第4話
草むらの中を進む。草の穂先が服越しに当たってチクチクする。頬にそれが当たってもチクチクするし、草で頬を切ってしまうんじゃないかってビクビクもした。
けれど、俺たちはそれらを我慢して草むらを掻き分け進み、草むらを脱す。
脱すのだけど……。
草むらを脱し更地に出てきて、それで眼前にはずらっと【此岸征旅】の皆様が待機しておりました。
「……」
「……」
もうね。言葉が出なかった。
だってね。まさか草むらを出てすぐに【此岸征旅】に遭遇するなんて思ってなかったんだもん。もしこんなことになるなんてわかっていたら草むらを掻き分けてここへは来なかった。
でもね、来てしまったものはしょうがないよね。目の前にいる大勢の敵と対峙せねばならない。
「やはりあなたたちでしたか」
一人が前に出てそう言った。そいつは金髪で中性的でいかにも好青年って感じで――つまりはあのときユリウスとの交戦の際に現れた男だった。瀕死のユリウスにとどめを刺した、拳銃を使う【此岸征旅】の一員。名前は知らない。
「また会ったな。金髪」
「ええ。また会いました。あと僕の名前はジュリオ・ヴェルーチェですよ」
「訊いてねえよ」
「僕の名前になんか興味ないと。それはあれですか。死にゆく者の名前なんて知る必要はないってことですか?」
「そうだよ。どうしていちいち友達でも何でもない他人の名前を憶えなきゃいけないんだ。世の中には名前を憶える必要のある人間とその必要はない人間がいる。あきらかにお前は後者だ」
俺は《村雨》の柄に手をやり、構える。
「だから、さっさとそこを通してくれ。お前らに用はない。どうせこの先にあるんだろ
俺がそう言うと、ジュリオ・ヴェルサーチェの眉がぴくっと動いた。
「我々の計画に気付いたんですか」
「ああそうだよ。だから、壊しに来た。そして取り戻しに来たんだよ。お前らが殺した人間の中には俺たちの友達がいてな。そいつの身体を返してもらう」
「身体……。ああ、あの女の子はあなたたちのお知り合いでしたか」
「え? 小樟を知っているのか」
「僕はユリウス・フリューリングが死んだあとの彼の仕事を引き継ぎましたからね。ユリウスが死んで、その後に起こっている殺人は僕の仕業です。で、たぶんあなたが言っているのはスーパーマーケットの前で手持無沙汰にしていた女の子のことでしょう。なるほど、小樟と言ったのですか。その少女は」
まるで挑発でもするようにジュリオは笑う。笑って、言った。
「――彼女の頭を撃ち抜いたのはこの僕です」
俺は突進していた。ジュリオの言葉を最後まで聞くことなく、俺はジュリオに迫っていた。
《村雨》を抜く。居合に要領で、俺はジュリオに斬りかかる。
ジュリオは後退するけれどその程度の後退ならば、俺の《村雨》はお前に届く。
斬る。
けれど、斬ったのはジュリオではなかった。
ジュリオは隣にいた仲間を引っ張り出して、そいつを盾にしたのだ。俺が斬ったのはその人間の盾であった。名も知らないそいつの胴体を俺はざっくりと斬った。血が飛んだ。《村雨》からは露が飛び散り、それは刃に着いた血を流した。
地面に倒れた盾(人間)を見下ろす。腹を深く斬ったので、だらりと切り口からは内臓が飛び出していた。うにゅうにゅと飛び出しているあれはたぶん腸。俺はそんな死体から目を離して、次に目の前にいるジュリオの方へ目を移す。
「仲間なんじゃねえのか?」と俺は問うた。
「ええ。仲間です。だからこそ、僕のために身体を張ってくれる」
「お前が強引に盾にしたように見えたけど」
「同意の上です」
「あ、そう」
まあどうでもいいや。どうせ敵だ。敵を殺したところで何の罪悪感もない。
