07


「……ファ……ファール」



 ここまで計14球。

 明らかなボール球を除きカットし続けてきた俺に対して、清美のコールが段々疑心暗鬼を秘めてきている。

 当然と言えば当然だ。

 これが公式戦でカウント稼ぎをしているなら目的が有るが、フォアボールで勝利という条件が無い以上頭が狂っていると思われてもしょうがない。

「タイム……おい、アニキ。何考えているんだよ」 

 フォームを崩し振り返ると佐々木さんがさっと横にズレ、見かねた姿の清美と対峙する。

 仕切りに眉間に皺を寄せる姿からも、俺の行為に対して怒っているような感じだ。

「うっせ。こっちだって考えが有るんだよ」

「考えだ? オレには遅延行為にしか見えないけどな」

「ならそれでも良い。だが、俺は勝つためにここに居る。それだけは誤解しないでくれ」

 歯ぎしりを立てる清美にそう言っても理解されないかもしれないが、ここで口論になってもどうしようもない。

「……続けてくれ」

 清美の返事を聞く前に構え直した俺は、ロジンバッグを手のひらの上で転がしているアクルの方へ向き直す。

 振り替え様に見えたベンチに座る漆がじっとこちらを見つめている姿がどこか嘲笑しているように見えた。

 その理由……俺には分からなかった。

「話し合いは、終わりましたですの?」

「あぁ。済まなかったな」

「そう……ですの」

 アクルはロジンバッグを握り丁寧にマウンドの角に置き左足をプレートに置く。

 口調こそ平然を装っているが、肩を上下に呼吸する姿は18.44mの距離からでも明らかだ。

 そろそろだな。

 足を肩幅程度に開き、右足を最もキッチャーよりのラインと平行に固定し、左足を腰の前に差し出すように置きヒッティングの構えを感覚で確かめる。

 次で決めてやる。

 あれだけ肩が動いていれば、無意識にリリースポイントがズレる。

 そして、無駄な力が指に加わりリリースのバランスが崩れる、直感だ。




「……っ……んんっ!!」



 セットポジションからの15球目。

 これまでよりボール半個分上がったリリースポイントから投球されたナックルは、緩やかな軸回転が加わったことで縫い目が床屋のサインポールのごとく回転する。

 来たな、絶好球。 

 軸回転が加わることで特有のブレ球は発生せず、勢いに従って緩やかなカーブを描く。

 指の力で投げるボールは、腕を振りきったボールと比べて球威は雲泥の差。

 外角高めから入射したボールはストライクゾーンど真ん中に来ることを予想した俺は肘を締めじっと集中。

「……決める」

 流す、引っ張る、そんなのどうでもいい。

 身体の構造上、最も理に適ったバッティング。



 センター返し。




 キーーーーーーン!!




 勢いよくフォロースルーしたバットを走路外へ投げた俺はファースト方向へ走ると同時に視線をアクルの方へ。

 だが、想定外のことが起こる。

 鋭い打球は前屈のアクルの顔面めがけて一直線。

 まずい。

 キャッチャーのような顔面を守る装備が無いピッチャーが防ぐ手段は無い。 

 しかも、相手は初心者。

 打球が迫ってくる感覚を知る由も無いアクルが避けられる訳が……。



「しゃがめ!!」



 走るのも忘れ必死に叫ぶ。

 姿勢を低くすればギリギリ間に合うはず。

 


「その必要は有りませんわ」



 アクルの表情に動揺はない。

 凛々しい瞳は自信に溢れた雰囲気を象徴し、確信気味た眉の鋭さは俺の恐怖心を払拭。

 そして、屈んだまま右手のグローブを口元へ差しだし……



「……ア……アウト!!」



 乾いた音がスタジアムに響き終え数秒。

 白球が収まっているのを確認した清美は高々に宣告する。




 ゲームセット、俺は勝負に敗北した。



 

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