2章 黒狼吠ゆ

黒狼吠ゆ 1

 村を出て数日が経ち、二人はトルドノに到着した。川を挟んで広がる小さな町だ。賊から奪った武器を店に持ち込むと、主人は一つずつ丹念に調べた。リセアは主人の手際を眺めている時に初めて、武器にもれなく目をかたどった印が刻まれていることに気づいた。箇所は柄頭や鍔とそれぞれ異なっている。そのどれもが自分を睨めつけているような錯覚に、わずかに眉をひそめた。

「使い古されちゃいるがどれもまだ現役だ。つくりもちゃちじゃない」

 主人が銀貨や銅貨を合わせて十枚近く差し出した。思っていたより多い収穫だった。

 昼を知らせる鐘を待たずに小さな料理屋に入った。

「さっきの金で腹いっぱい食べるのか?」

「空腹でなくなればいい。贅沢をする余裕はない」

 リセアは品書きから手早く見つくろい、注文を済ませた。

間もなく鴨肉と芋のスープが入った鉢、そして茹でパンの皿が卓に並んだ。スープはパンと合わせるにしては薄味だった。芋は柔らかく、それでいて煮崩れはしていない。

 半分ほど食べ進め、スープを一匙すくったリセアの耳にふと、男の間延びした声がすべり込んだ。麦酒の匂いがただよっている。

「全くそうだ。気味悪いったらありゃしないぜ」

「たまに街中に出てくるだろ? 見るだけで虫酸が走る」

 リセアは我に返った。匙からスープの細い線が滴り、器の水面を震わせていた。ほとんど空の匙をすする。

「だから言っただろ、あんな奴らと関わるなって」

「ああ、全くもってお前さんの言うとおりだったよ。魔術師ってのは薄気味悪くてかなわねえ」

 その瞬間、茹でパンに手を伸ばしかけていたティズが歯を剥いた。

「あいつ!」

「放っておけ」

 リセアは言った。

「リセアだって気にしてただろ!」

 話を続ける男の後ろ姿に、ティズが鋭い眼光を突き立てる。拳を卓につき、今にも椅子を倒して立ち上がらんばかりだった。

「放っておけと言っている」

 もう一度、リセアがつとめて静かに言った。ティズが引きちぎるように茹でパンにかじりついた。



   ×   ×   ×



 二人は北の門から町を出た。空高くにあるだろう太陽は相変わらず雲に隠れ、野は平坦に広がっている。その只中にある小さな木立の入り口に、庵がぽつんと建っていた。屋根は木の枝に埋もれ、蔦が壁を這って鎧戸に迫っている。

 リセアが扉を叩いて間もなく男が顔を出した。老齢ではないものの、長い衣からのぞく手や首は骨が浮き出、頬もこけている。細められた目も、愛想がいいというより暗い嘲笑に近い。

 男が片手を広げ、二人を中へ招いた。狭い部屋は場所を問わず積まれた書物や薬草の束、さらには古びた杖や得体の知れない木像のおかげでいっそう窮屈だった。男がリセアとティズに座るよう促す。それから近くにあった木像を一つ、リセアに向けて机の上に置いた。座った獣を模したそれは人の頭ほどの大きさで、耳から尾の先に至るまで禍々しい文様をまとっている。左目には透明な水晶が嵌り、右の眼窩には何もない。閉じられた口は大きく、鋭い牙がはみ出している。

「初めてですな?」

 男が問い、リセアはうなずいた。

「これに手を噛ませてください。そうすれば、私は少しの間、あなたの頭の中を全て見ることができます。あなたが忘れていることであっても語ることができます。はじめは痛いでしょうが、無理に引いたら食いちぎられるやもしれません」

 男はそう言うと、像の左目と対を成す水晶を懐から取って口に含んだ。

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