そして、ジュリオ・ヴェルサーチェは自身の仲間を容赦なく盾にする人間だとわかった。そこには何の迷いもない。たぶんこいつは俺と似たところがある。他人の命なんてどうでもいいって思っている。だからきっとこいつは小樟を殺したときも笑っていたんだろう。
ジュリオは俺と似ているかもしれないけれど、似ているってことは同じってことではない。似ているかもしれないけど、俺と彼は違うのだ。さすがに俺は仲間を盾になんてしない。少なくとも盾にすればその仲間は死ぬとわかっているのなら、俺はそいつを盾になんかしない。
どっちがどっちなんてことはどうでもいい。どうせ常識人からしてみれば、どっちもどっちなんだろう。
でも俺は、俺にとっては、ジュリオ・ヴェルサーチェは俺よりも酷い奴だ。つーかそもそも小樟楠夏を殺したこいつは何であれクソ野郎である。
ジュリオ・ヴェルサーチェはクソ野郎なのだ。今、俺がそう決めた。
クソ野郎を殺したって問題はない。今、俺がそう決めた。
俺は《村雨》を構える。
構えてから周囲を見回し、そして気付いた。
囲まれていた。
【此岸征旅】の皆様が俺と橘花を囲んでいた。
橘花が俺の方に近づいてきて、言う。
「ど、どうするの?」
「どうするもなにも、これを突破しなきゃ先には進めない。なら戦うしかないだろ」
戦わずしてこの場を脱する方法が俺には思いつかない。俺たちを囲んでいる【此岸征旅】の奴らもすでに臨戦態勢だし、これはもう戦いは避けられない。
「橘花。お前、どの程度の魔法が使える。魔法で人を殺せたりするか?」
「あのー、お恥ずかしながらわたし基本的な魔法しかできないんだよね。炎出したりとかそんなところ。しかもその炎もそんなに火力は出せない」
「ああ、そうですか」
つまり、戦闘に向く魔法はほとんど使えないと言ってもいい。ならば、武器を持たせるしかないだろう。
俺は先ほど切り捨てた奴の方を見る。よく見れば腰にナイフを携えていた。俺はそれを拝借し、橘花に渡した。
「ないよりはいいだろ。あとは自分で何とかしてくれ」
「うん。ほかの武器は、まあ、倒した人たちから奪うよ」
「わかった。……あと、俺はお前の心配はしないからな」
「わかってるよ。というより、心配は無用だよ。わたしを何だと思っているの? わたしを殺せる人なんてなかなかいないよ」
「そうだな」
なかなかいないというか、もう皆無だと思う。
忍山橘花は不死身の少女。髪の毛一本でも残っていたらそこから身体を再構築することができるっていう、反則技の持ち主だ。
不死身の心配などするだけ無駄。心配をしないでいい分、俺は思う存分目の前の敵に専念できる。
俺は前を向く。そこにはジュリオ・ヴェルサーチェ。話によればこいつが小樟楠夏を手に掛けた張本人とのこと。こいつが小樟を拳銃で殺したのなら、俺はこいつを刀で殺す。
《村雨》を構える。
ジュリオを取り囲むようにほかの【此岸征旅】のメンバーがいる。そう簡単にはジュリオを倒せないらしい。ならば、ジュリオの周りを固めている有象無象から崩していくしかない。
俺は駈ける。ジュリオ目がけて駈けるけど、その行く手を阻む者が大勢いた。
そいつらは各々の武器を携え、俺に襲い掛かる。
刀や剣やナイフを持っている者はそれを振り回してきて、拳銃やライフルを持っている者は遠方から射撃してくる。拳銃やライフルに至っては、射出するのは鉛の弾丸ではなく魔法の弾丸であった。なんとも魔法使いらしい。
魔法により生成された弾丸は青白く煌めいている。鉛玉よりも目立つ弾丸は、それゆえに軌道を読み取れ、読み取れるということは躱すことができなくもないってこと。だから俺は飛んでくる弾丸を避ける。たまに掠るがまだ何とか直撃はしていない。それにあっちこっちに動き回って、照準をずらせている。だから直撃は回避している。
