2. 玉五郎、飼い猫になる




 しとしと雨が降りしきる夜。

 吾輩は天上院真弦のいるワンルームのアパートのトイレの脇で怯えていた。


「今日こそ風呂に入って貰おうか……」

 胸で生地を押し上げるノーブラタンクトップに男物だが可愛い柄のトランクスを穿いた真弦が両手をわきわきしている。

 ロングの髪の毛は吾輩の所為で乱れており、表情は怒りで引きつっているが笑顔である。


「(嫌だ嫌だ)」



 そもそも吾輩はここの家の飼い猫になった訳ではない。

 ただ、雨宿りが出来て暖かい居場所が欲しかっただけなのだ!

 なわばりの外にいるデカいブチ猫のメスに頭を齧られてハゲになったのが恥ずかしくて匿われている訳じゃ無いんだ……。うん、断じてそういう訳じゃ無いんだ!!


 真弦との睨み合いはかれこれ1時間は経過している。



 1時間ちょっと前、吾輩は『書棚』とルーズリーフが張ってあるカラーボックス(貧乏人の味方らしいな)のタワーの上で転がっていた。

 飽きたので真弦にちょっかいをかけようと、彼女の頭の上に乗ったまでは良かった。


「おっ……おおっ?」


 頭の上で猫の金玉を載せられた真弦は怒りで震えていたが、しばらくして何かを発見したようだ。

 ぶにぶに。

 な、なんと、頭上で吾輩の金玉を揉んでいる。


「玉五郎、意外と柔らかいんだな。芯にあるコリッとした感触……ほほう、これが金玉か……。グレイト! フハハハ参考になるな!」

 真弦はただでは起き上がらない女だ。


 不敵に笑った真弦は、呆気にとられた吾輩を抱っこする。

 と、吾輩の体をひっくり返して何も敷いてない床に押し付けた。


「……「ところで 俺のキンタマを見てくれ こいつをどう思う?」「すごく……大きいです!」フフフッ!」

 お約束のセリフを言って満足した真弦が笑っている。

 そしてまた、吾輩の金玉をぶにぶに……。


「シギャーッ!」


 金玉を弄られて心地悪くなった吾輩は、真弦の手を後ろ足で弾き、体制を立て直して真弦のいない方向に逃げた。


「うわっ、臭っ!」


 勿論、威嚇のスプレーおしっこも忘れない。





「クソッ玉五郎! やりおったな!」


 頭に臭い猫しっこを引っかけられた真弦は夢から最悪な現実に叩き落とされてご立腹のようだ。

 着ていたジャージを脱ぎ、洗濯用に使っているスポーツバッグに詰めた。後からコインランドリーに持って行くようだ。


 真弦は体を洗おうとタオルを手にバスルームに向かおうとするが……。


「そもそも玉五郎、貴様が臭い所為で私は風呂に入らねばならんのだ。一緒に入……れっ!」


 吾輩を捕まえに来た。


「フギャアアアアアア!」


 嫌に決まっとるがな、綺麗好き(そうでもない)人間女が!


 そんなこんなでかれこれ1時間が経過して、睨み合いが続いているのだ。


 根負けした真弦が肩で息をし、タオルをバスルームのドアの下に投げつけた。

 どうやら吾輩と風呂に入るのを諦めたようだ。


 と、思ったら網の様な物体が吾輩に飛んできた。


「はーっはっはっは! こんな時の為にネットランチャー用意してて良かった」


 真弦お前……、何でネットランチャーなんて持ってるんだ?

 吾輩は怯えた目で向こうを見た。


「絡み付く網に捉えられた雄猫……。うん、次回の漫画のネタはケモノの緊縛系にするかな。意外とマニアには受けそうなジャンルであるからして。精液ぶっかけチンコは何本付けたらいいか……?」


 風呂を嫌がる猫を捕まえて置きながら、すぐに風呂に連れて行かず、けしからん妄想をし始める女。それが天上院真弦なのだった。





 そして結局飼われる。




 吾輩が天上院真弦の飼い猫になって一週間が経つ。

 何故、野良猫の吾輩が易々と飼い猫になったかって?


 聞きたいか?


