第17話 地獄の番犬


 地獄の番犬ケルベロスと遭遇しました




『ぐるるるるる……』


 洞窟の中からの唸り声がだんだんだんだん近づいてくる。


「来るぷるよ……」

「怖いにゃ!」


 グリスラ子もタマも俺の後ろに隠れて、小さく小刻みに震えている。


「もしもの時はわたくしを身を挺して守ってくださいましね」


 と俺の頭に乗っかったフェアリ子は若干の余裕を残しているように見えるが。


「ワン! ワン!! ワン!!!」


 ゆっくりとしたビートを刻む足音が次第に早くなり、もう俺達の目前まで来たようだというのが気配で伝わる。


「飛び出してくるぞ! 合図をしたら中に飛び込んで扉を閉めるんだ!」


「はいぷる!」「わかったにゃ!」「おまかせあれ」


 と合意が取れたところで。


 黒い巨体が中から姿を現した。


 地獄の番犬ケルベロス。


 その肉体は、獰猛な大型犬や狼をさらに筋肉質に仕立て上げ、武骨で勇ましい姿にしたものである。


 そしてなんといってもケルベロスがケルベロスたるゆえんは三頭――みっつの頭――にある。


 太い三本の首の先に、それぞれ可愛らしい幼女の頭がついているのである。(幼女にみせかけた18歳以上)

 ゲームでは、ちょっと異質――幼女ボディをもたない――ないでたちのモンスターだったが、ケモナー上級者からはそこそこ人気のあったモンスターである。世の中は広い。いろんな趣味の人間がいる。捨てるものあれば拾うものありなのである。


「わん!」「わん!!」「わん!!!」


 俺達の前を一瞬で走り抜けたケルベロスは急停止してこちらに振り向く。ちょうど大広間の中央付近だ。


「今だ!!」


 俺は叫ぶ。

 叫びつつ、あらかじめ取り出して手に持っておいた骨付き肉をケルベロスの背後に投げてやる。


「わん!」「わん!!」「わん!!!」


 もくろみ通り。

 ケルベロスは骨付き肉に釣られて、走り出した。俺達のことなんてすっかり構っちゃいられない。犬まっしぐら、骨付き肉。


「逃げるぷる~」

「押さないでにゃ~」

「兄様、早く!」


 と、若干の混乱をきたしつつも俺達はケルベロスの猛威から逃れて洞窟内に侵入することに成功した。


「はやく閉めるにゃ!」


「兄様! 急いでくださいまし」


「手伝うぷる!」


 そのままの流れで扉を閉ざした。

 鍵も何もついていない扉だが、開けるためにはドアノブを回さないといけないので、犬の体を持ったケルベロスには開けることはできないだろう。

 犬には器用に使える手がないのだから。

 家猫などは、ドアノブを回す姿が動画サイトなどで散見されているが、あれはレアケースなのだと思いたい。

 そう考えると一安心なのである。


「ふう……うまくいったな」


 ほっとした気持ちが俺に安堵の言葉をもたらせた。


「それにしてもお兄様。

 よくもまあ、あれだけの便利グッズをお持ちになられてましたね。

 特に最後の骨付き肉なんて、普段持ち歩くものではございませんよ」


「ああ、情報収集の成果だ」


「さすがですわ、お兄様……」


「すごい、ぷる」


「見事だにゃー」


 なんとか誤魔化せたようである。というかそもそも追求する気持ちがないのかもしれない。


 とにかく。

 これで一難去って、次の一難へ向かうことになる。


 とはいえ。

 俺達の実力であればこの先は物理的には問題なく進めるはずだ。


 問題は……。

 ゲーム内でも悪評高い精神的なショックを受ける事態に遭遇する覚悟が必要だということだ。

 あれはプレイヤー間でも賛否両論を呼んだ。そのほとんどが否であり、俺もその一派だ。どんなものにも一定数の物好きが賛の声を上げるのだ。だが、俺はそいつらの気持ちはわかれど、あれを受け入れることなどできやしなかった。


 だが、俺は一度それを経験している。精神攻撃が来ることがわかっていれば。心構えがあれば乗り切れるはずである。


「この辺りにピンクスライムが出てくるはずなのですね?」


「ああ、本来であればな。

 だが、どういうわけだか、いなくなっているんだ。

 その原因を探りつつ、ピンクスライムを倒してアイテムを手に入れるというのが俺達のミッションだ」


「にゃるほど。わかりやすいにゃ」


「ケルベロスは恐ろしい存在だったが、この階層には俺達にとってそれほど厄介な魔物は住んでいないはずだからな。

 それでも気を引き締めていくぞ」


「それにしても暗いぷるね」


「タマは猫目だから大丈夫にゃ」


「わ、わたくしだってこれくらいの暗さであれば問題ないですわ」


「ああ、そうだ。忘れてた。

 お前らが見えても俺が見えないからな」


 と松明に火をつけた。


「よし、じゃあ先へ進むぞ……」


 と俺は言い放って歩き出したが、ゲームどおりの状況であれば。

 すぐにイベントが発生するはずなのである。


「誰かくるにゃ?」


 タマがいち早く気が付いたようだ。


 洞窟内の通路の奥にゆらゆらと炎が揺らめいている。

 俺達と同じく松明を持った何者かであろう。


 そして、向こうの存在をこっちが認識できたということは逆もまたしかり。


 相手にもこっちの存在が知られているということになる。


「不用意に前に出るなよ。おそらく戦闘になるだろう。

 第一種戦闘配備だ!」


「了解ぷる!」


「にゃにゃ!」


「ではわたくしは後方で支援に回るということで!」


 新たな会敵。


 この会敵がもたらすことの恐ろしさをまだ俺達は知らなかった。俺を除いて……。

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