飛んでくる弾丸を躱しながら、俺は斬る。斬って斬って、斬る。
なんかいろいろ俺に襲い掛かってくるけど、俺はそれらを斬り捨てる。
血が飛ぶ。返り血を浴びる。しかし《村雨》に血は付かない。何人斬っても《村雨》の切れ味は落ちることがなかった。いくらこの刃が血を浴びようとも、水気がその血を洗い流すので刃の錆びにはなり得ない。
大剣を持った大男が目の前に現れた。そいつは大剣を仰々しく振り上げる。大剣を振り上げたことで脇ががら空きになっていて、なので俺はすかさずそこを斬った。胴体を横一直線に斬る。
硬くもなければ柔らかくもない。そんな肉を斬る感触が《村雨》から俺の手に伝わってくる。肉を斬れば血が飛び出し、中身だって出てくる。血は俺の服を赤く染めた。大男の腹の切り口からはどばっと勢いよく内臓が流れ出た。
倒れ行く大男に俺は目もくれず次の敵を斬り捨てる。
さて。いったい俺は何人ほど人を斬っただろうか。一〇人は優に超えている。いや、三〇人は斬っているか。とにかくいっぱい人を斬ったと思う。けれど、襲い掛かってくる敵は未だ絶えない。
「……ぐっ」
飛んできた魔法の弾丸が俺の右肩を掠り、少し肉を抉った。
痛い。俺は少しだけ顔を歪めたけど、今は「痛い痛い!」と喚いている暇はないので、俺は傷なんて気にせず《村雨》を振り、敵を斬る。
痛いのは嫌だ。俺はいつだって痛めつける側でいたい。だから、今こんな風に痛い目に遭っている状況が俺は赦せなかった。
魔法を使うか。
魔力の消費は極力避けたいところだが仕方ない。戦闘中に人肉を喰う暇はあるのだろうか。もしあるのならどこかのタイミングで喰おう。
俺は《村雨》を地面に突き刺す。脳内のイメージを魔法として顕現させる。
俺の持っている
俺の頭の中にはあるイメージがあった。
《村雨》から連想されるそのイメージは氷。冷たそうな刀身から、そのイメージに至った。
氷の魔法。地面から先が尖った氷柱を生やす。
俺を中心に半径五メートルを範囲として、地面から先が尖った氷柱突き出る。それはまるで剣山のよう。
突き出る氷柱は範囲内にいた敵を容赦なく突き刺した。半透明の氷柱に赤い血が伝う。氷柱を伝うだけあって、その血は凍って氷柱にへばりついていた。
地面から《村雨》を抜くと同時に氷柱は砕け消滅した。氷柱に突き刺された奴らは地面にぼとぼとと落ちる。そいつらは動かない。死んだか気絶したかしたようだ。
氷柱は消えたが辺りの気温は低いまま。しかし今は夏で、しかも熱帯夜。どうせすぐに常温というか高温に戻るだろう。
一瞬にしてごっそりと敵の人数を減らした。
見えてきたぞ。ジュリオ・ヴェルサーチェの姿が。
このまままっすぐ進んで行けばそこにジュリオがいる。彼は悠然と笑みを浮かべていた。
まるで俺なんか敵じゃないとでも思っているような、いや、俺がお前の所まで辿り着けないと確信しているような笑み。
ふざけやがって。お前の顔にへばりついている気味の悪い悠然としたその笑みを今すぐ苦痛に歪んだ顔に変えてやる。
俺は進む。
敵が現れる。
俺は《村雨》を片手間に振ってそいつを斬る。俺が振った《村雨》はそいつの喉元を斬った。
また敵が襲い掛かる。そいつは俺の目の前で大きな鉞を横に振る。俺は《村雨》を振り、そいつの両腕を斬り落とした。鉞が俺を直撃するよりも速く俺は《村雨》を振ってそいつの両腕を斬り落としたのだ。両腕と一緒に鉞も地面に落ちる。両腕を失ったことに混乱しているそいつに対して俺は刀を振り上げ振り下ろし、斬り捨てた。
進む。俺は足を止めない。
ざっざ、と。背後より足音が聞こえてきた。背後から襲ってくるなら忍び寄るなり工夫しろと言いたくなる。
足音のその大きさで敵との距離を測る。俺の真後ろへ敵がやって来たその瞬間を見極めて、俺は振り返りざまに《村雨》を振った。
