一周目エンディング『マイ・フェア・レディ』前編

 「問題のマルコ様を連れてまいりました」

 全裸のマルコが、衛兵に引きずられてこちらにやってきた。

 「なんでこいつまで全裸なんだよ……」

 と、全裸のおれは言った。

 さいきん全裸でいることが多いので、おれは自分が全裸なのをそれほど不自然に思わなくなってきていた。正直、ほり出しててももうあまり恥ずかしくない。だが、他人が全裸だと違和感を感じる。

 マルコはみんなの前に引きずり出され、全裸正座させられた。

 なかなか悲惨な状態だが、おれはあと少しで彼に犯し殺されるところだったので、あまり同情はない。マルコはちんちんが大きかったので、その点も差し引いてやはり同情の余地は無い。

 「あらぁ?」

 イーライが彼を見て舌なめずりする。

 「なぜあの子、床の上に全裸で正座させられてるの? 何が始まるの?」

 「学長どの」

 「なあに? アイシャさん。あなたの愛は受け入れられませんわ」

 「それはいいとしてですね……」

 アイシャはなごり惜しそうに学長から離れる。

 「ヘンなクセだけは出さないでくださいね」

 「大丈夫よ。ちょっとカワイイかなって思っただけ」

 「ここはダークエルフの防衛施設です。宮廷の廊下や大学図書館の倉庫じゃないんです。あの、つまみ食いみたいなことは考えないようにお願いしますよ」

 「大丈夫よう。そのぐらいわきまえてますわよう」

 そう言いつつ、イーライはマルコから目を離さない。

 「くっそ淫乱……まあ、いつものことです」

 アイシャはぷるぷると首をふって、いつものにこにこした顔に戻る。

 「……で。クムクムさん」

 「なんだ?」

 「今のうちにここから逃げてください。とにかく国外に出ましょう。あとで学長やミフネちゃんを使って、今回の件がなるべくうやむやになるように処理します。こんなくだらないことで紛争にでもなったらコトですからね」

 アイシャはクムクムに四つ折りの紙を手渡した。

 「手はずは整えてあります」

 「ありがとう。さすが、手際いいな」

 「クムクムさんと組むといつもこうだから」

 「わたしを賊みたいにいうなよ」

 クムクムは紙を一瞥して、薄っぺらい胸元にさし込んだ。

 「おれは?」

 「知りませんよ。自分で考えてください」

 アイシャはおれには冷たかった。

 学長の件で嫉妬しているのかも知れない。おれも罪な男である。



 いっぽう、全裸正座のマルコは詰められていた。

 「この騒動はぜんぶお前のせいだなッ!」

 「はいはーい。ごめんなさぁい」

 「なんだその態度はッ!」

 「……ちょっと新入りに媚薬のませて手をつけたぐらいで、なんでこんなに怒られないといけないのかなぁ。ぼくだって結婚したときはやられたし、普通によかったし」

 彼はまったく反省する様子がない。

 「そういうのから仲良くなるもんじゃないのかなあ」

 「異種族だから気を使えと言いつけてあっただろうが!」

 「でも、序列ってものがあるじゃない」

 彼はとくに全裸を恥ずかしがる様子もない。

 「やっぱり新入りにはひととおり受けをやってもらって、なんていうか、立場みたいなの? お互いはっきりさせとくじゃない? これは男同士の問題だから、女の人にはちょっとさあ」

 「やめろやめろ!」

 「古き良きダークエルフの風習じゃないか。なにがいけないんだ」

 「そういう悪習を排除しようというのが今の方針だろうが」

 「なんで悪いのさ。だいたい欲求不満だったからさあ……」

 マルコは爪をいじりながら言い訳をくり返す。

 「ミフネがナジェさんばっかりかまうからだよ。ナジェさんも、すぐすねて実家に帰るとか言うし、それを真に受けるってどうかな……」

 「それはいま関係ないだろうッ!」

 「関係あるよ、ハーレムの扱いは平等じゃないと」

 「ミフネ様に勝手な事ばかり言うなッ!」

 マルコにナジェが食ってかかる。そこから二人が言い争いになる。

 もはや完全に同族どうしの痴話喧嘩であった。

 おれの権利とか、外交とか、そういう問題は脇に置かれたらしい。

 回りの兵士や家臣たちは、苦笑いしている者もいれば、身内の恥を見せるとは何事かとまじめに怒っている者もいる。



 「ああ……おれの尻の問題が棚上げされていく……」

 「まあ、こいつらにとってはおおごとでもなんでもないからな。尻にちんちん入れるぐらい、エルフにとってはノーマルな行為の範囲だし。お前が乙女みたいにきゃあきゃあ騒いでるだけだ」

