第22話 なぜならば(2)

「いいか、黙って聞け。オレが漫才をどーしてもやらないといけない理由」


 これでもう、「やっぱ今のナシ」のカードは切れなくなった。自分の内側からプレッシャーがせり上がってくる。

 それに比べて相模(さがみ)の寄越す視線はあきれるほどニュートラルで、「言っても言わなくてもいいよ」と思っているのが手に取るようにわかる。それが癪だった。だから言った。


「好きな子ができて」

「うん」

「その子、面白いヤツが好きらしくて」

「うん」

「学園祭で漫才やって、千人以上をドッカンドッカン笑わせられたら、自分を面白いヤツだと思っても勘違いじゃねーだろ」

「うん」

「そしたら、要はあのー……まあ、その、告白っていうの? そんな深刻なアレじゃねーけどさ、してみてもいんじゃね? って思ったりしたわけだ」


 条件反射のように打たれていた相づちが、ココに来てナシ。


(オイ、そこは「うん」っつートコだろーが)


 ヤな汗をかきつつ、明後日方面にさまよわせていた視線をゾンビ野郎に戻せば、そいつは神妙な様子で八王子(はちおうじ)を見つめていた。スダレ髪のせいでいまいち表情が読みきれないのがもどかしい。

 黙ってんじゃねー、と怒鳴りつけたかった。

 ダメならダメで、さっさと返事しろやと思う。

 これまで相模とつるんできてなぜか一度も感じたことのなかった気まずさを、今、嫌というほど味わわされていた。

 だから人付き合いはイヤなんだ。うまく行っているときはそれなりに楽しくても、たまにこういう耐え難い空気を味わう羽目になる。そんなリスクを負うくらいなら、断然一人がいい。

 今までもこれからも、友人なんて作らない。それがオレの人生の最適解。


「好きな女一人落とすのに、男二人がかりとか情けねーって思うだろ?」

「いや、俺も女性に自分から話しかけられない質だから、わかるよ」

「ダッセー」

「お互い様だろ。でもあれだな、千葉(ちば)さんはわりと話しやすいかもしれない」

「見た目はギャルギャルしいけどな。柏(かしわ)経由じゃなきゃ、絶対話しかけようとか思わねー類の人種だ」

「彼女のおかげでギャル恐怖症が少しだけ和らいだ気がするよ」


 オマエの見た目のがよっぽど怖いわ。

 ツッコむべきワードは瞬時に浮かんだが、体が反応しなかった。

 八王子は車酔いになったとき似た気分の悪さに、思わず遠くの景色へ目をやった。住宅街のド真ん中にある学校だから、見晴らしがいい。

 そして合点がいく。

 今八王子は、名も無きコンビの行く末を、相模に委ねている。そう、ハンドルを握っているのはゾンビ野郎だ。

 そりゃあ、酔いもするだろう。


「まあ要約すっと、下心だよ。こんな理由じゃー、相模さんはオレと漫才、やってくれませんよねぇ?」

「その好きな子って、こないだ食堂で転んでた……さっきも八組の教室にいた……えーと、名前が確か――」

「うわうわうわ、なに察してんの腹立つわー。違うとは言わないけど」

「じゃあ、そうだって言いなよ」

「おいオマエ、ボケのくせにツッコミしてくんな」


 八王子が相模を五、六発ブン殴る。それから二人でニヤニヤする。

 戻った。いつものだ。いつもの、何ていうか雰囲気、パワーバランス。


「うん、八王子はそういうキャラでいてくれないと、調子狂うよ」

「うるせーな。で、どーなんだよゾンビ野郎。まさかイヤとは言わねーよな?」

「んー、その前に確認したいんだけど、八王子はあの子のこと、今まで好きになった人の中で何番目に好き?」


 その瞬間、八王子の胸中に殺意めいたものがよぎらなかったと言ったら嘘になる。だが全力で飲み下し、お引き取り願った。ここで相模を亡き者にすれば、漫才ができない。

 自分の顔が真っ赤になっているのを自覚しつつ、ここまできたら今さら伏せておくのも無意味だと己に言い聞かせ、怒鳴った。


「初恋だよ、察しろよ、言わせんな!」

「よしわかった、引き受けよう」

「ふっざけん……あ?」


 スダレ髪の下で、相模のデカい口が三日月型に割れる。大笑ってやつか。いままで気づかなかった八重歯まで見えるほどの、清々しい笑みだ。


「そういうことなら、この不肖相模大輔、八王子の初恋の助太刀をつかまつるぞ」

「初恋の助太刀って……ぶはは! バカじゃねーの、なに言ってんだオマエ」

「待て待て。せっかく漫才のほうの相方を快諾したのに馬鹿とはどういうことだ」

「いやいや、マジで顔面露出してオレと舞台に立ってくれんの?」

「いちいち言い方がいやらしいな、君は! 顔面はデフォルトで露出しているものでしょうが」

「ノーヘル、ノー面でやってくれますー?」

「それはちょっと難しいね! 相方が舞台上で石像みたいになってたら、漫才じゃなくて漫談になるだろ」


 やっぱソコが最後までネックになるか……と、渋い顔になったのは一瞬。ささいな問題とうっちゃって、どうやら漫才ができそうだということに安堵する。


「じゃーまあ、それはおいおい考えるわ。とりあえず、頼んだからな」


 ところで――「ありがとう」って言うタイミングって、いつだ?

 とにかく今は完全に逃したから、また今度にしようと思った。たとえば、無事に漫才を終えて告白をし、和泉(いずみ)と恋人同士になれてから改めて……とか。


「こちらこそ、よろしく頼むよ」


 それから二人は、そろそろマジでコンビ名を決めようぜと案を出し合ったが、先日に千葉が適当に発した「タコツボとタンツボ」を越えることかなわず、各々のネーミングセンスのなさに絶望した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る