俺の振った《村雨》は背後にいた敵の腹を斬った。それでも敵は倒れることなく、手に持っていた日本刀を振り回してきた。
ガン。ゴン。二回三回と鍔迫り合いをする。しかし四回目はなかった。俺の《村雨》と敵の日本刀がぶつかったその瞬間に敵の日本刀が砕けた。俺はそのまま《村雨》を振り、敵の左肩口から右の脇腹へ抜けていく軌道で斬り込んだ。敵は血を噴き出させながら倒れた。
もはや倒した相手になんて興味がないので、倒れた相手に目を向けることはしなかった。
進んでは敵を斬り進んでは敵を斬り、を繰り返し――そうして俺は対峙する。
倒した敵から抉り取った
口元に着いた血を拭い、そして俺は彼に声を掛けた。
「よぉ。殺しに来たぜ、クソ野郎」
ジュリオは若干引き気味で俺を見ていた。俺の言った言葉には特に反応することなく彼はこう言った。
「あなたは狂っているんですか? 人肉を食べて、どうしたいんですか?」
ああ、そうか。こいつは知らない。こいつに限らず【此岸征旅】の連中は俺が人喰魔法使いであることを知らない。だから俺の人肉を喰らう様を見て驚くのは当然か。
「喰わなきゃいけないから喰っている。ただそれだけ。別にお前には関係ないだろ。俺が何を喰おうが」
「喰わなきゃいけない? その口ぶりだと人肉しか食べられない人みたいですね。そういう趣味の人なんですか?」
なんだ。そんなにも俺が人肉を喰う理由が知りたいのか。ならば教えようか。別にジュリオに教える義理はないけれど、ああだこうだと言って答えるのを渋っていたらジュリオは問い詰めてきそうだ。質問攻めにされるのも面倒臭いので、俺は俺の正体をジュリオに教える。
「そんな趣味はない。ただ、俺はお前らみたいに霊魂から魔力を精製できないんだよ。お前らが魔力源である霊魂を呼吸で取り込むように、俺は俺の魔力源である人肉を食すことで摂取する。――俺は人喰魔法使いだ」
「人喰、魔法使い……。はは。なるほど。霊魂の代わりに人肉を摂取することで魔力を精製し魔法を使う。なんとも不便な力ですね。それってつまり食べた人肉分の魔法しか使えないってことじゃないですか。霊魂ならば呼吸をしている以上はずっと身体に取り入れられ続けるので、魔法を使う際に魔力の消費量を気にする必要はない。けれど、あなたはそれを気にしなければいけない。ああ不便。そして素晴らしく不幸だ」
不幸。
俺は不幸なのか? 人を喰らう俺は不幸なのか?
ジュリオはまた口を開く。
「人肉を食すことでしか魔力源を確保できない。不便ゆえに不幸。不幸ゆえに――劣悪だ」
なるほど。人を喰らうから不幸なんじゃなくて、劣悪だから不幸なのね。
でも。それでは、俺は劣悪なのか? 確かに、人肉を食すことでしか魔力源を確保できないのは不便なのかもしれない。俺だって呼吸しているだけで魔力源たる霊魂を確保できる方が楽でいい。霊魂魔法使いならば人肉を食すと言う行為を省くことができるのだ。
……劣悪なのかもしれない。
よく考えてみろ。不便ということはそこには何かしらの改善の余地があるわけでそれってつまりどこかに欠陥があるってことだ。欠陥があるってことは、それは普通よりも劣っている。
けれど。
「けれど、たとえ俺が劣悪でも結局お前はクソ野郎だからお前は俺よりも悪質だ。それに、世の中には劣悪でなくてはならないこともある」
不便だから、そこには改善の余地があるかもしれない。だが、改善の余地があるからと言って必ずしも改善できるとは限らないのだ。直せない欠陥ってものはあると思う。むしろ、その欠陥がある状態こそがそれにとっての完成形であることだってある。
なんで俺はこんなのなんだって思う。けれど、いくら頑張っても人喰魔法使いは霊魂魔法使いにはなれない。なれないってことは、人喰魔法使いって存在はそういう風に固定されていて、変質することはないってこと。
