異世界転移に巻き込まれ損ねたっ!

たっさそ

巻き込まれ損ねた!

第1話 自宅ーみくるちゃん【DCQ】


 DCQというクッキーがあるそうだ。


 ドリーム・クッキー・クエスト


 なんだかVRMMORPGのタイトルみたいな名前である


 それは、食した者の魂を特定の異世界に飛ばし仮想肉体アバター構築、魂の抜けたその肉体は眠りに付き、その中の出来事をすべて『夢』として認識するという全く新しい発想から生み出されたものだ。

 とある学生たちが異世界に飛ぶシステムを語っていたが、馬鹿な話だと一蹴された。


 そんな噂話も、数ある都市伝説の中の、砂粒の一つとしてすぐに埋もれて消えた


 まぁ、作ったのは僕の友達なんだけどね。




                   ☆



 きっかけは些細なことだった。



「みくるちゃん、おっちゃん、おもしろいもん作ったぞ!」



 高1の夏休み初日。


 僕の悪友である大山不動おおやまフユルギが僕の家に怪しげなクッキーを焼いてきた。


 大山不動。通称フユルギ。見た目は明るいオレンジ色の髪。

 地毛で茶髪なんだけど、明るすぎてオレンジ色に見える。

 結構ヤンキー顔のイケメンである。


 そんな彼が持ってきたものがクッキー。

 怪しさ満点である。


 クッキーの見た目は完璧。

 ただの超満点にうまそうなジャムクッキーだ。


「お? フユルギたんクッキー作ったん? 相変わらず甘々党やんね。一枚もらうで」


 妙な鹿児島なまりの関西弁を喋るのは、岡田修おかだおさむ、通称おっちゃん

 黒縁メガネをかけた褐色の少年だ。

 僕の妹の“牛ノ浜アリス”を膝の上に載せて指でいじりながらメガネの位置を直した


 彼もフユルギに巻き込まれて痛い目にあう人間の一人。


 もちろん、僕もその一人である。


 おっちゃんは「さすがフユルギたんやな、うまいやん」なんていってクッキーを咀嚼する


「でも、なんでクッキー?」


 いくらイケメンで料理上手で絵が巧くて運動も得意でモテモテで喧嘩も強いフユルギでも、わざわざクッキーを焼くなんてするだろうか。


 そう言う趣味に目覚めるよりもノートに漫画を描いている方が有意義だと思うんだけど。

 僕がなぜクッキーを作って来たのか聞きながらひょいと件のクッキーを手に掴んで咥える。


「いいだろなんだって。いいから食え! あと、みくるちゃん!」


「んゃあ?」


 くちびるでクッキーを弄んでいると、フユルギが僕を呼んだ。

 ストロベリーの甘酸っぱい味が口の中に侵入してきた


 なんだこれ、すごくおいしい!


「みくるちゃんの名前は“みくるちゃん”で、“エルフ”の“女”じゃないとダメだからな」


「はぁ?―――ぶぐ!」


 フユルギは僕が咥えていたクッキーを親指で喉元まで押し込んだ


 かみ砕くことすらできず、無理やり飲み込む。水が欲しかったが―――


 その瞬間、僕の意識は途絶えた

 意識が消える瞬間、ニタリと嗤うフユルギと、テーブルに突っ伏した拍子にメガネがどこかへ飛んでしまったおっちゃんの姿がやけに印象的だった



              ☆


 ――目が覚めると、宇宙の中にいた。


 星の海。 そんな形容がまさに当てはまる光景。

 とても静かな闇の中、無数の光瞬く粒子がはるか彼方まで続き無限の球体を形作っている。

 自分の位置から上も下も満天の星空。 星の海のあちらこちらから、光の粒達が瞬きながらゆっくりと立ち上り、やがて空に届くと天に張りつき星となる。 しばらく輝き続けた星はだんだんとその光を失うが、また新しい星が海からやってきて輝き始める。

 僕が目を覚ましたのは、そんな星の海を望む夜の無重力空間。



――― 名前を設定してください ―――


 『みくるちゃん』


――― 種族を設定してください ―――


 『ハイエルフ』


――― 性別を設定してください ―――


 『女』



 そんな中、周りを見る暇がないとばかりに、わけがわからないうちに設定していく。

 ちなみに僕、ゲームの主人公を男か女かで設定できるなら、女派です。


 というか、ここはどこだ。


 真っ暗な星空の世界のなかで、情報だけが目の前のスマホに映し出されてくる

 というか、なんでスマホなんだよ。


 こういう時って脳内に情報が流れ込んでくるとか幻聴が聞こえるとか幻覚が見えるとかそういうもんなんじゃないの?



