木曜日の背走 - Echelle White and Corde Bluek (4)

 少女たちを帰したあとで、葉巻の先を握りつぶすシスルに、青年が尋ねる。

「……葉巻なんて吸ったか、お前? ここ、煙草類はアウトだからな。鼻と舌が狂っちまう。二度と吸うんじゃねえぞ」

「それは失礼。……これは、前に報酬ついでで貰ったものさ」

「葉巻を?」

「相手の懐に残ってたからな。勿体なくて」

 青年は、あからさまに顔をしかめた。

「……相変わらず、セコい奴だな」

「がめついと言ってくれ」

「もう突っ込みが追いつかねえよ。味わかんのかよ」

「いや、全く。吸って何があるでもないが、こういうときは小道具も大事だからな。まあ、咳こまないだけ便利な体さ」

「肺癌になってとっととくたばっちまえ」

「博士に言って、肺は綺麗にしてもらうけどな」

「っあー、このトンデモ人間め。マジ信じられねえ。末期癌患者に聞かせてやりてえよ」

 青年が苦々しげに言って、大きくため息をつくと、もう一度台所に向かい、何がしかの準備を始める。

「ていうかお前、あのおかっぱの方の話、本当にわかって聞いてたのか? 俺にはさっぱりだったんだけど」

「さあな、私にもわからん」

「おいおい……」

「要するに、ハッタリは大事だってことさ」

 青年はまたため息をついて、シスルの前に小さなマグカップを置いた。たたえられた液体は、無色透明。ほのかに立ちのぼる湯気が、ミラーシェードをわずかに曇らせた。

「ホットの水だ。味わって飲みやがれ」

「……どうもごちそうさま」

「お前なあ」

 干されたマグカップを信じられないという風に見て、青年はまた一段、機嫌を損ねた声を出す。だが、シスルは口腔に残る風味を確かめて、言った。

「本当だ、なかなか美味しいな。ただのお湯なのに」

「味覚はまともに働かない、って言ってなかったか?」

「お湯だからこそ分かるんだよ。水の善し悪しは、味だけじゃない」

「そりゃどーも。大将の引いてる水に感謝しな」

 言いながら青年は、シスルのカップを取る。面倒くさそうに、後ろ手に持ったポットから湯を注いで、自分も自分で一気にあおった。それから、けだるげに向かいの椅子に体を預けて、シスルの方を見ないまま呟いた。

「……二度と女なんて連れてくんなよ」

「何だ何だ、年頃の健康的な男子らしからぬ発言だな。折角、お前の目の保養を兼ねてだな……」

「いらねえ世話だ」

「ああ、もう間に合ってると。で、挙式はいつだ」

「勝手にカミさん作るなっての。だいたい、お前が学生連れてると、もはやそれだけで犯罪級なんだぞ」

「だってかわいいじゃないか女学生。強いて言えばあの子たちがかわいいのが悪い。私に罪はない」

「ったく、とっとと塔に捕まっちまえ! オンナノコ助けて逃避行、それで死ぬなら、お前も本望だろうがよ」

「なるほど、それはそれでロマンチックだな」

 シスルはその言葉で、生きた記憶回路の中に、ある姿を呼び起こす。しっとりと濡れたような、大きく光るかんらん石色の瞳。触れればふわふわとしそうな、ゆるやかに曲線を孕んだ髪。印象よりも遙かに芯の通った、彼女の声――

「どうした?」

 ぼうっとしていたシスルに、今度は目を向けて、かつて旅路を共にした青年が言った。

 シスルはにやりと笑って、立ち上がりながら答える。

「……大切な女の子について、妄想してただけさ」

「出てけ変態。二度と来るな」


 

  *  *  *


 

 その後、彼らは、最終外壁付近で起きたとある事件について、風の噂に聞くこととなる。

 二人の少女がかつて彼女達のものだった檻の世界を手放し、その結果としてそれぞれ別の檻に放り込まれ、世間から隠蔽されたという噂。


 

 だがそれは別の話――と、語り手は口の端を歪めた。

「私の知ったことじゃないね」

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