人喰魔法使いは劣悪なのかもしれない。欠陥品なのかもしれない。でも、その劣悪な状態こそが人喰魔法使いなのだ。これが人喰魔法使いの在り方なのだ。
「俺の存在は劣悪だ。でも、俺が、人喰魔法使いが劣悪なのは、人喰魔法使いが劣悪でなければならないからだ」
だから、俺が劣悪で不幸であっても、俺は気にしない。だいたい、俺がどれだけの間、人喰魔法使いをやっていたと思う。生まれてからこの方なのだ。一七年間人喰魔法使いと生きてきて、何度も嫌な目に遭ってきて、何度も化け物って言われてきて、だからもう誰かから悪口雑言の限りを尽くされたって気にしない。気にするだけ無駄だってわかったからもう気にしない。
人生は合理的かつ効率的に生きなければいけない。
かつて小樟楠夏は本を読み知識を身に着けることで人生の合理化/効率化を図った。しかし俺は小樟ほど本を読んでいないため人生を合理的に生きるまでの知識を持っていない。だから参考すべきは経験だ。
経験に即して考えたって、悪口雑言に対していちいち激昂するのはナンセンスなのだ。化け物だ何だと言われて、それに対していちいちご丁寧に「ふざけんなよ、てめぇ!」と怒るのは疲れる。俺を化け物呼ばわりした人たち一人一人に対して怒りを露わにするのは合理的ではない。ならば、しない方がいい。
これは別に俺が何を言われても何をされても怒らないと言うことじゃない。
ただ、怒るべき事柄に対してはちゃんと怒り、そうでない事柄に対しては怒ることをしない、その辺の見極めをきちんとしなければならないということなのだ。
だから、ジュリオ・ヴェルサーチェが俺のことを何と言おうと俺は特には激昂しない。そもそも俺は小樟を殺したこいつに怒っているのだ。とにかく今は何を言ったところで、小樟を殺されたことに対する怒りが先行してしまう。
「劣悪で結構。悪口雑言、言いたきゃ勝手に言っていればいい。その手の言葉は言われ過ぎて飽き飽きしているんだ」
どうせ。どうせジュリオは挑発の意味合いで劣悪という言葉を言ったのだ。けれど、そんな言葉で激昂するほど俺はバカではない。
「挑発のつもりで言ったんですが、あなたには通用しないらしい」
ほら見ろ。やっぱり挑発だったんだ。
「ではお喋りはここらでやめて殺し合いといきましょうか」
ジュリオは拳銃を腰のホルスターから抜き取り、俺に照準を定める。
「その拳銃で小樟を撃ったわけだ」
「ええ、そうです。そしてあなたも」ジュリオは余裕綽々といった笑みを浮かべる。「この弾丸の餌食です」
言って、カシャリと引き金を引く音が聞こえたと思えば銃口が煌めきそこから射出されるのは鉛玉ではなく魔法の弾丸。
銃口が煌めいたその瞬間に俺は動いていた。《村雨》を振る。俺の振った《村雨》は魔法の弾丸を叩いた。
ジュリオが目を丸くした。
「普通、反応しますかね。この弾丸がただの鉛玉であっても普通は反応できませんよ」
「生憎、俺は普通じゃない」
「あなたが人肉食であっても、身体の構造は僕たちと同じ人間でしょ? 人間は普通銃弾のスピードに反応できない」
「そんなの知らねえよ。やってみたらできたんだよ」
「あなたは強いんですね」
「ああ、どうやら俺は強いらしい」
【特異生物収容所】の所長アルティゴス・ティフォンと公安調査庁の五瀬穂尊は俺を強いと評した。そして、俺も自分が強いと自覚している。
どれだけ強いとかはわからないけど、強いと言われる程度には強いのだ。
「強者は自分を強者だとは言いません」
「でも、お前は俺を強いと評した。ならば、俺は強いのだろう」
「少しは謙遜してくださいよ」
「どうしてお前相手に俺が謙遜の態度を執らなければいけないんだ」
