばかり時間をかけている訳にも行くまい。

しかし世界中を探しまわると決めた以上、テレポーターには幾ら金を賭けても足りないのだ。

どうにか両立させつつ、何処に居るかも定かでは無い人間を一人探しださねばならない。

砂漠で針を探すとはこのことだろうなと、めありすは改めて苦笑した。


「まさかもう、『クイーン』が来ているなんて……この後、数年かけて神器の持ち主が変わったのか。もしくはこれも歴史の修正力か」


 マタンゴクイーン。馬鹿みたいな速度でこの世界を侵略し尽くしたモンスター。

考えれば考える程に不安はつのる。敵は時空。過去。世界。全てだ。

めありすが手元の魔道具を弄ると、高く響くノイズに混じり、人の声があふれた。

世にも珍しい音を集める結晶で、ペアとなる結晶があれば離れた位置からでも拾った音を確認する事ができる。

要は盗聴器。拘束された際、こっそりと屋敷の椅子の裏に貼り付けたものだ。


『おはようございます、ダクネス。ご飯はまだ何か残ってますか?』

『ああ、おはよう。……すまないめぐみん、私もこれからちょっと出かけなくてはならなくてな』

『そうでしたか。うーん、じゃあ卵一つ使ってフレンチトーストにでもしますか』


 入ってくるのは、他愛もない会話に過ぎない。

だが、この懐かしい騒がしさがめありすに勇気を与えてくれる。

騒がしくなくても、生活音だけでも良いのだ。


 カズマが何かを弄っている音。

 アクアのいびき。

 めぐみんが何か呟きながら本を読む様子。

 ダクネスがうろうろと歩きまわる音。


その全てが、めありすにとって絵画の様に在りし日の光景を映し出してくれる。


『まったく、カズマめ……また大変な事をしでかしたものだ』

『ほんとお疲れ様でーす、領主様。ところで、牛乳どこしまったか知りません?』

『そう思うならもう少し爆裂する場所を考えてくれても……いや、いい。ただ、地形は崩さないでくれよ』

『前向きに善処します』


 だが、今日ばかりは会話の中にひっかかる点がいくつもあり、めありすは眉を寄せた。


「サトウカズマが何を……?」


 しでかした、とは何のことだろうか。

子供ながらに10年は背中を見続けてきた父なのだ。

あの男は時折、とんでもないことをやらかすことくらいわかっている。


「……何か、胸騒ぎがする」


 この3日間、賞金首を倒し続けていたせいで街に帰ってすらいない。

元よりそろそろ精算もするつもりだったのだと、めありすは『ウィンド・ブレス』の風を受け滑空した。






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「おいバニル、これはどうだ」

「住人の勘違いからくる通報だな。行っても毛並みが立派な黒猫しか出てこんぞ」

「これは?」

「懸賞金目当てのまったくのデマだ。騙されたフリでもしてやれば、上質な悪感情が頂けそうだな」


 冒険者ギルドの片隅を陣取り、俺とバニルは顔を付き合わせていた。

テーブルの上には俺の元へ寄せられた情報が雑多に散乱している。

まったく、情報は多いほうが良いかと思ったが、これじゃあ逆に埒が明かないな。


「なぁ、最近我輩とみに疑問なのだが、小僧め、悪魔を金で買えるものだと勘違いしてはいないか? 地獄の公爵に延々雑務をさせるという贅沢、他の悪魔であれば魂を対価にしていてもおかしくは無いぞ?」

「いいじゃねえか、お前だって人類滅亡はごめんだろ? それに、お前に金を入れとけばウィズが最高級マナタイトを仕入れてくる。あれはいざと言う時使えるかもしれないからな」

「おいやめろ、我輩が汗水たらして稼いだ金をウィズが使い込む前提にするでない。テンションが下がる」


 汗水たれるのか、お前。

まあ仮面が本体というくらいだから、多分言葉の綾なんだろうけど。

そんな風に考えていると、金髪の受付嬢がまた大量の紙束を抱えてやってきた。

ズンと音を立てて置かれた紙の束に辟易としていると、さっきから何もしていない女神が不平の声を上げる。


「カズマさーん、カズマさーん。ねー私退屈なんですけどー。この辺に散らばってる紙使ってタワー作ってもいいー?」

「ダメに決まってるだろバカ! この辺全部資料なんだからな? ていうかさっきからお前邪魔にしかなってねーんだよ、帰れ! 帰ってゼル帝と遊んでろ!」

「なによカズマったら、私よりこのカメムシ悪魔と一緒のほうがいいってわけ? いいからもう諦めましょうよ。この子たちもアクアタワーの素材になりたいって言ってるわ」

「おい、讃えるもの欲しさについに声なき声を聴き始めたメンヘル女神。誰がイネなどの実の汁を吸う害虫だ? 男の金に寄生して暮らしているのは貴様の方であろう、ダブルダガーとじ子よ」

