第8話 十三夜
旧暦の九月十三日。いわゆる「十三夜」の月が、「前田邸」の庭を照らしていた。
俺は、呆然とその名月を眺めていた。
明日が、少女達の買い取り代金の支払日だった。
しかし、俺はその資金を貯めることができなかった。
あがいて、もがいて、かけずり回って。
自分自身、莫大な借金を背負うことになって。
それでも、全く足りなかった。
(俺は一体、なんの為にこの時代に来たんだ……)
思い起こせば、最初はただの「実験」だった。
それが「金儲け」に変わった。
ところがあの日、あの場所で「身売りっ娘」達と出会ってから、日々の生活が一変した。
連日、ドタバタに巻き込まれながらも充実した日々。
凜さんはいつも、からかい半分に俺を誘惑し、ドキドキさせてくれた。
そして俺は知っている。彼女が、「他の子達を救って」と言うことはあっても、決して自分を救ってとは言わなかったことを。
ナツは、いつも俺に対して厳しい目を向けていた。だから、プライドの高い彼女が涙を浮かべ、「土下座」までして二人の妹を俺に託した姿を、俺は一生忘れることができないだろう。
ユキは、高熱で寝込んだ日を除けば、いつも本当に元気だった。そして実の妹の様に、いや、それ以上に俺に懐いてくれた。たまにイタズラされ、困った事もあったが、今となってはいい思い出だ。
ハルは、結局最後まで俺の事を「ご主人様」と呼び続けた。そのほんわかした笑顔に、俺は連日癒された。彼女とのある小さな「秘密」を、他の少女達に明かすことはないだろう。
そして――そして、一番仲良く、本気で好きになってしまった優。
その笑顔、ちょっとすねた顔、怒った顔、泣いた顔。
いろんな表情が、鮮明に思い出される。
俺が寝込んだ時、添い寝してくれた事もあった。
どうしようもなく落ち込んだとき、俺の背中に抱きついて、励ましてくれたこともあった。
明かりが消え、真っ暗になった部屋の中で、密かに抱きしめ合った事もあった。
だが、俺はそんな彼女すら、救い出すことができない。
彼女は明日の夜には、もう別の男の物になってしまっているのだ。
夕刻までに、数百両もの大金を稼ぐ奇跡を起こさぬ限り――。
俺はもう一度、あの幸せだった日々を、思い出し始めていた。
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