「舐められたものですね。まったく僕って男は」
再び――銃口が煌めく。
俺はひとまず横に跳んで弾丸を避けて、それから前へ進みジュリオ目掛けて襲い掛かる。
《村雨》を振る。対するジュリオも拳銃を構え直そうとするけれど、そんな時間はないと判断したらしくバック転をして俺の攻撃を躱した。俺とジュリオの距離がまた開く。
バック転をしたその先でジュリオは拳銃を構え躊躇なく引き金を引く。
今度は少し反応が遅れた。躱そうと身体を動かしたけど、放たれた魔法の弾丸は俺の左の肩口を貫いた。
「……ぐっ」と顔を歪めたけど痛がっている暇はない。痛みを我慢して俺は動く。
俺は《村雨》を振るけれど、このジュリオ・ヴェルサーチェ、身のこなしが軽くてひょいひょいと俺の斬撃を躱しやがるのだ。躱して距離を取って引き金を引く。拳銃を撃つために一定の距離をとにかく保ちたがる。
「ちっ。ちょこまかと!」
俺はそう毒づいた。
そんな独り言のような俺の言葉にジュリオが反応して言う。
「この拳銃から撃ち出されている弾丸は魔力を圧縮したものです。この拳銃は魔力を圧縮する機構を備えている。僕がバンバン撃っているこの弾丸は魔力の塊に過ぎません」
俺は眉を顰め「なんだ。いきなりネタばらしか」と言う。
「まあ、そんな感じです。ちなみに訊きますけど、あなたはこれを何だと思っていましたか?」
これ、というのは弾丸のことだろう。
「魔法の弾丸」と俺は端的に答えた。
だって初めのうちはそう思うだろう。銃口から射出されたのは青白く発行する弾丸。鉛玉ではないことは確かだから、魔法の弾丸と推測するのが普通かと。何かしらの魔法を射出しているのだと思うはずだ。……まあ実際は魔法じゃなくて、その魔法のもとである魔力の塊であったが。
「ほう。何かしらの魔法を射出していると。まあ、そう思っても仕方はありませんね。魔力は魔法のもとですし」
ジュリオは拳銃を俺に向ける。
「では、今から本当に魔法を射出してみせましょう」
「は?」
「魔力の塊でもいいけど、それじゃ華がない。それに多様性に欠けますからね。やはり、確実に目の前の相手を殺すには魔法に頼らざるを得ない」
ジュリオがそう言えば、銃口を中心に幾何学模様の魔法陣が展開される。
俺は身構えた。
「そんなに身構えなくてもいいですよ。魔法の弾丸は確実にあなたを殺します。知っていますか? 魔法の弾丸。もっとわかりやすく言ってあげれば魔弾ってやつですよ」
魔法の弾丸――魔弾。そういう存在があることは知っているが、その内容までは知らなかった。俺は思わず怪訝な表情をした。
「発射すれば必ず的に当たる百発百中の弾丸。それが今から僕が発射する
発射されれば必ず当たる弾丸――
頭の中でぐるぐる考えながら、俺は少し強がってこう言う。
「いいのかよ。敵にそんないろいろ自分の手の内を晒しても」
「だってどうせ対処できないでしょ。それに何も知らずに死ぬよりは、ちゃんと自分が何の魔法で死ぬのか知っておいた方がいいでしょう。僕なりの親切です」
それを他人は余計なお世話と言うのではなかろうか。
「さあ、決めましたか。どこに撃ってほしい?
対処できないとジュリオは言った。けど俺は考える。対処法を考える。まだ死ねない。小樟の仇を討つまでは死ねない。仇を討ってからも、俺は小樟の分も生きなければいけない。だから、俺はまだ死ねない。
さてはてどうする。どうすればいい。
発射されれば必中の魔弾。いくら逃げてもその魔弾は俺を殺しに来るってことだろう。要するに逃げられない。
……発射、されれば?
待て待て。おいおい、ちょっとわかった。わかってしまった。てか、なんでこんな簡単なことに気付かなかった俺!? 俺はバカか! バカなのか!