――― 天職を設定しました ―――


 なんか勝手に就職しちゃった

 せめて“設定してください”って出てくれよ。


 まだ15歳だよ、僕。



職業――――【調教師テイマー


初期武器――【つるのむち】



 ポケ●ンかよ。

 蔓の鞭って、威力なさそうだよ。威力45の命中100だよ。

 それで調教とかできんの?


 テイマーってことは魔物を使役するってことかな


 なんか勝手に決められちゃって納得いかないよ。


―――最上位職Lv.MAXにつき、ユニークスキル【動物たちの茶会アニマルトーク

を獲得しました―――



 はぁ!?

 あにま………え? なにそれ


 しかも最上位職ってどういうことよ



名前:【みくるちゃん】

種族:純長耳族ハイエルフ

性別:女

天職:【調教師テイマー】 Lv.250MAX

サブ職業:【  】Lv.‐‐

HP: 7600/7600

MP: 11750/11750

攻撃:  1510

防御:  1510

素早さ: 1000

知力:  7500

器用:  1040

ジョブスキル:【獣使い】【魔獣使い】

獲得可能職業スキル:【テイム(1)】【攻撃指令(1)】【防御指令(1)】【召喚(1)】etc...

獲得可能スキル:【スラッシュ(2)】【シールドバッシュ(2)】【隠密(3)】【夜目(3)】【奇襲(3)】【気配察知(4)】【弓術(4)】【初級火魔法(10)】【初級水魔法(10)】【偽造(50)】etc…

ユニークスキル:【動物たちの茶会アニマルトーク

ジョブスキルポイント:3750(150ポイント消費でサブ職業取得可能)



 なんだこれ。

 ステータス?


 低いんだか高いんだかわからんなぁ


 無重力な宇宙空間でどこが上か下か右か左かもわからない状態でクルクルと縦に回転しながらポチポチと適当にスマホをいじる。


――― 150ポイント消費しました。サブ職業を選択してください ―――



 って、あれ? 職業二個目? 変なとこ押しちゃった!


 と思ったらずらっとスマホに情報がなだれ込んできた


 なんなん? なんなんいったい!





教師

炭鉱夫

兵士

騎士

聖騎士

拳士

武道家

格闘家

拳闘士

聖拳闘士

獣使い

魔獣使い

調教師

竜騎士

鑑定

解析

記者

情報屋

旅芸人

道化師

模倣士

魔法使い

魔術師

魔導師

治癒士

治癒術師

癒し手

狩人

弓使い

銃使い

盗賊

怪盗

暗殺者

僧侶 巫女

精霊使い

吟遊詩人

黒魔術師

白魔術師

召喚士

薬師

霊媒師

祓魔師

陰陽師

結界師

呪術師

農夫

冒険者

勇者

保育士

etc…


 あああああああああああああ!!! うざったい!!!


 見ろよ、みんなスクロールしちまってるよ!

 律儀に全部目を通す奴なんているの!?


 ほら、スクロールしてしまった人は挙手!


 やっぱりいっぱいいる!


 こんなにいっぱいある職業から選べって?


 ふざっけんな! とか思ったらほとんどは選べないように文字が暗くなっていた


 ふむ。落ち着いた。


 調教師はすでに持っているし、だとすると、本来はその前にある獣使いと魔獣使いを経て調教師に至るものなのかな


 そうかもしれない。


 というか、なんだよ、勇者の後にある保育士ってやつ。

 子供の相手でもするのか!?



 そんな職業まで選べるってどんだけ自由度広いんだよ。


 なにを選んじゃおう。

 なんでもいいか。

 ちなみに勇者枠は真っ暗になってて選べなかった。


 人間族限定なのかな? それとも、一番最初の職業みたいにその人の“適性”にあった職業になるのかな。


 せっかくハイエルフなんだし、魔法系行っとく?


 いっちゃおう。


 ちなみに、フユルギに『エルフにしろ!』って言われて言うとおりにするのも癪なのでハイエルフにしたんだよ


 どや!



 まぁ、エルフにしようとしたらハイエルフしか選択できなかったんだけどね。


 結局選んだのは、【合成士】

 魔法っぽければなんでもいいやと適当に決めた。


 攻撃魔法? そんなのしらない。



初期武器――【すり鉢】【すり棒】



 テイマー同様、武器をゲットした。合成士の武器らしい。

 あ、あれ? これって武器なの?



