第1章 5

 ネット彼氏。

 そんなものが存在するということをわたしが知ったのは、やはりインターネット上でのことだった。ネット彼氏とは、読んで字の如くだが、インターネットの世界における彼氏のこと。

 インターネットのみであるなら会ったり遊んだりできないのだからそんな恋人に意味などない、一般的な価値観で見れば、みんなそう言うのではないか。わたしもそう思った。でも、元カレと別れたタイミングで、寂しくて、誰かに支えてもらいたいとか、誰か頼れる人が欲しいとか、そんなふうに考えていたわたしの心には、少しだけ引っかかった。

 それからというもの、インターネットで検索をかけるようになった。ふと、なんとなく気になった時に、「『ネット彼氏』で検索検索ぅ~」となにかのコマーシャルで聞いたようなセリフをアホみたいに口ずさみながら、何の気なしに調べてみる。ほんの単なる興味本位だった。調べてみると、ネット彼氏、あるいはネット彼女というのは、インターネット上の掲示板などで募集しているようだった。年齢、性別、一言。この三つが基本的なフォーマットで、どの都道府県に住んでいるのか、というのも書いている人がほとんどだった。中にはLINEのIDをそのまま貼り付けている人もいた。悪用されたりしないんだろうかと、気になったような記憶がある。もちろん、これらの記入は任意で、書かなければならないものではない。

 ただ、この手の掲示板は無法地帯になっていて、なかには友達募集みたいに健全に見えるものもあれば、なかには援助交際の募集のようなものもあった。たとえば、『ホ別2』なんて書いてあって、最初は何のことかわからなかったけれど、いくつかの掲示板を見たりしていると、『ホテル代は別で二万円』ということなのだと分かってきた。また、使用済みの女性下着や学校の制服、学校の体操着などを売ります、みたいな投稿もあって、身がぞわっとした。自分の尿なんかを売っている女の子もいた。鳥肌が立つのを我慢しながら詳細を見てみると、それぞれオプションがあって、顔写真つきでいくら、生脱ぎでいくら、直筆の手紙つきでいくら、みたいに細かく値段設定がされていた。よくもまあ、こんなこと考えるな、と思いながら、こんな方法でお金を稼ぐのかと思った。そんなことするなら普通に働いた方がいいんではないか、とも。しかし、それらの投稿をあらためて見てみると、投稿主はわたしと同年代の中学生であったり、高校生だったりがほとんどだった。中学生はお金を稼ぐ術を持たないから、高校生はアルバイトをするのが面倒だからなんだろうな、などと勝手に想像する。たしかに、普段自分が身につけている下着なんかが何千円かで売れるなら、それほど楽なものはないだろう。売るのを目的で下着を買うのなら、百円均一のお店でも下着は売っているのだから、それにオプションなりなんなりをつけて売れば、相当な利益が出る。しかし、それでもやはり想像するだにおぞましい。

 閑話休題、少なくともわたしはそんなところまで堕ちないぞ、と戒めていろいろな掲示板をめぐった。別に、具体的に自分が募集しようとか、あるいはネット彼女を募集している掲示板にコメントして立候補しようなどと考えていたわけではない。単なる興味だった。それでも、そんなことをしばらく続けているうちに、好奇心には勝てなくなっていった。猫をも殺すという好奇心に、たかが中学生であるわたしは、意外とあっけなく屈したのだった。

 健全そうな掲示板を探した。友達募集の掲示板に対してのコメント欄なのに、『このコメントは削除されました』という文字を見ることも珍しくなかった。何をコメントしたのかはわからないけれど、なにか相応しくないコメントだったのだろう。でも逆に、そういう掲示板は管理人がしっかり管理できているということになる。わたしはそのうちの一つに投稿しようと決めた。

 一番、治安の良さそうな――あくまでわたしの主観だが――掲示板を選んで、新規投稿欄に書き込んだ。

『十三歳、女。実際の出会いとかは考えていません。基本的にネットとか、チャットとかで仲良くできる男性の方が欲しいなとおもいます』

 これでコメントが来るのを待った。

 彼からのコメントが入ったのは、それから一週間経たないうちだった。彼以前にコンタクトをとってきた人は誰もいなかった。どこに住んでいる、というのを記載しなかったのもあるのかもしれないが、ほかの掲示板を見てみると、中学生の女子相手に大人の男どもが群がっているのをよく見る。いや、「すだく」と言ったほうが近いかもしれない。群がるというのと大して意味の違いはないが、少なくとも、わたしの主観ではそう感じた。だから、一週間弱で一人、というのはかなり少ない数字なんではないか、と思った。ちなみに、どこ住みか、というのを書かなかったのは、『現実での出会いを求めているわけではない』という趣旨のことを書いておきながら、住んでいる場所を載せるのは、矛盾している気がしたからだ。

 コメント欄で、彼とやり取りしているうちに、どうも波長が合うような気がしてきた。もしかしたら、わたしの思い違いだったり、あるいは単なる思い込みでしかないのかもしれないが、それでも、二人のやり取りの中で退屈に感じたりすることもなければ、ふとやり取りが途切れることもなかった。しばらくそうしてから、LINEの連絡先を交換した。そうして、掲示板にあるわたしのネット彼氏募集の投稿を削除した。一人と連絡をとっている時に、ほかの人にコメントをされても困る。男をキープしておくなんて考え方は、わたしにはない。そのへんは真面目なんだなぁと我ながらに思ってから、やっぱりそんなことはない、と思いなおす。キープなんてしないのが普通であり、一般的なのだ。キープしておくなんて考え方は、渋谷だとか原宿だとかにいる、チャラチャラしたギャル子ちゃんとかギャル美ちゃんとかギャル奈ちゃんとかにお任せしておけばいい。

 インターネットなんていう世界に身を投じていると、時々自分の価値観というのが気づかないうちに揺らいでしまっているときが、たまにある。インターネット社会の闇は深い。

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