「ぶっ殺してやる!」


 そしてこれだ。散らかるし暴れるし、まったく調査が進まん。


 ――ああ。結局、あの酔い潰れためありすを背負い帰った後、何がどうなったかを話す必要はあるだろう。

あの夜、言い知れぬモヤモヤをめぐみんに焚き付けられた俺は、その足で王都へと『テレポート』した。

その後明け方を待ってこっそりと王宮へと侵入。

ちょっとしたプレゼントと一緒に、アイリスの枕元に手紙を忍び込ませた。

それが、『俺と同郷の人物が国内にいるかも知れないので、捜索と保護をお願いしたい』という内容である。


 だが俺は、それだけでは満足しきれなかった。

明朝になるのを待ち、それとは別にギルドで訪ね人捜索の依頼も出したわけだ。

特に特定のパーティに頼む依頼では無く、有力な証言、あるいは手がかりだけでも得てくれたら報奨金。

これだけ手を広げれば、別大陸でもない限り情報がつかめると思ったんだが――


「だいたいカズマがバカなのよ。『黒髪、黒目、変な響きの名前の女』だけじゃ、そりゃ絞り込むにも無理があるわよ」

「うるせーな、だからお前がちゃんと情報を教えてくれればこんな手間も金もかけずに済むんだよ! これ以上邪魔するなら、依頼妨害として正式にギルドに訴え出るぞ! 訴訟されたくなかったら大人しくしてろ!」

「嫌よー! そう言ってカズマったらあの娘に酷い事する気なんでしょ。やらせないからね! 私は穢れ無き女神として、悪魔どもの魔の手からあの娘のささやかながら小さい幸せを守り続けるの!」


 問題は、このアホだ。

何を勘違いしているんだか、隙あらば妨害をするべく始終くっついて来るのである。

こいつが居るとバニルが高頻度で使いものにならなくなるので、本当に邪魔。

いつもなら2、3回怒鳴れば諦めてどっか行くんだが、今回だけは妙にアクアも頑なだ。

……別に、俺は殺してでも奪い取ろうなんて思ってるわけじゃないんだが。


「なあアクア、いい加減俺の話を聞いてくれよ。お前だって世界を滅ぼした邪神とか言われたく無いだろ?」

「なんで私がそんな呼ばれ方しなくちゃいけないのかしら。私は清らかな水の女神様、言わばあらゆる生命の根源よ? もっと崇めて! 敬って!」

「魔王を討伐せし男よ、聞くが良い。そこのハリガネムシ女神は、平時貴様にとって害にしかならぬ。そろそろ討伐して神と魔王を斬獲せし二つ名を貰うが吉」

「ドブ底に悪魔風情が言ったわね! 上等よ、今日という今日は塩の柱に変えてやろうじゃないの!」

「だから暴れんなって! お前ら二人の喧嘩は色々と洒落にならねえんだよ、ギルドに出禁喰らう前に大人しくしろ!」


 ほら、だんだん受付のお姉さんの口元が引きつってきてるだろ!

この前こめっこに「お姉さん小じわ増えたね!」と指摘をくらって以来マジ怖いんだ、これ以上怒らせないでくれ!

ああ畜生、誰かアクアを追い払うだけでもしてくれないもんか。

いっそここの暇してる奴らに依頼でも出してやろうかとまで考え、俺は新しい足音に気づいた。


「……探す手間は省けましたが……何をしているんですか、サトウカズマ」

「げ……めありす」

「ここに来るまでの途中にすら、散々指名手配の張り紙がありましたよ。『求む、黒髪黒目の女の情報。奇妙なイヤリングをつけている可能性高し。やや名前が変な響き。僅かな目撃情報にも懸賞金。賞金総額10億エリス』……バカじゃないですか?」

「バカとはなんだ、バカとは」


 まあ自分でもちょっと金額を上げすぎたかとは思ってるけどさ。

薄っすらと侮蔑の意思を込めためありすの瞳は、仄かに紅く輝いている。


「10億……10億……ねえカズマさん、10億あったらアクシズ教の神殿いくつ建てられる?」

「一つも建てねえよ。というかお前、今まで散々駄々こねといて金で情報売る気なのか」

「ばっ、違うわよ! そういうのじゃないの。でもね? 私にお祈りできる場所が沢山あるってのは、信者たちにとって素敵だと思わない?」


 そして、水の女神の瞳は隠し切れない欲に塗れていた。

頼むからお前はもう少ししっかりしてくれ。色々申し訳なくなってくる。


「手助けなど必要ない。そう言ったつもりでしたが、伝わりませんでしたか?」

「別に、俺はお前の手助けをするつもりなんてねえよ」

「何?」

「情報を集めてるのは、単にそいつがこの世界で死ぬ前に、どうにかしてやろうと思ったからだ。俺とっても貴重な同郷の人間だからな」

「……保護すると言うんですか? 世界を滅ぼすきっかけになる人間を」

「ああ、保護するさ。実際、文明人としてすぐ殺すだの殺さないだの言い出すのはどうかと思うぜ。まずは話し合いからでもおかしくないだろ。現にアイリスにも、発見したら出来る限り丁重に扱ってくれるように頼んである」


 アクシズ教の信徒ってのは、ほとんど社会不適合者だが信仰心だけは本物だ。

アクアが「良い子」って信じるからには、多分本当に良い子なんだと俺は思う。

どっちを信じるかなんて分かりきっていたさ。でもな、


「さすがカズマさん! 私最初っからカズマのこと信じてたわ!」

「嘘つけぇ!」


 当の女神がこんなんだから、いつまでたっても社会的信用が得られねーんだよ!


