勘違い

「ね、考えたんだけど」


 駅前のレストランで大好きなオムライスを食べ終わった私は、キャッチボールをする前に聞いた花咲公園のことで気にかかっていたことを口にした。


「今までにあの公園で、人が消えるんじゃなくて反対に出てきたことってないの?」

「え? 出てくる?」


 先に食べ終わって窓の外を見ていた正人さん、唐突な私の質問に面食らっているようだ。


「そう。消えてしまうのって、いわばブラックホールみたいなわけでしょ。…………逆にホワイトホールみたいに、人が出てきたっていう前例はないの?」


 正人さん、目を閉じてちょっと考え込み、それからゆっくりと目を開けて。


「なかったと思うよ。俺が知ってるかぎりでは。そういう話は聞いたことがない」


 そうか。ないのか。……なんとなくがっかりしてしまう。


「で、どういうことなんだ? そう考える根拠があるんだろ?」

「うん、あのね。私がここへ来た日、あの公園を通って帰ったの。

 ぼんやりと考えごとをしながら自転車をこいでたら、突然仔猫が飛び出してきてそれを避けたわたしは、見事にすっころんでしまったの。

 それですぐに起き上がって、誰かに見られなかったかどうか確かめるために辺りを見回したら、公園には人影がなくって妙にしんと静まり返っていて、なんだか不気味だったのを覚えてる。

 あっちの世界ではね、あの公園にはいつも人がたくさんいるのよ。

 転んだときは、私がぼんやりしてたからいつもと違うことに気がつかなかったんだって思ったんだけど、あの公園にそんな秘密があるなら、もしかしたら転んだときに何かのはずみでここへ来てしまったって考えるのが妥当じゃないかな」


 ゆっくりと、自分でももう一度考えながら言う。


「なるほど。確かに…………な。だけど…………」


 歯切れの悪い正人さんの口調。


「いや、なんでもない」


 わざとらしく腕時計を見て「もう行く時間だ」と立ち上がる。何を言おうとしたのか気になるけど、時間と言われたら仕方がない。一緒に立ち上がろうとすると、

ぽんっと頭を押さえて椅子に戻される。


「お前は時間あるだろ、ゆっくりしていけよ。さっきのパフェ、頼んどいてやるから。…………絶対にあの公園に一人で行くなよ。どうしても気になるんなら、今度一緒に行ってやるから」


 最後に一言念を押すと伝票を持って行ってしまった。

 しばらくしてやってきたのは抹茶パフェ。メニューみてるときにおいしそ~って思ってたやつだ。でも、ちらっと見ただけだったのに。さりげなくよく見てるのよね、正人さんって。


 ありがたくパフェを崩していきながら外を見る。平日の昼前なのに思ったよりたくさんの人が歩いている。

 たくさんの人。――消えてしまった人たちはどこへ行ってしまったんだろう。思考がまた花咲公園のことに戻っていってしまう。

 あの公園に一体何があるんだろう。私はやっぱりあそこで時空を超えてきてしまったんだろうか。戻ってこない人たちは、消滅してしまったんだろうか。それともどこかで生活しているんだろうか。

 戻ってこない人たち……戻ってこない? 


 正人さんが口に出して言わなかったのは、もしかしたらこういうことなのかと思いいたる。


 向こうの世界では、消えてしまったことになっているだろう私。消えてしまった人たちは戻ってこない。つまり私は元の世界へ戻ることはできないんじゃないかってこと? 

 それじゃあ……お父さんやお母さんには、本当にもう会えない? 友達にも? いつか彼らが私のことを忘れるまで心配をかけ続けるんだろうか。二度と会えないまま、ここで一生過ごすことになるんだろうか。

 ほんとにほんとに……帰れないんだろうか。

 今まで考えなかったわけじゃないけど、深くは考えたくなかったこと。でも、こうしてその事件の話を聞いてしまったら……。


 なんだか急に心細くなって、悲しくなってくる。泣きたくなる気持ちを紛らわせるためにパフェを口に運ぶ。


「…………美味しい」


 パフェの美味しさに救われる。

 抹茶のアイスと生クリームを添えてあるウエハースですくって食べる。それから白玉団子、餡、コーンフレークと抹茶ゼリーが層になっているのを少しずつ崩していく。

 甘いものを食べて機嫌がなおるなんて子どもみたいだけど、半分くらい食べる頃には大分落ち着いた。我ながら単純だとは思うけど。

 正人さんは全部わかった上でパフェを頼んでいってくれたんだろうか。

 かなわないや。全部お見通しかぁ。

 ……お見通しといえば、やっぱりあれも気づいてるってことなのかな。

 

「お前さ、何か言うことあるんじゃないか?」


 河川敷からここへ歩いているときに言われた言葉。無理に聞き出そうとはしなかったけど、心配してくれてるんだろうな。毎日怪我して帰ってるのも、きっと気づいてるんだ。


 そう、それも考えなきゃいけないんだ。真由美を狙っているのは誰か。


 ぱくりと大きく口に頬張って何気なく外を見る。

 街角を歩いている人たち――昼休みになったらしいサラリーマンやOL。学生風の人。小さい子どもを連れたママたち。それから少し年配の人たち。

 そんな人々の流れを見ていて、ふととんでもない間違いに気づいた。


 間違っていたのは犯人じゃない。勘違いしてたのは私の方だ。あん、なんだって今まで気づかなかったんだろう。

 私が代わりに狙われていたら真由美は安全だろうって思っていた。私の存在を知っている人は幸也とあの家の住人以外いないんだから、狙われているのは当然真由美なんだろうと。そして間違われて私が狙われたんだろうと。

 でも。

 私が外に出る時間帯……この時間帯、高校生である真由美は学校にいるはずなのだ。犯人が真由美を狙っているのなら、当然学校に行くはず。あるいは登下校の時に狙うか。

 それをしない――真由美が学校にいる時間帯に私の方を狙うということは。もしかしてもしかすると。

 狙われているのは私の方っていうことなんだろうか。

 ことここにいたって初めて気づく。本当に怪我をさせるだけのつもりなんだろうか。狙われているのが真由美だと思ったから、バスケ部や演劇部やその他の部の妨害かと思っていた。あるいは恋愛にしても、怪我をさせるのが目的だと思ったいた。

 だけど、どれをとっても下手をすれば大怪我……運が悪ければ死んでしまってもおかしくない出来事。

 まさか……命を狙われてるなんてことないよね? 

 

 つーっと背中を冷たいものが走り下りる。


 もし狙われているのが私なら、犯人の動機は全くわからなくなる。だって私はここにいないはずの人間なのに? 私が大怪我をしたり死んでしまったりして得をする人間。……そんな人がいるんだろうか?


 パフェの山を制覇し、クルクルと長いスプーンをまわす。


 ぐるぐる考えてもわからない。やっぱり全部偶然なのかもしれないし。というか、自分が誰かに狙われているなんて考えたくないよ。

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