そうだよ。魔弾が発射される前にジュリオを殺してしまえばいい。
俺とジュリオの間隔を目測で計る。ざっと三メートルと言ったところか。この距離ならばジュリオが引き金を引くよりも速く動けるかもしれん。
できるかどうかはわからない。でもやる。拳銃から射出された魔力の塊を躱したときみたいに、やってみたらできちゃったってことになるかもしれない。大丈夫さ。俺はやればできる子だ。
「……決めたよ」
と、俺はさも深刻そうな声音でそう言った。もちろんジュリオを騙すための演技である。
「そうですか。で、どこですか?」
有利な立場にいるからか、ジュリオ・ヴェルサーチェは勝ち誇った笑みを浮かべている。ムカついた。けどとりあえずは堪えた。
「ここだ」
そう言って俺は左手を自分の胸に当てる。
「なるほど。心臓ですか」
「ああ、心臓だ。――お前の心臓を俺が貫く!」
その言葉を言い終わったその刹那。すぐさま俺は足を動かす。走る。奔る。引き金を引く暇を与えないほどに速く走る。
ジュリオの「なっ」という驚嘆の声が聞こえた。彼の表情まではわからなかった。そもそもそれを見る暇もない。俺は駈けるので必死だ。
走って、襲い掛かって――突き刺す。
これら一連の行動が一瞬に思えた。
事はすぐに終わった。気付いたら、終わっていた。
ジュリオの拳銃の引き金は引かれていない。展開していた魔法陣はいつのまにやら消えていた。
俺は《村雨》をジュリオ・ヴェルサーチェの胸に突き刺した。俺は全体重をかけてぐぐっと《村雨》をジュリオの胸に刺し込む。刀身の付け根が隠れるまで突き刺した。胸から突き刺した《村雨》は背中から抜けて、貫通を果たした。
「ぐ、はっ」とジュリオの呻き声。
「はは」
事が上手く運んでしまって、俺は思わず笑みを零した。さっきまでジュリオが浮かべていた笑みを、今は俺が浮かべている。
「残念だったな。俺の心臓が撃ち抜けなくて。でも、俺が代わりにお前の心臓を貫いてやったぜ」
「あなたは、僕を……。ぐぶっ」
ジュリオは吐血し口元からたらりと血の混じった唾液を流す。
「僕を、騙し……た……」
言って、ジュリオは脱力する。腕はだらんと揺れ、持っていた拳銃は手から離れて地面に落ちた。
《村雨》を胸から抜くと、そのままジュリオは地面に伏す。俺はつま先でちょこんとつついてみたけど、一向に動くことがなくああ死んだんだなって思った。
とりあえず小樟を手に掛けた奴を殺すことができた。復讐は半分ほど済んだと言ってもいいかもしれない。
けどまだ半分。
この【此岸征旅】をぶっ潰さなければ復讐は完了しない。そして、奪われた小樟の身体を返してもらうまでは終われない。
先へ進まなければ。きっとこの先に《阿修羅》がある。その《阿修羅》には小樟の身体が使われていることだろう。
敵はまだいる。とりあえず俺の行く手を阻む敵は排除しなければ、前には進めないようだ。
ふと、ジュリオの拳銃が目に入った。俺は腰を下ろして、その拳銃を何の気なしに拾い上げた。
ないよりはあった方がいいかもしれない。一応持っておこうかしら。俺はそんなことを唐突に思ったので、拳銃を拝借することにする。俺はジュリオの死体から拳銃のホルスターも拝借してそれを腰に巻き拳銃をそこに収めた。
「よし、オッケー」
そう独りごち、さて行こうと思い立った直後。
背後から「死ねぇえええっ!!」という叫び声が聞こえて首だけを動かし後ろの方みると俺目掛けて襲い掛かってくる一人の男。敵だ。そいつは日本刀を振りかざしてきた。
やばい、と思った。不意を衝かれた。くそ。対処しきれない!
――と、刹那。
敵である男の頭が吹き飛んだ。おそらくだが、魔力の塊による弾丸が男の頭部に当たった模様。
地面に倒れた男を見れば、その男の頭部はひどく破壊されている。頭蓋骨が砕け、血が溢れ出て、その中身がどろっと流出していた。
弾丸が放たれたであろう場所へ視線を移すと、そこには橘花がライフル銃を構えて立っていた。なるほど、そのライフルで一撃ってか。たぶん彼女が持っているライフルも魔力を圧縮し撃ち出す機構を備えているのだろう。男を斃したのは圧縮された魔力の塊なんだろう。
橘花はライフル銃を下げ、俺に対してニコッと笑ってピース。俺も微笑んだ。微笑むことで感謝の意を彼女に伝えた。
橘花の心配はしない。不死身だからまず心配する必要はないし、容赦なく敵の頭を吹き飛ばせるのならますます心配の必要はないと思う。大丈夫だろう。
俺は前を向く。
進め。進むのだ。本陣はすぐそこにある。
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