出会って四秒で焼却(ラスボスが)

 「なんだぁ、その心配そうな目は?」

 クムクムはおれをにらむ。

 「それが人に助けてもらうときの態度か!」

 「そ、そう言われましても」

 自分の表情が引きつっていくのが感じられた。

 「勝てなくね?」

 クムクムは小柄である。背の低いコボルトの中でもさらに低い。

 いっぽう、相手のミフネはでかい。ダークエルフの基準では小柄らしく、本人はけっこう気に病んでいるらしいが、おれの人間基準だとでかいとしか言いようがない。アメリカのバスケの選手にならまあいるだろうな、ぐらいだ。

 どう見ても不利!

 「じゃあ助けを求めるな! ナメとるのか!」

 クムクムはおれを指さしてそう責める。

 ミフネはバスローブの袖をまくり、余裕の表情でかまえて「かかってこいや」のジェスチャーをしている。おれは格闘技のことはよくわからないが、蹴りで戦うような感じに見える。

 「そんなつもりは」

 「すぐ助けてやる。黙って見てろ……見えればだがな」

 クムクムはしゅっしゅっとシャドーボクシングのようなことをしてみせる。

 心配だった。

 彼女の両手は加速し、バットを振りまわすみたいな音をたてはじめる。このぐらいではもう驚かない。だいぶこの世界の非常識におれも慣れてきた。

 「そんな拳ではダークエルフの小指すら折れない」

 ミフネはにやにや笑っている。

 「これは賭けだ。わたしが勝ったらこいつは連れて帰る」

 クムクムはおれを指さす。

 「もちろん。だが……」

 「わかってる。おまえが勝ったら、こいつは好きにしろ。もう勝手にするがいい。へんな薬を飲ませて尻にちんちんをねじ込むのでも、ねじ込まれるのでも、煮るなり焼くなり好きにしろ。わたしは手を引く」

 「いいだろう」

 「話はついたな」

 クムクムとミフネは勝手に話をつけた。

 人間であるおれは完全にモノあつかいであった。人権、なし。



 「あのう……」

 おれはおずおず口を開く。

 「お、おれの人権は?」

 おれはクムクムに訊いてみる。

 「権利? そんなもの戦いで勝ちとるものに決まってるだろう」

 クムクムは拳をぎゅっと握り、説教モードでおれに言う。

 「コボルトはそうしてきたんだ」

 彼女にされる説教に少し安心してしまうおれがいる。

 「お前ら人間がこの世界でいつ権力闘争した? してないだろう。だから、わたしがお前の権利のためにわざわざ戦ってやろうとしているのではないか、状況がわかっとらんのか? お前はいまのところ、人権がない」

 クムクムはおれに拳を突き出してみせる。

 「あの……ミフネさん。おれの人権は?」

 おれはミフネに問うてみる。

 「人権?」

 ミフネは首をかしげる。

 「なんだそれは?」

 「……ええと、なんていうか……保障、みたいな、世の中の約束?」

 「私はそんなものは知らん。私が知らぬ法的保障は、この土地にはない。なぜならここはダークエルフの帝国であり、この地は皇帝によりアリコワ家の領と定められ、私がアリコワ家の家長だからである」

 ミフネは威厳をもってそう答えた。

 「よって、あるかないかで言えば、ない。この土地にはない。わたしが保障すれば、ある。つまり、おまえが決めることではない。答えは以上だ」

 ウィルがおれを抱きかかえたままぱちぱちと拍手する。

 「…………もういいです」

 おれは説得をあきらめた。

 賞品の位置におさまることにする。

 クムクム勝ってくれとしか言いようがない。



 「あっ、さてはおまえ、わたしが弱いと思ってるな」

 クムクムはおれに言う。

 「たしかに、そう思うのも無理はないな。おまえを襲ってきたウェルグングを倒したときは手こずったからな。でも、あれはお前を守らなきゃいけなかったからで」

 クムクムはドヤ顔で指を立てる。

 「じゃなかったら……あんなもん3ターンだ」

 「何だターンとは? 狂ったか?」

 ミフネが言う。

 「なんですかターンって。クムクムさんあたま大丈夫ですか」

 おれも言う。

 「3セットの攻防で倒せるってことだよ」

 クムクムが消えた。

 おれの目では追いきれなかった。おれが見たのは、ミフネの上に飛び乗るようにしてガスガス蹴りを叩き込むクムクムの姿と、それを腕で防ぐミフネの姿だけだった。

 クムクムはすぐに飛び退き、おれの近くに着地する。

 「ふーん。大口を叩くだけあるな」

 ミフネは感心したように腕をさする。

 「へえ……あのコボルト、やりますね。さすが、だんな様のお連れですねえ」

 ウィルは言う。これも皮肉なのか

 「いま、何があったの?」

 「あ、見えなかったんですか。あのコボルトが跳んで、壁を蹴りました」

 「三角飛び」

 「ですね。それをフェイントにしつつ天井に飛び移り、速度をつけながらミフネ様の首をねらって急降下して三段蹴りですね」

 「格ゲーかよ!」

 「格ゲーってなんですか?」

 「気にしなくてもいい、そいつは時々変なことを言うから」

 クムクムはおれを指さしてウィルに言う。

 「まともに話を聞いてると頭がへんになるぞ……」

 クムクムの姿が消える。

 「ご覧ください。だんな様。いま、あのコボルトの闘士が、床すれすれを高速で移動しながら、尾でフェイントをかけつつ、側面に回りこみましたね」

 ウィルが解説してくれる。

 「うん……ぜんぜん見えない」

 何発かの打撃がミフネの足に叩き込まれたらしい。目では追いきれなかったが、はぜるような音がした。野球部員が後輩の尻にバットを叩き込むような音である。だからたぶんそうなんだろう。