――― 設定完了。魂転移ソウルポートを行います ―――



 ねえ、ちょっとまってこれ武器じゃな―――



                ☆



 眼を覚ますと、春のうららかな陽気が胸いっぱいにひろがり僕の心を満たした

 温かな日差しが降り注ぎ、優しい風が幻想のカーテンを揺らす。

 すぐそこの木にでも留まっているのだろうか、可愛らしい小鳥のさえずりがさっきよりもそばに聞こえてくる。

 いい天気だ。


「まぁ、今は夏なんだけどね―――ってあれ?」


 自分の声が、なんだか高く聞こえる

 ペタペタ、ペッタンコと自分の体を触ると、胸のあたりでかすかに膨らみを感じる


 なんだこれ。揉む。あんっ


 揉む。なんだこれ、気持ちいい。

 あれだね、コレはおっぱいだね。


 モミモミモミ。うーむ。成長期。


 軽く見渡すと、僕は草原に寝転がっていたらしい。


「あ、みくるちゃんも目ぇ覚めたん?」

「あ、おっちゃん―――なの?」

「せやで、おっちゃんかてこげんところで目が覚めるとは思っとらんかったよ」


 独特の訛りで相手がおっちゃんであることはわかった。

 着ている服も、この異世界っぽい所に飛ばされる前のままだ。ポケットを探ると、なぜかスマホがあった。なんでや。

 つまり部屋着だ。僕も同じくショートパンツと半袖というラフな格好だ。


 しかし、おっちゃんのその容姿がとてもイケメンだった。


「どや? イケメンやろ」



 まじまじと見ていると褐色の肌は現実と同じ。

 顔の造形は現実でも整っている方ではあったが、もともとは決してイケメンではなかったヘタレ顔だ。



 そんな彼が、池照面イケテルの子神メンズのかみに大変身していらっしゃる

 そんな神様はいないと知りつつ、造形の神様を拝まずにはいられない。


「すごい、かっこいい! おっちゃんがかっこいいなんて反則だよ! 」

「にゃはは、そげん言うとるみくるちゃんかてかなり美少女になっとるよ」

「なぬ! じゃあ僕の声が思いのほか高かったのは、やっぱり!」


 僕とおっちゃんは二人して互いの体をわちゃわちゃとつつくつっつく、つんつんつん。

 最終的におっちゃんは僕の頭をぐしっと撫でて落ち着かせると、


「にゃはは、フユルギたんが作ったクッキー食ってからなんや『設定』したやん? それやんね」



 なるほど と一人納得していると、おっちゃんは幻のメガネを引き上げようとして何もない事に気づき、「あ、本体メガネないんやった」と残念そうに手を降ろした


「で、くだんのフユルギたんが見当たらないのですが?」


「さあ、もうすぐ来るんやないのん?」



 僕たちはフユルギの突然の行動に慣れきっているため、突然異世界に飛ばされたということには全く驚かない。


 なぜって?



 ふふん、僕は前フユルギに『魔王サタンを召喚するから生贄になれ!』って言われて魔界にぶっ飛ばされたことがあるからね!


 ずぶずぶと魔方陣に吸い込まれる身体。気づいたら薄暗い魔界。目の前に化け物。

 その時の大冒険に比べたら、この程度のことで驚いてられないよ。


 ………フユルギは無事サタンは召喚できたのだろうか。

 聞いても『………。』しか返ってこない。屍なのかな?


 ちなみにおっちゃんも『閻魔様のしゃくを盗んできちまったから、ちょっと冥界いって謝ってきて』

 と言われて冥界まで赴いたところ、閻魔様に地獄に叩き落とされた経験がある


 僕たちは伊達にヘビーな人生経験つんでませんよ。

 だから今更異世界に飛ばされた程度では驚いたりしない。


 色々な目に遭わされた僕たちだけど、僕らは二人とも根性で現世に戻ってきた。

 あのフユルギは人を魔界に飛ばすだけ飛ばして手助けなんて全くしないんだぞ、こんにゃろう



 ………ん?




「となると、もしかして僕たちまたフユルギに嵌められた?」

「なんや?」


 首を傾げるおっちゃん



「いや、だってさ。おっちゃんは地獄に叩き落とされてからフユルギに助けてもらったことないでしょ?」

「せやな。無限地獄の大穴を根性のロッククライミングで登り切って生還したで。」


「もしかして、フユルギはまた僕たちに実験だけして放り出すつもりなんじゃ………?」


「   」



 ……………静寂


 風が僕たちの間を抜けた。



「「 まっさかー! 」」




 そのまさかだった。


 笑いあった。

 僕たちは笑いあった。

 現状を認めたくなくて。


 しかし、それでもなお、フユルギは姿を現さない



 3時間ほど人に見せられない姿で盛大に笑いあった後、フユルギが来ないと確信し、とぼとぼと人里を探すために歩きだす。






 人里で僕たちを指差してケラケラと笑うフユルギらしき人物を見つけてから二人がかりで、全力で殴り掛かり、そしてボコボコに叩きのめされたのであった


 居たなら来いよ。そして説明してよ状況を!



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