第1章 3

 わたしが今の彼と付き合ったってから、もう半年くらい経つ。

 「今の彼」という含みのある言い方をしたのは、以前にも彼氏がいたことがあるからだ。いわゆる元カレとかいうやつだ。

 わたしはふと、勉強机の抽斗の中から昔使っていた財布を取り出す。その財布の中にはいくつかのプリクラが入っている。元カレとのプリクラはすべてここにしまっているのだ。プリクラという機械に切り取られた枠の中で、わたしは元カレの優しい抱擁を受けて、はにかんでいた。わたしの恥ずかしそうに笑う笑顔が好きなんだと、元カレは常々言っていた。

 その写真をたっぷり十秒ほど眺めたわたしは、お腹の特に鳩尾のあたりに、ズンというような鈍痛を覚える。とはいえ物理的な痛みではない。ただ、元カレとの思い出に浸っていると、何か自分の奥の方で何かに殴られたような鈍い痛みが現れる時がある。今もそう。

 もしかしたらわたしは、心の奥ではいまだに元カレのことが好きだったりするのかもしれないという可能性に思いを馳せる。その可能性は大いにあった。いまだに未練があるからこそ、今の彼氏に申し訳ないという後ろめたい気持ちが、背徳感として自分に返ってきているのかもしれない。もちろん、身勝手なのは理解しているつもりだけれど。

 元カレは一つ年上の先輩で、陸上部に所属しており、習い事で空手もやっている。走れば区大会で三位入賞、空手は黒帯というなかなかにハイスペックな人だった。わたしが中学に入学してしばらく経ったころ、いきなり告白されたのだ。特に部活もしておらず別段目立つわけでもないわたしは、彼との接点はなく、最初はいぶかしく思ったが、彼曰く一目惚れとのことだった。わたしは、お互いよく知らないから、ひとまず連絡先とかを交換して、お試しで付き合ってみるというのはどうだろうかと提案した。彼は承諾した。

 ただ、彼は容姿もよく、それなりに勉強も出来るらしいから、相当にモテるらしかった。誰が聞いていたのかは知らないが、彼がわたしに告白したという噂は瞬く間に校内に知れ渡った。彼の同級生はもちろん、わたしの同級生も、みんなに妬ましい視線を向けられた気がした。そんなわたしを助けてくれたのは、友達だった。まあ、わたしが友達だと特別視しているわけではないのだけれど、よく話すし、グループにも混ぜてくれる。今日のお昼休みの時にも、一緒に混ぜてくれた。うちの学校には、別段いじめも派閥も見受けられないが、仮にスクールカーストというのが形成されているものと仮定したとき、彼女らのグループは割りと上位に位置づけられるだろう。彼女らがわたしのことを囲い込んで守ってくれたおかげで、事態は収束していった。

 そこからの展開は早かった。元カレは性格も優しく、包容力もあって、しっかり甘えられる存在だった。少々雑なところはあるけれど、乱暴をしたりはしない。中学生の割には紳士だった。そりゃあモテるわけだと、感心したことを覚えている。そうやって、正式にお付き合いをすることになったのだった。

 今の彼氏は、そういう点で言うならば、元カレとはまるで対照的である。十九歳、大学生。趣味はアニメ、漫画、ゲーム、ネットサーフィン。体格は細身で、運動はからっきしできない。勉強は普通。暇さえあればネット上の総合掲示板――『2ちゃんねる』を閲覧したり、書き込みしたりしている。

 元カレがハイスペックな中学生だとしたら、今の彼氏はなかなかに廃スペックな大学生なのである。

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