第37話


「…とのことですが、どうなっているのですか?」


 ラムの視点から繰り広げられていた映像をスクリーン越しに傍観していた委員の中の一人、スーツ姿に割れた眼鏡から新調した同タイプの眼鏡へかけ直してた男が他の委員に問いかけた。

 ラムの物語の結末を選考する委員会の進行役と議長のリスの二名は現在議会室から姿を消していた。


 変幻自在の女と女性はパチパチと瞬きを繰り返し、自分たちは何も知らないといった態度を示している。


「僕知らない。半吸血鬼が主人公の物語なんて聞いてもないし僕的に興味ないし」


 きっぱりとした口調でスーツの男からの問いかけに少年は答えた。

 少年の回答に男はヒクヒクと口の先を痙攣させる。


「担当した物語に興味ないとか言うんじゃない!…ではなく、『見習い勇者・ルチルの物語』の方、です」


 態度と言葉遣いをコロコロ変えつつ、どうにか冷静さを保とうとするスーツの男。本に埋もれた少年は「あー……んーとねー」と力の抜けそうになる間延びした声を出す。


「そっちの選考、企画段階までは参加してたんだけど結末選考の段階になったら僕外されたんだ。だから今、この会議に参加できてるってワケ」

「…よく外されたご身分で勝手に物語を繋げたりなんか出来ましたね」


 スーツ姿の男がボソッと呟く。少年は男の言葉には特に反応を示さず、興味なさげに本の山とは別にされていた絵本をパラパラとめくり始めた。

 ふたりのやり取りを無言で見つめていた女性が口を開いた。


「外されたご身分、って。あなただって例の半吸血鬼の彼女を除いた番外編の選考委員から外されたじゃない」

「そ、それは…」


 女性の発言を受け、耳まで真っ赤にしたスーツの男を見た少年は耐えきれなかったのか「ぷっ」と笑い声を漏らした。


「よくもまあ、そんなご身分で、となりの会議室に顔出せたネ?」

「ぶ、無礼な…っ。口を謹んで下さい!」

「これはこれは…失礼しましたデス」


 ひねた笑みを顔に張り付けた少年は言葉ばかりの謝罪を送る。

 怒りに身を任せまいと大げさに深呼吸を繰り返すスーツの男の視界に小さな手のひらがチラついた。斜め前で大人しくしていた変幻自在の女が挙手をしてスーツの男に対してアピールしていたのだ。


「そのゆうしゃのおとぎ話、どんなお話なのか、知りたいっ!」


 桃色の髪に散りばめられた星と同じように瞳も輝かせ、少女の姿に戻った変幻自在の女が要求を述べた。

 スーツの男が女の要求通りに物語を語り掛けようとしたところで横に座る女性が「ストップ」と待ったをかけた。


「担当以外の物語、あなたは耳に挟まない方が良いから知らされていないんじゃないかしら?あなた、すぐ別な物語の影響受けちゃうもの…どう思う?」

「あぁ…それはあり得る…」

「えぇっ!知りたい知りたい~」


 正論を述べた女性に同意するスーツの男。それを否定することが出来ないのが悔しいのか何なのか、変幻自在の少女はただ駄々をこねた。


「うるさいなあ、元にした絵本の内容だったら教えても良いんじゃない?こっち、あんたの嫌いそうな終わり方だから、変な影響受けないデショ」

「それはそれでどうなのよ…」

「だってこいつ、ただ新しいストーリーを求めてるだけじゃん。そうデショ?」

「うんっ」


 少しばかり少年からバカにされていることに気付きもせず、少女は無邪気に頷いた。


「それ、俺も知りたい」


 急に降って沸いた声に会議室内にいる皆がピタリと一時停止をした。

 その声はいつの間にやら会議室の様子を見つめていたラムからの言葉であった。

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