 それはな……。



 コンコン、コンコン。インターフォンが壊れているから、来訪者は直接ドアを叩くしかないのだ。


「まつる~、お昼ご飯持ってきたよ」


 可愛らしい女の子の声がドアの向こうから聞こえる。


 真弦は来訪者を声で確認し、鍵を開けてドアチェーンを外しドアを開けた。


美羽みう! 差し入れ待ってたぞー」


 真弦は来訪者の女の子を見るなりガバッと抱擁した。

 とても腹が減っているらしい。吾輩もだが。


「ニャーン」

 吾輩も真弦に送れて、美羽と真弦が呼んだ女の子に駆け寄る。


 黒髪の真弦とは対照的な飴色の髪のフワフワロングヘアー、くりくりした瞳とぷにぷにしたくなる頬を持った妖精のような容姿を持った少女、それが美羽だった。


「玉ちゃん、こんにちは」

 吾輩に向かって綿菓子みたいな匂いのする美羽はにっこりとほほ笑む。

 彼女をクンクンすると、いつも甘い香りがした。


「さあ、上がって上がって。作業が立て込んでるんだ」


 真弦は描いている漫画の締切が近づいており、手伝いが必要みたいなんだ。

 吾輩は真弦の力になってやれないから、手伝いが出来て飯が作れる美羽を一緒に待っていたんだ。


「うん……。それが、ちょっとね……」


 美羽は差し入れのごはんを真弦に渡すと、気まずそうに背後を振り返った。


 背後には……。




「その黒髪眼鏡女は誰だ? 美羽、お兄ちゃんはお前がピクニックするっていうから喜んで付いて来たのに! こんな小汚いアパートに連れて来られるなんて聞いてないぞ」


 美羽にあんまり似てないけど、世間一般ではイケメンと呼ばれるだろう容姿の美羽の兄が立っていた。


「お兄ちゃん! ピクニックするなんて誰も言ってないでしょ。原稿の足手まといになるから付いて来ないでって言ったのに」


 美羽はお兄ちゃんに向かってプリプリ怒っている様子だ。


 が、兄は「何の事だ?」と言う素振りで妹を心配そうに見つめている。


「やあ、礼二れいじ! 貴様も原稿の手伝いに――」


 バタン!

 美羽が玄関に滑り込んでドアを閉め、礼二を締め出した。

 ドアに鍵をかけ、念の為にドアチェーンをかけた。


 ドンドンドンドン!


「こら、美羽! お兄ちゃんの知らない世界に飛び込むんじゃない! その女と恋愛か? 恋愛なんてお兄ちゃんが許さんぞ! その前に美羽の春はお兄ちゃんが――」


 美羽は素早く携帯をポシェットから取り出して電話を掛ける。


「もしもし、セ●ムですか? こちら青葉町2番地……不審人物が敷地内で暴れて迷惑をしているので……」


 実の兄を警備会社に通報したようだった……。


 ドンドンドンドン!


「こらー美羽! 開けるんだ!」


 ドアの外から礼二の怒鳴り声が聞こえる……。


「さ、ご飯食べながら作業進めちゃおう! 〆切明日なんでしょ」


 にっこり笑う美羽はなんか強かった。


「う……うん」


 美羽の勢いに流された真弦は頷いていつもの定位置に座らされた。


「そのうち静かになるだろうし、集中して仕上げて行こうね!」


 か弱そうな見かけによらず、意外と美羽って強いんだよなぁ……。

 真弦が原稿のペン入れとベタを塗って、美羽がトーンを貼っていて、合間に吾輩のごはんをくれた。

 美羽はてきぱきと真弦の身の回りの世話をするし、何だかお母さんみたいだ(吾輩の親の事は忘れたけど)。






 真弦は朝っぱらから配管工のコスプレをしてイベントとやらに自分の書いた漫画を売りに出かけて行った。

 飯は美羽が早朝まで付き合ってくれたお陰て確保出来ているので問題ない。


 吾輩は部屋の中でゴロゴロするだけであるが……。


 そこら中には墨汁で汚れた衣服と紙の丸めたやつと印刷し損じた原稿の束が散らばっている。真弦はいわば漫画同人サークルの「コピー本」を作っていたわけだ。

 クンクン。……ああ、インクの臭いしかしねえ。


 吾輩は暇なので真弦の原稿を眺めて過ごす事にした。


「(……?)」


 めくってもめくっても「アッー!」なページしかねえ!


 二次元のゲームだか何だか知らないが、髭のオッサンが若いお兄ちゃんに前や後ろをあれこれされて「うふんあふん」しか言ってねえよwww

 吾輩は野良猫なので色々と人間の情事を目撃してきているが、人間の雄が「うふんあふん」なんて言ってる事なんて稀である。


「(ん?)」

 吾輩は大事な事に気が付いた。


 何か微妙にチンコ違くね?

 フランクフルトの出来損ないみたいのに団子が二つ付いてるみたいだよ……。

 真弦、ゲイビデオ見てる癖に本物の男の凸を知らないようだな!

 ま、安いビデオは総じて局部にモザイクがかかってるからな。

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