第38話 初ネタ

『番長S』漫才「果たし合い」


「何見とんのじゃ、貴様らぁあ!」


 相模が言い終わるか終わらないかで、


「オマエこそお客さんになんつーこと言いやがんだバカヤロー!」


 八王子が食い気味に叫びつつ、助走つきのドロップキック。

 相模、センターマイクから二メールほど吹き飛ぶ。

 八王子、相模が転がっている辺りに冷ややかな視線を注ぎながら言う。


「せめてギャラリーだろーが。今日はどっちがヒバ高の番長かってタイマン勝負の見届け人になってもらうんだからな」


 舞台で一回転してから何事もなかったかのように起きあがって相模、


「貴様! 『人間ジューサー』の異名を取る俺に、ずいぶんナメたまねしてくれるじゃねぇか」


 と、啖呵を切る。

 センターマイクを挟んだ両者の距離、四メートル七〇センチ。


「あんま強そうじゃねーな! なにジューサーって」

「ジュース絞り器に決まっとろうが、たわけ!」

「そんな罵倒されるほどの質問、オレしたか? にしてもジューサーって格好ワリーだろ。捨てちまえそんな異名」

「馬鹿たれがぁ! 果汁の一滴も残さず果物を絞れるのぜ? 恐れ入るだろう」


 間。


「オマエ、なんか息上がってねーか?」


 八王子、ニヤニヤしながら本番でいきなりアドリブをぶっ込む。


「今ちょっとそこで、小童どもを軽くひねってきたからな」


 相模、すぐさま応じる。


「高校生でオマエより年下探すほうがムズいわ! ほぼ中三が!」

「それを言ってくれるな」

「んで、なに? ケンカ?」

「そんなたいそうなものじゃないがな」


 言いながら相模、シャドーボクシングを始める。


「こりゃエンジン温まっちゃってるな」

「パンチングマシーンで百キロ出すメガトンパンチが、火を噴くぜ!」

「百キロなのか百万トンなのかハッキリしろや!」


 八王子、言いつつシャドーの隙間から華麗にカウンターを決める。

 相模、その場にダウン……しそうな体勢からゾンビのごとく復帰し、


「まあそんなわけでウォーミングアップも済んでることだし、ここらで白黒つけるとしようわい!」


 ファイティングポーズ。

 センターマイクを挟んだ両者の距離、三メートル五〇センチ。


「そーだな。でもギャラリーの皆さんはオレらのこと知らねーだろうから、軽くそれぞれの基本スペックを言っていこうぜ」

「一理あるな。んじゃ早速。ワシは相模大輔じゃあ! 身長百八十五の体重九十キロ。得意科目は数学です」

「最後の関係ねー!」


 一回転からのバックハンドブローが、きれいに決まる。

 相模、仰け反ってそのまま背中から倒れる。しかし腹筋を使って即座に復帰。

 センターマイクを挟んだ両者の距離、二メートル。

 八王子、客席に向き直り、がなる。


「もっと実用的なデータさらせや。八王子、身長百七十弱、体重六十キロ。得意技はハイキック……こーゆーのだよ」

「ほほう。じゃあ相模大輔、身長百八十五の体重九十キロ。得意技……とかないな。あ、握力強いぜ!」

「強いぜ、じゃ伝わんねーだろ! 具体的にどんくらいスゲーのか説明しろよ」


 八王子、相模の顔にワンパン。


「『人間ジューサー』だから、リンゴ握り潰せるくらいじゃぁ!」


 相模、まるで気にせず受け答え。


「リンゴでたとえんな、キティーちゃんか!」


 八王子、素早くしゃがんで払い蹴り。

 相模、今度は胸から盛大にすっ転ぶ。が、寝そべった体勢から反動をつけて一挙動で起き上がる。

 センターマイクを挟んだ両者の距離、一メートル。


「相模大輔、身長リンゴ十五個分、体重リンゴ三百個分」

「寄せてくんな! わかりづれーよ」

「特技は、口がバッテンに――」

「キャラ変わってきてるじゃねーか! それミッフィー!」


 八王子、みなまで言わせずアッパーカット。

 相模、数秒間宙を舞い、墜落。何事もなかっ(略)ふんぞり返って言う。


「やはり番長と言えば、その学校のアタマ張ることになるわけだ。他校の奴らにナメられるようなことがあっちゃならねぇ」

「おおむね同意」


 腕組みして深く頷く八王子。


「聞いただけで他の奴らが震え上がるような逸話が必要だと、ワシは思う」

「おおっと? たまにはマトモなこと言えんじゃねーか。じゃーオマエはあんのかよ。聞いただけで相手がブルっちまうよーな逸話がよ」

「誰にもの言ってるんだ貴様。いいか、聞いて驚け。ワシはなあ、屁をこいたとき八割の確率でミが出る!」


 相模、本日最高にアゴをしゃくり倒したドヤ顔。


「ほぼ出てんじゃねーか! 括約筋鍛えろやぁ!」


 八王子、ジャンピングラリアットを決める。

 咳き込みながら立ち上がった相模、八王子につかつかと歩み寄り、真上から見下ろして低いマジトーンで言う。


「貴様、おい貴様。括約筋の場所知ってんのか? 鍛えろって言いながら、何でケツ蹴らんのだ? あぁん?」

「括約筋がユルユルのヤツのケツ蹴って、ミが出たらどーすんだ! 大惨事じゃねーか!」

「確かにな」


 相模、すこぶる素直に頷く。


「あのなー、オマエが言ってんのは相手を震え上がらせる逸話じゃなくて、ドン引かせる黒歴史だろーが」

「ダメなのか?」

「ダメに決まってんだろ! 考えてもみろよ、ウンコ漏らしの番長がアタマ張ってる学校の生徒だなんて、ぜってー他校のヤツに知られたくねーぞ」

「おい貴様。番長がウンコ漏らしだからって、その学校の生徒が全員ウンコ漏らしだとは限らんだろう!」

「言ってるコトはチョー正論だけど! そーゆーコトじゃねーんだよ、そーゆーコトじゃ。あー、なんかモヤモヤすんなー」


 八王子、突っ込まずに頭を抱える。


「火災報知機が反応したら、一億三千万人のギャラリーがビショビショになるぞ。早く何とかしろ」

「煙出てねーわ! 体育会に億単位で人入らねーし、あとなんだ?」客席を真横に相模とガンの付け合いをし「ボケのバラまきヤメロー! オレのウデじゃまだ拾いきれねーわ。クラスター爆弾か!」


「何だそのツッコミはー!」


 相模、恐ろしく体重の乗った右ストレートを八王子に繰り出す。

 センターマイクを挟んだ距離、ゼロ。


「ボケがツッコむんじゃねー!」


 八王子、相模の腕を逆手に取り、パンチの勢いを利用して背負い投げ。

 相模、大きく弧を描いてから舞台にたたきつけられ、ツーバウンド。完全に格ゲーのKOシーンのパクリです。直後、仰向けのまま右手をサムズアップさせ、


「貴様……いい……キックだったぜ」


 と感慨深く。

「蹴ってねーし!」八王子、畳みかけるように怒鳴ってからオチへ。「もーいい、勝負は次回に持ち越しだ」


 相模、跳ね起きて立ち位置側へと戻り、八王子の横に並ぶ。


「ギャラリーの皆さん、お付き合い感謝!」

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