一つ目の鉢:森の白い帽子 2

 初の仕事は森の中。出会ったのは黒髪の怜悧な男のひと、ヒェムスさん。彼は『帽子』を探しているそうで。

「どんな、帽子ですか?」

「白くてふわふわした……坊主には“綿毛”に似てると言った方がわかりやすいかもな」

 綿毛に似た、白くてふわふわした帽子。

 僕はまじまじとヒェムスさんを眺めてしまう。

「どうした?」

 ああほら、また鈍色の目が細められた。僕はヒェムスさんから借りた黒いローブの襟を寄せる。失礼だけど、失礼だけど……このちょっぴり冷たそうな黒衣の男性が、白い“ふわふわの”帽子だって?

 どうもその姿が想像できなくて困惑していると、読み取られてしまったのか、ヒェムスさんは「ああ」と表情を和らげて嘆息。うん、こっちの顔でいた方がいいと思うけどな。

「帽子は私がかぶるのじゃない」

「じゃあ、ヒェムスさんは帽子屋さんなんですか?」

「帽子屋か……そういう言い方もできなくはないな。私は森の木々や家々の屋根に帽子をかぶせてやるんだが、その帽子はある時期になったら回収しなくてはならない。でないと、姉達に怒られてしまう」

「お姉さん?」

 ヒェムスさんの言葉はなぞなぞみたいで、なんだかもやもやする。歩き出した彼に従って、茂みに分け入り獣道へ。

「ああ。……我々は四人きょうだいでな」

 意外ときちんと踏み固められた道があって驚く。と言っても狭いから、僕はひたすら黒い背中を追いかけるのだけど、ヒェムスさんってば歩くのも速い。辺りに視線を走らせながら進んでいるところを見ると、この近くにその回収すべき帽子があるのかもしれない。

「上から女、男、女、男」

「ヒェムスさん、はっ?」

「私は末っ子なんだ。一番上の姉から、ベール、アェースタス、アウトゥヌムヌ、そして私ヒェムス」

 僕は早々に息を切らしてしまっていて、ヒェムスさんのきょうだいの名前は覚えられそうになかった。もう一度聞いても、どこかで聞いたことがあるな、程度かも。

 倒木や蔦で足場はよくないし、吸い込んだ空気で体の中から凍えそうになる。でも必死に歩いたせいか、手足はぽかぽかと熱いくらいで、更に不思議なローブが快い暖かさを保ってくれて助かった。

「……ないな」

 しばらく進んだ後でヒェムスさんが呟く。そういえば僕、手伝いらしいことをしていない気がする。

「大丈夫か、坊主」

 首だけこちらを向いたヒェムスさんに、ぶんぶんとうなずいて見せる。彼は小さく笑ったけれど、本当は、小休止は大歓迎だ。

「ヒェムスさん、歩くの、速いですね」

「そうか? しょっちゅう“長い”と言われるから、忙せわしく動かねばと思っているんだが」

「“長い”?」

「私よりもベール姉さんのことが好きな者は多いからな。待ち遠しいんだろうさ」

 ベールさんって一番上、だっけ? ……よくわからない。けど、

「早く探さないと、アェースタス兄さんにまで何か言われそうだ」

「お姉さんやお兄さん達は、手伝ってくれたりしないんですか?」

「それが、」

 力なく首を振る。初めて見るこれは、苦笑いってやつだろうか。

「アェースタス兄さんやアウトゥヌムヌ姉さんは仕方ないとしても、本当ならベール姉さんが一緒に回収して歩くはずなんだが」

「だが?」

「気まぐれなんだ、姉さんは。確かに彼女も大変なんだがな。この時期は特にたくさんの要望を聞いてやらなくちゃならないから」

 なんか、苦労しているんだなぁというのが率直な感想。でもそれ以上に、きょうだい仲が良いんだろうなというのも伝わってきて嬉しくなる。苦笑いのヒェムスさんだけど、それはとっても優しい表情だから。

 僕はヒェムスさんの力になりたいと思う。何が出来るんだろう。

「あの、その最後の帽子って、この森にあるんですよね」

「ああ、それは間違いない」

「僕、木に登ってみます」

「木登り?」

「はい。上から見たらわかるかもしれないですし、もしかしたら帽子が風に飛ばされて、どこかの枝とかに引っ掛かっているかも」

 緊張しながら言うと。

「……く、……」

「……ヒェムスさん?」

「――ははっ。上出来だ、坊主!」

 楽しそうな笑い声に僕が呆気にとられていると、

「うわっ?!」

 地面が消えた……のではなく。ヒェムスさんがローブごと僕を抱き抱えて――飛んだ?!

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