午後七時三十分


 セントラルタワーズの最上階。名古屋の夜景が見えるレストランでフレンチとワインだなんて、人にいえば贅沢に思われるのだろうか。

 どこか垢ぬけないこの街も、空から見ると光り輝く大都会だ。

「立場が逆だったらよかったのにね」

 赤ワインの入ったグラス越しに彼の顔を覗き見る。

「どういうこと?」

「あなたがこっちの人間で、私のほうが余所者だったらってこと。そうしたら、もうちょっとこの夜景にも感動できたのかなぁって」

 男の人に連れてきてもらうというシチュエーションと、今の私達はズレている。私がホストで、彼がゲストだから。

「だったら今度、大阪の夜景の見えるバーに連れて行ってあげようか?」

「本当にいいの?」

 グラスをテーブルに置き、私は直に彼の瞳を見つめた。

「私が大阪におしかけちゃったら、あなたのお・く・さ・んにバレちゃうよ」

「また一華さんはそういう笑えない冗談を言うんですから……」

「そう? 私は面白いんだけどなー」

 問い詰めるような視線を彼から外してあげて、名古屋の夜景に目をやった。

「飽きるくらい見てるけど、私はこれくらいのほうが好きかも」

「名古屋の人って妙に地元愛が強いですよね」

「そう?」

 田舎者だからね、と言おうとして、それはやめた。

「あなた“たち”に地元愛がなさすぎるんじゃないの?」

「そんなことないですよ。毎年盆と正月には必ず帰省するようにしてますし」

「あなたの地元愛は年二回で済むんでしょー。私は三百六十五日名古屋にいないと気が済まないわ」

 私は黒い渡り鳥の女房にはなれそうにもない。

「飽きないですか?」

「もうとっくの昔に飽きてるよ」

 刺激よりも怠惰のほうが心地よい年頃なのだ。

「あなたこそ飽きないね」

「名古屋にですか? たまに来る分には気分転換になっていいですよ」

「そう」

 私にとっては怠惰な日常であるこの街も、彼にとってはまだ刺激的な非日常なのだろうか。

 そしてそれは、おそらくこの私自身についても。

「だったらゆっくりしていってね。精一杯おもてなししてあげる」

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