「……そうですか。やはり、どうなろうと最後にはカズマは女神アクアの味方なのですね」

「おい気持ち悪いこと言うな。誰がコイツの味方だって?」

「あれっ!?」


 嫌悪感に思わず身を震わせると、アクアは酷くショックを受けたようだった。

四六時中こいつの味方? 勘弁してくれ、下げる頭がいくつ有っても足りない。


「でも現実に、未来は危険に晒されてるんです。だから――」

「あーもううるせーな! やるならとっととやれば良いだろ!」

「っ!?」


 めありすの言葉を遮るように、俺は大きく音を立てて机を叩いた。

冷静に考えてみれば、こいつには山程言いたいことがあるのだ。

今度顔を合わせた時に言ってやろうと思っていたが、ついにチャンスが回ってきたぞ。


「この間からお前はなんなんだ? 仮にお前の言うことが一字一句正しかったとして、初手でいきなり遠距離から狙撃戦かましてくる奴が信用してもらえるとか思ってんのか!? お前は売った喧嘩は買われることを親から習わなかったのか!」

「あ、う、それは……」

「何かと理由を付けては人の顔をチラチラと! お前、自分が娘ってだけで無条件に助けて貰えると思ったら大間違いだからな? この際だから言っておくが、俺は『助けてって言いたくないけど出来れば察して助けてください』って態度が大嫌いだ! なんでも一人で出来ますって態度取るんだったら一人でやれよ知ったことか!!」

「……」


 ああ、スッキリした。

勿論、ここで止めたらただの嫌な奴なので、ある程度ビビらせたら助け舟を出すつもりではある。警官もやってた、飴と鞭って奴さ。

半分くらい本気で怒鳴っちゃいるが、本当に怒ってるわけじゃない。


「……だから、そういう時は素直に人を頼れよぼっち娘。この広い世界を一人で探しまわるなんて、正気の沙汰じゃねーだろ」

「ぼ、ぼっち……」

「『周囲のレベルが低いから仕方ない』みたいな顔してよぉ、我が娘ながらコミュ障っぷりが心配になるぜ。ほら、ごめんなさいしろ。ごめんなさい、助けて下さいって言ってみろ」

「うわぁ……」


 椅子の上でふんぞり返る俺を、アクアがちょっと引いた目で見ていた。

お前の為にやってやってんのに、なんだよその目。

お前ももうちょい日頃からカズマさんありがとうって言え。


 めありすは今や、すっかり顔を俯かせ、悔し気に歯を食いしばっている。

初めて見てからずっと、ポーカーフェイスを維持し続けていた表情を歪ませ、ポツリ、ポツリと水滴が落ちる音が響く。


「……わ……」

「わ?」

「わたしだって……こんな風になんかなりたくなかった……! なりたくなかったよぉ……!」

「え? お、おい」

「……誰のせいで……一人ぼっちになったと思ってるんですか……父さんのバカぁ……!」


 ぐす、ぐじゅっと鼻をすする音が聞こえ。

くしゃくしゃに歪めた顔から、大粒の涙が滴り、床にシミを作った。


「あー、泣かしたー! カズマさんが泣かしたわ!」

「い、いや違うぞ、俺はそんなつもりじゃ……」

「ワハハハ! 失敗した男のツンデレほど無様なものは無いな! いやはや愉快愉快! これだけでもここに居た理由があったと言えよう!」

「バニルてめっ……畜生、俺そんな間違ったこと言ってないだろ! あ、おい、めありすっ!」


 制止の声も虚しく、めありすの手元から離れた手投げ弾は、コロコロと音を立てて床に転がると一気に白煙を噴出させた。

いつぞやも使った、喉をやく煙幕だろう。

周囲の人間も咳き込み、目を塞ぎ、ギルド内が混乱の渦に叩き込まれる。

真っ白に閉ざされた視界の向こうで、泣きながら逃げていく足音が聞こえた。


「げほっ、げほっ……何よこれー! いがらっぽい……」

「『ウィンド・ブレス』! 『ウィンド・ブレス』! ああもう、忍者かあいつは! なんで素直に頭下げて人にお願いするだけのことが出来ねーんだ!」

「自分ができないことを人にとやかく言うものでは無いぞ小僧。それはそれとして、早く追わなくとも良いのか?」

「……良くねえよなあ。くそっ、書類は任せた!」


 どうやら現実は、説教の一つでどうにかなるもんじゃないらしい。

反抗期の娘なんぞ、今の俺には荷が重すぎる存在だ。まったく、どうしろってんだあんなもん。

だからと言って放っておくことも出来るはずがない。

逃げるめありすを追いかけるように、俺は白煙たちこめるギルドから飛び出した。

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