第18話 プロトタイプ漫才

名称未設定コンビ漫才「学園祭」


「こんにちはー、八王子はちおうじでーす」

「よろしくどうぞ、相模さがみです」

「いやーみなさん、学園祭楽しんでますか?」

「帰りたくてたまらないですよね」

「のっけからなに言ってんだぁっ!」


 八王子の右の裏拳が相模の胸にめり込む。


「おふっ」


 相模は体を折り曲げつつ後ずさり、膝を突く――直前にゆらりと立ち上がって続けた。


「だってそうでしょうよ、こんなド素人の芸を見せられたって、ねえ?」

「会場の空気をおかしくするんじゃねェエ! 後の人がやりにくいだろーがあっ!」


 正面に回り込んでのワンツーパンチ。肉を殴りつける重い音が連続で響く。


「ぐふっ」


 後方へ吹っ飛びつつ仰向けに倒れ、そのまま後転して起き上がり、定位置に戻る。


「じゃあ僕らが暖めればいいんですね? その、会場の空気とやらを」

「なんでそう引っかかる言い方をするんだよ。まあそうだけど」


 ツッコミを寸止めして、励ますように相模の肩をたたく。


「それじゃやってみますよ」相模、二秒ほど空けて「コタツ!」


「暖房器具ではありますけどね、それ言われたって暖かくなりませんよ」

「心も体も!」


 相模、半歩前に出てドヤ顔。


「わかってるならなァんで言ったァ!」


 左手でフック気味に腹部を抉るツッコミ。

 しかし相模は素早く身を屈めて右頬でこぶしを受け「ぐほっ」と言いながら床に伸びる。

 一秒後、何事もなかったかのようにそそくさと定位置へ戻り、


「ソーラーパネル!」

「それ暖かくならならねーだろうが!」


 あらかじめ空けてあった距離からショルダータックル。

 相模、今度は横方向へ吹っ飛び、クラウチングスタートの体勢からダッシュで定位置に向かいつつ、


「黒いから、太陽熱を吸収してあたたかーい」


 元の位置に戻るか戻らないかのタイミングで、


「そうやって使う物じゃないから」


 足を刈ってその場に崩す。


「虫眼鏡でレンズの焦点を、蟻に!」


 反動をつけて一挙動で跳ね起きたところを、


「生き物を虐待するんじゃない」


 八王子、ラリアットでツッコミかけて相模にガードされるが、腕を取ってそのまま投げ。

 完全にアドリブだったにもかかわらず、相模はきれいに投げられて、柏と千葉の前に転がった。




 真っ先に八王子が笑いながら崩れ落ち、相模もニヤニヤしながら体を起こす。観客役の二人は、手をたたいてウケていた。


「くっ……だらねえ!」


 一番ハマっている八王子が、息継ぎの合間にやっとそれだけ言えた。とても漫才続行どころではない。


「前におれがやったのと同じネタとは思えないなあ」

「一瞬、バイマジ越えたように見えた!」かしわの言葉に、珍しく千葉ちばが同意した。「最初はツッコミが激しすぎてドン引いたけど、途中から『もっとやれ!』って思った」

「だなあ、やってる本人たちが楽しそうだったからかもなあ」

「そうそう。相模がどんどん笑顔になってくから、激しく当たっても痛々しく見えないんだよ。だから、途中からは安心して見てられた」


 笑いの発作がようやく収まり、同時に激しいアクションで上がっていた息も整ったところで八王子が立ち上がる。今や相模を、ある意味リスペクトしてさえいた。


「オマエ、マジでスゲーな! 結構強くいったけど、平気なんだよな?」

「当たり前だろ」


 ゾンビ野郎がちょっと得意気に豪快な笑みを浮かべたので腹は立ったが……。


「逸材だわ。オマエがいれば、この全校生徒の千人ぽっち、大爆笑にたたき込める気がしてきたきた」


 これが、どつき漫才を越えるバイオレンスアクション漫才が産声を上げた瞬間だった。

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