 クムクムが言った。

 彼女が言うならそうなんだろう。そう思うことにする。

 「ハーレムを持つのって大変なんだね……」

 「そりゃあ、人数集まってたら普通はどっかこじれるわな」

 「ですよね」

 「まあ、アリコワ家はまだ平和的で仲がいいほうだぞう。だからわたしもお前を引き渡したんだ。よその家にお前が行くって言いだしてたら、力づくで止めてたよ」

 「よそはもっとやばいの?」

 「他のダークエルフのハーレムでは、夫が実権を握るために別の夫を暗殺するとか、そのぐらいのこと平気で起こってるからな。お前なんかが行ったら速攻で謀殺されたり、濡れ衣着せられたりしてるよ」

 「おう……」

 「ダークエルフのハーレムで長いあいだ生き残れた異世界人の例はないな。お前が初の例になるかと思いきや、すぐ泣き言を言ったしなあ」

 「もっとエロゲみたいなの想像してたよ」

 「軍事国家の貴族の複婚制度がそう平和的なわけないだろう」

 クムクムはわっはっはとおれの肩をぽんぽん叩く。

 「おまえの尻の貞操などかわいい問題ってことだよ」

 「うーむ」

 「おまえ、そんなこともわからずに異世界ハーレムだのなんだの言ってたのか?」

 「はい、すいません」

 「なんだその都合のいい妄想は」

 「ちんちん未使用者の妄想で申し訳ございませんでした」

 「おまえのちんちんの使用歴はいいんだよ!」

 「尻もおかげさまで未使用で」

 クムクムはおれをひじで突く。



 「あれっ、ハイエルフがいる」

 ナジェとつかみ合いになりかけていたマルコが、ふと顔をあげる。

 イーライは服のすそをあげて丁寧なおじぎをする。

 「なんでハイエルフが?」

 「あ、ああ、完全に忘れてた。侵入者だ」

 これまでのいきさつが簡単に説明される。

 「ふーん……」

 「正直、処置に困っているところだ。なにか案でもあれば進言しろ、むろん、お前の処罰は別に沙汰するが、役に立つようなことを言えば、考えなくもない」

 ミフネはそう言った。助け船を出したような格好だ。

 「なるほどね……なるほど、なるほど」

 話を聞いているあいだ。マルコはイーライをじいっと見ていた。

 「……やっちゃおうよ」

 「は?」

 「……このハイエルフ、手籠めにしちゃおう」

 周囲の全員が凍りついた。

 「どういう意味だ?」

 「外交問題にするとまずいけど、腹の虫がおさまらないわけでしょ。だから」

 マルコは勝手に立ち上がり、ひざについた砂を払う。

 「だから?」

 「みんなでこのハイエルフをはがいじめにしておか」

 「バカか貴様は! 解決にならん!」

 ミフネはキレた。

 「もう少しマシなことを言うかと思ったら! 昔だったら切り捨てているぞ」

 「あ、あの。彼は素面ではございません」

 キオが現れて、マルコの弁護をした。ちゃんと服は着ていた。

 「……どおりで発言がおかしいと思った」

 「先ほど媚薬をかなり摂取されまして」

 「媚薬ぅ?」

 「そうそう。ウッドエルフから買った媚薬ね」

 マルコはバンザイのような格好をする。異様にテンションが高い。

 「さっき、そこの異世界人さんを犯そうと思って、紅茶に媚薬混ぜて飲ませて、自分もキメてたら、やりそこねて、しょうがないからキオに相手させようと思って、さあこれから、ってとこで、ここに連れてこられて、すごい欲求不ま」

 「まだ悪いクセが直らんのかあああああ!」

 ミフネがマルコの頭を思いきりどつく。

 コンクリートを割るような音がして、マルコはうずくまる。人間だったら死んでいただろう。マルコの足もとの床にヒビが入っている。

 「まったく……ああ、くだらな」

 「ウッドエルフ製の媚薬ですって!?」

 イーライがものすごい勢いで食いついてきた。

 「ちょっとお話を戻しても? さ、先ほど。わたしに何をなさると?」


 

