第11話 怒り

 フレンは気持ちよさそうに眠っているように見える。でも、ローランの申し訳なさそうな顔を見ると、すごく嫌な予感がしてきた。

「どうしたの?」

「少し目を放していた間にな……坊主の呼吸が止まってたんだ……」

 フレンに駆け寄る。本当だ……息してない。でも体は暖かいし心臓も動いてる。まだ助けられる!

 確か……あった、呼吸を回復させる方法。心臓は元気に動いてたからこっちだけでいいかな。先生のメモ帳があって助かった。

「ローランはお医者さん呼んできて!」

「お、おう」

 えっと、空気が通りやすいようにして、空気が出て行かないように鼻をつまんで。スー。

「うわあああああああ!」

 えええええええ!

 フレンが生き返った! なんで!


🌙


 人工呼吸っていうのをしようとしたら、口をつけたところでフレンが叫んだけど、これって王子様のキスでお姫様が生き返る逆バージョン?

「な、なにをしているんだルナちゃん。驚かそうとしたら、逆に驚かされたよ」

 え? 驚かす。

「随分と心配をかけられたし、何度もからかわれてきたからね。ここらで一度反撃をしようと思って死んだふりをしていたんだけど、こんなことになるなんて思っていなかったよ」

 ……死んだふり?

「何か言ってくれよ。怒ったのなら謝る。すまない!」

 信じられない。信じられない信じられない信じられない……

「ル、ルナちゃん……?」

 フレンの…馬鹿。

「え? なにか言っ」

「《フレンの馬鹿!フレンのバカ!》」

 フレンを吹っ飛ばして、私はお布団の中に籠った。


🌙


 時間が経って怒りが収まってくると、今度は後悔が「馬鹿って言っちゃったねー」と話しかけてくる。

 私が心配していたように、フレンも森で大怪我した私を心配していたはず。それなのに馬鹿って言って吹き飛ばしちゃった。なんかよく分からない魔法が発動して吹き飛ばしちゃったよぅ……

「ルナちゃん。そろそろ出てきてくれよ。僕が悪かったからさ」

 そろそろ出て行っても……と思うと、私には存在しなかったはずのプライドが「死んだふりは酷いよね。土下座したって出て行かないよね」と言いながら体を押さえつけて邪魔してくる。こんな時だけプライド出てこなくていいよ。

 プライドと戦っていると、フレンがそばまで寄ってきたのを感じた。な、何をするつもりだ!

「こうなったら実力行使だ!」

 ああ! 布団がはがされた。思わず「いやぁ!」なんて声を出すところだった。「フレン……酷いよ」

「ごめん」

「お腹空いた」

「今晩は美味しいものを食べに行こう」

「お風呂、フレンと入りたい」

「え……それは」

「嘘だよ。エッチ」

 フレンは動揺しているみたい。照れてるのかな?

 フフーン、私の勝ち。少し気が晴れたし、器の大きなルナちゃんは許してあげよう。


🌙


 私の初めての相手はフレンでした。

「ねえ、ソフィアさんってどんな人?」

「え、突然だね。えっと、おとなしくて、いつも僕の背中についてきて、とてもかわいいよ」

 えっと、ペットかな?

「へーそうなんだ。キスはしたことあるの?」

「え! それはその……ない」

「ふふ、勝った」

 またフレンが意地悪したら、キスのことソフィアさんに話すって言って脅そう。また意地悪してこないかな。楽しみだなー。

「ルナちゃんがすごく悪い顔してる……。頼むからソフィアには黙っていてくれよ」

「うん! もちろん話さないよ。モーイっていう神様に誓って話さないよ」

「モーイ?」

 シスターが言ってた神様の名前なんだけど、フレンは神様のこと詳しくないみたい。私もディスとモーイしか知らない。

 あ、ローランが戻ってきた。

「お、仲直りできたみてえだな。っていうか、バカップルみてえだな」

 お医者さんは連れてきてない。分かってたけど、死んだふりのことはローランもグルだよね。

「無事に呪いは解けたのか?」

 ……あ、すっかり忘れてた。


🌙


 床に魔方陣を書いた。外で書こうと思ったけど、ローランが床に書けって言ってきたから、汚い床をさらに汚くしてあげた。魔方陣をコレクションの一つにするらしい。

「嬢ちゃん。失礼なことを思わなかったか?」

 え、顔に出てたかな。

「思ってないよ」

「嘘だって分かるんだよなぁ。まあいいさ。早く魔法使ってみてくれよ」

 そっか、【聞く】能力アビリティで聞いたことが嘘か本当か分かっちゃうんだね。忘れてたよ。旅が始まって色々起こるから、全部覚えてたら頭がパンパンになっちゃう。でも、あんまり忘れすぎたら全部忘れちゃう。気をつけないと。