 「その媚薬ってそんなに効きますの?」

 目をキラキラさせて話題に食いついてくるイーライ。

 「な、なんなんだこのハイエルフは……」

 イーライは身を乗りだしてマルコに話しかける。

 「ど、どうなんですの。実際」

 「あ、ああ、効くよ。実証済みだ。自分の身体で試したから。ぼくは慣れてるから平気だが、飲めばほとんど淫獣も同然だね」

 マルコは頭をさすりながら起きあがり、媚薬の入った小ビンをとりだした。持ってきていたらしい。何を考えているか分からないが、あんまり正気じゃないから深い意味はないのだろう。

 「あの異世界人さんには、お茶に混ぜて飲ませたんだけど」

 マルコがおれを指さす。視線がいっせいに集まる。

 「わりあいまともに見えるが……」

 「彼が正気でいるのは、あれだよ。……童貞だからだ」

 皆の目の前で童貞宣言されるおれ。

 「経験がないから、媚薬にあまり反応してないだけだ。だからわりと正気で動けてる。これはぼくの計算外だった。本当なら、今ごろ彼は欲情して正気を失い、ぼくなしではいられない状態にされていたはずなのだが、前も後ろも未経験だったため……」

 「正気を保ったと」

 「スイッチがなかったんだな……計算外だった」

 くやしそうに片目をおおうマルコくん。

 たしかに、さっきからやたら身体が火照るし皮膚が敏感だが、それはそれとして正気ではある。これが童貞パワーだとしたらそうなんだろう。

 「だが、そちらのハイエルフさんには効くだろうね」

 マルコは誘惑するようにイーライを見る。

 「貴女の期待どおりにね……」

 びくっとするイーライ。

 「べ、べべべ別に、あなたたちに捕まりたいとか、手籠めにされたいとか、そういうことは思ってませんわ、ただ、ちょっと参考までにもう少し詳しい説明を」

 「な……なんの参考だ……?」

 「説明なんかしようがないよ」

 マルコはニヤニヤ笑いながらビンのふたをあける。

 「……すごいよ?」

 「ま、まあ、わたくしは理性的ですから、そんなに変なことにはなりませんわ。だからたぶん効かないと思いますわ」

 「そんなの関係ないよ。試す?」

 「た、試したいなら。試せばいいんじゃありません?」

 「じゃあ実験してみようかなー」

 「お、おほほ、ハイエルフの清らかさを見せるいい機会ですわ」

 ちょっと、いやかなり不自然な言い訳をつけて、イーライは薬を受けとって口をつけた。ほとんど一気飲みであった。

 「あーあ、飲んじゃった」

 マルコはニヤニヤ言う。

 「ふつうの三倍ぐらいなんだけど。それ」

 「な、なんでこのハイエルフは喜んで怪しげな薬を飲んでるんだ?」

 「わかりません、理解不能です。どうしますか」

 「あ、ああ。ちょっとたしかに頭がぼんやりします。魔法とか使うの。今はちょっと無理になってきてます……全体的にムリになってきてます」

 「は?」

 「それにしても、ここ、気温高いですわね……本当に、暑くて頭がおかしくなりそう…………ああもう。服が汗でべとべと」

 なんか熱そうに胸元を開けはじめるイーライ。

 


 「うわー、イーライ学長、スイッチ入っちゃってますね」

 アイシャがあきれ果てたようすで言う。

 「なんだスイッチって」

 「ツボに入ったというか……あれはもう、ほっとくしかないです」

 「大丈夫なのか?」

 「大丈夫じゃないですかね」

 「なんか学長、ダークエルフにじわじわ囲まれてるんだが大丈夫か?」

 「世間的には大丈夫じゃないですが、学長的にはごほうび展開ですね……」

 アイシャはほおを赤らめて言う。

 「っていうか、おまえイーライ学長好きなんだろ! 止めなくていいのか!」

 「い、いいっす」

 なぜかニヤニヤ笑っているアイシャ。

 「本人、大喜びだからいいんじゃないですか。あーあ……見たくないんですよ! あの人のあんなとこ! あーもう、あのだらしない顔……見れたもんじゃないっす」

 とか言いつつ学長を見つめるアイシャ。息が荒い。

 「あぁ、わたしの学長が……もうすっかり」

 「ア、アイシャ、大丈夫か? なんかうれしそうな顔してないか」

 「べ、べべ、別にうれしくなんかないですよ。愛する学長が目の前で汚されるのを横から見て見て興奮する性癖とか、そういうのはわたしにはないっす! ないっすからね! マジで」

 耳まで真っ赤にしてそう言うアイシャ。彼女は親指をくわえて、じーっと学長が大変な事になっているのを見ている。どうも、止める気はいっさいないっぽい。

 おれとクムクムは顔を見合わせた。

 「アイシャ、大丈夫か?」

 「ジャマしないでください!」

 アイシャがおれたちを押しのける。

 「見えないじゃないですか。今いいところなんです!」

 見ると、学長がダークエルフ一同にどこかに連れていかれるところだった。なかば自主的にである。もう知らん。

 「あーあ、連れていかれちゃいました。どうなっちゃうんだろ……はあはあ」

 ヨダレをたらしているアイシャ。助ける気いっさいなし。



 「……ええんか?」

 「いいんですよ。学長なら、最悪、魔法で逃げられますし、安心です」

 「はあ」

 「…………安心して楽しめるのです!」

 満足げにため息を吐くアイシャ。

 「アイシャ、おまえこのあとどうするんだよ」

 「え? 帰りますよ」

 「は?」

 「このもんもんとした。行き場のない気持ちを抱えたまま帰ります。わたしが心から愛する学長が、あんなことやこんなことをされるのをいろいろ想像しまして、まあ。その、なんだ。楽しむわけですね」

 「あっはい」

 「あとで学長に会ったらば、どんなことになったか、ダークエルフたちにどんなことされたか、じっくりとっくり聞かせてもらうのです。いつもそうしてます」

 アイシャはすました顔をするが、耳まで真っ赤だ。

 「いつも?」

 「ええ、ああいうあとには、いつも」

 「それって……そういうことになってるわけか?」

 「……まあ、そうっすね」

 「つまり、学長と、そういう……楽しみ方を」

 「まあ……暗黙の了解みたいなのはありますね」

 アイシャは照れくさそうに笑う。

 「細かいことは恥ずかしいからいいませんが、わりといつも、こうですね」

 「へ、変態……」

 「へんたいだ……」

 おれとクムクムはそろってどん引きした。



 「……アイシャって、NTRなんだ」

 「なんだそれ」

 「耳貸して」

 おれはクムクムにNTRについて説明する。

 クムクムの耳が赤くなる。NTRとは『寝取られ』であり、要するに、好きな相手が別の人といたしているのを見て興奮するという特殊性癖の一種である。

 「うわあ……」

 「わかった?」

 「ああ。どうりで、イーライ学長もこいつを側に置いてたわけだ」

 クムクムはちょっと冷たいまなざしでアイシャを見る。

 「同類なんだ……へんたい同士、気が合うんだな」

 「やだなあ。わたしはそのNTRとかいう変態じゃないですよ」

 アイシャは手をぱたぱた振る。

 「たんに、そっちのほうが興奮するしイイってだけです。自分の好きな人が自分以外とまぐわっ」

 「それをNTRといいます」

 「そうですか。じゃあ、それですね」

 アイシャは完全に開き直っていた。

 「さいしょは、異世界人さんと学長をくっつけて楽しもうとしたのですが」

 「NTRで」

 「そうです。でも、ミフネちゃんが来たので、ミフネちゃんにあなたを誘惑させて妨害したらもっと楽しいと思ったのです! わたしががんばって学長とあなたの仲を妨害する! でもけっきょく、あんたみたいなどうしようもないやつに学長が奪われる! そっちのほうが興奮すると思ったので、やってみました!」

 力説するアイシャ。やってみましたじゃねえよ。

 「ちなみに、わたし学長にはもう50回ぐらい愛を告白して振られてます。年に一回ぐらいですね。そのあとがイイんですよ。わたしの愛を拒んだ学長が、別の相手と……がいちばんクるんですよ! ちょっとしたスパイスってやつですね!」

 ひとりできゃあきゃあと盛りあがってるアイシャ。

 やつですじゃねえよ。

 「愛を拒まれて、あたまの中がぐちゃぐちゃになってる状態で、愛する学長が別の相手とぐっちょんぐっちょんになっていくのが、もう最高なんです!」

 アイシャは恋する乙女のような表情で顔をおおう。

 「何か文句ありますか!?」

 「……」

 「……」

 「大ありじゃ!」

 「迷惑なんだよ!」

 おれとクムクムは同時にキレた。

 「全部お前のせいじゃないか!」

 完全に声がそろった。

 「もういい、へんたいは置いておいて帰るぞ!」

 クムクムはおれの手を引く。

 「……あのう。クムクムさん。そっちでいいんですか?」

 「なんだ? へんたいアイシャ」

 「シンくんじゃなくていいんですか」

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