「うん。フレン、魔方陣に入って」

「分かった」

 シスターの時と同じように呪いを解いていく。そんなに呪われていなかったから、片方の宝石に少し傷がつく程度で終わった。片方は新品みたいなままだから、大成功と言ってよさそう。


🌙


 お腹空いた。もう駄目。私の冒険が終わってしまいそう。

 今日は朝食でパンとお茶を貰って……それだけだ。教会で魔導書ばかり読んでいた気がする。魔導書は休憩せずにずっと読んでたから、本当に朝食から何も食べてないし飲んでない。

「ご飯食べたーい」

 わがまま言ってみた。今日は頑張ったと思うから、少しくらい我儘言っても許されるはず。

「ルナちゃん。魔法がすごく上達したね」

 褒められた。ちょっとうれしいけど、そんなことよりもご飯食べたい。

「嬢ちゃんは魔法学校へ行ってないのに魔法使えるだよな。しかもその若さでだ。一目見た時から只者じゃねえと思ってたぜ」

 ご飯食べたい。あと、お風呂にも入りたい。

「なるほど。魔法学校か……。ルナちゃん。魔法学校へ行ってみたいかい?」

「ご飯……食べに……行きたい……バタリ」

 お布団に寝転がった。たった一度の我儘も無視されるなんて酷い世の中だ。生まれ変わったら、大金持ちになって、毎日お腹いっぱいご飯を食べたいな……。絶対……そんな世界に……


🌙


「ルナちゃん。着いたよ」

 ここは……どこ? フレンの背中だった。

「私は……ルナちゃん?」

 どうやら眠っていたみたい。知らないうちにたくさんお店が並んでいる場所に来ていた。

 あ、良い匂いがする。お肉の匂いだ。蛇でも焼いてるのかな? それとも蛙かな?

「フレン、お肉食べたい。これで食べよう」

 シスターからもらった宝石を一つ渡す。お肉を食べられる価値は充分あると思う。

「呪い解いてくれた時にも使ってたね。どうやって手に入れたんだい?」

「シスターと決闘してもらったよ」

「え!?」

 ローランから聞いてると思ってた。あ、そうか。まさか決闘するとは思わないか。

「仕方ないなぁ。フレンが寝てる間に私は大活躍だったんだよ? 私の活躍を全部教えてあげよう」

 教会へ行ってシスターやお祈りしてた人たちが怖かったこと、シスターと戦ったこと、子供たちやシスターのこと。お店を選んで注文しながら話してあげた。


🌙


「またそんな無茶を……」

 やれやれといった感じのポーズをフレンはしている。あまり似合わない。なんだかムカつく。

「フレンに言われたくないよ。私が戦えないのが悪いのは分かってるけど、森に入るときだってヘトヘトで武器もボロボロだったのに大丈夫って言って、結局ぼこぼこにされちゃったんだよ」

「多少無茶しても手がかりがほしかったんだ。でも……ごめん。僕の判断のせいでルナちゃんまで怪我をさせてしまった」

 もう、フレンももう少し怒ればいいのに。私に言いたい文句はもっとあるはず。お母さんは「子どものうちくらいは気持ちを全部言っちゃいなよー」って言ってたよ。

 あ、そうか。フレンはもう大人なのか。じゃあ駄目だ。

「ルナちゃん」

「んな!」

 フレンに抱きしめられてるー。今までで一番変な声出ちゃった。お酒の匂いが漂ってるから酔っぱらっちゃったのかな。ていうか、フレンも酔っぱらっちゃった? だって急に抱きしめるなんて変だし。

「あの、フレン、どうしたの?」

「君には何度も助けられている。本当にありがとう。あと、心配をかけてごめん。さっきは君にも心配をかけていたのに、死んだふりなんて子供みたいなことしてごめん」

「う、うん」

 ……あ、子供みたいなことするってことは、フレンもまだまだ子供だね。ということは、気持ちを全部言ってくれたのかな?

 子どもなフレンの頭を少し撫でてあげた。

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