 ミフネは舌打ちして、かかとを床に叩きつける。

 砕けた床の破片が飛びちる。けん制らしい。

 「わあ、すごいすごい」

 ウィルはきゃあきゃあと喜んでいる。

 「わーい、ケンカだケンカだ!」

 コボルトたちも完全にやじ馬と化して喜んでいる。

 「ウィル、止めなくてもいいの?」

 「なぜ止める必要があるのですか? 決闘は神聖なものです」

 会話しているおれたちをよそに、クムクムとミフネの戦いは続く。というか加速していく。いずれにせよだれも止められない。

 ミフネが床の破片を握りつぶして目つぶしにしたり、クムクムが小石を拾いあつめて指ではじいて攻撃したり、バトルマンガさながらの展開であった。

 この戦いによりおれの命運はほぼ決するわけだが、こんなやつらが居るような世界で戦いに行くとか絶対イヤなので、おれはがぜんクムクムを大応援した。



 「さすがに強いな。他のダークエルフならもう立ってないぞ」

 クムクムが動きを止めて言った。呼吸は乱れていない。

 ミフネは荒く息をしながら身体をかがめている。

 「ダークエルフは、身体が頑丈すぎるのが厄介のひとつでな。なまじ、しのげてしまうから、振りの小さい攻撃を見ると、避けるよりも受けようとするのだが」

 ミフネはよろけながら立ち上がる。

 「悪いクセなんだよなあ……」

 クムクムが首を振る。それから彼女はおれを見て言う。

 「おまえには信じられないかも知れないが……実は、わたしは実はもとは武闘家だったのだ。ウソじゃないぞ」

 「あっはい、なんとなく知ってます」

 「そのあと、召喚士になって、お前がもともといた世界のような、異世界を探索するようになったんだ。なぜなら……もう……この世界には、いないから」

 「なにが?」

 「わたしに格闘で勝てる生き物が、だ」

 クムクムはぐっと拳をにぎりしめる。

 「どこかの異世界に、わたしより強いやつがいると思った! それと戦いたいから、わたしは召喚魔法をはじめたというわけだな! 異世界に行って、自分より強そうなのにケンカを売って遊ぶために!」

 戦いで興奮したのか、クムクムの目はらんらんとかがやいていた。

 「お前のいた世界だと……そうだな。いちばん強かったのは、鉄でできたでかいカブトムシみたいな化け物だ」

 「……戦車…………?」

 「あれは超強かったな……! ツノみたいなのを手刀で折ったら、勝手に爆発したけどな……!」

 にいっと歯を見せて笑うクムクムさん。すっごく、うれしそうな顔だった。

 あかん。

 クムクムさん、あかん人や。バトルマニアや。



 「……分かった、お前の勝ちだ」

 ミフネは手ぶりでウィルに合図して、おれを降ろさせる。

 このようにして、おれは自由になった。

 「もういい、そいつは煮るなり焼くなり好きにするがい……」

 ミフネが言いかけたとき、どこかで轟音が響いた。

 地震かと思ったが、建物が壊されている音のようだ。

 「ミフネ様!」

 武装したナジェが血相を変えて走ってくる。

 「早く! 早くその異世界人から離れてください! 他の皆も」

 「なんだ一体……」

 ミフネはふらつきながら立ち上がる。

 「ウィル、そいつを窓から捨てよ! 崖から落とすんだ!」

 「えっ、えっ?」

 「獣人が来た! 狙いはその異世界人に間違いない!」

 「ヴェルグングか、このあたりにまで入りこむのは珍しい。衛兵は何を」

 「衛兵では歯が立ちません!」

 ナジェはとり乱している。事態は深刻らしい。実家に帰ると言いだしたときよりもさらに冷静さを失っている。

 「これまでに例のない巨大さです! 近くに来ています! すぐにこの異世界人を窓から放り出してヴェルグングに食わせるんです!」

 「ひでえ!」

 おれは叫んだ。

 「他に手がない! 悪いが死んでくれ!」

 ナジェは真剣な表情で、おれの肩をつかむ。

 「ヴェルグングは異世界人を殺しに来る。それさえ済めば他の人畜には害を与えない。だから、生け贄になってくれ。たのんだぞ」

 「なるほど、ナジェ様がそう言うならしょうがないですね」

 ウィルは完全に納得した。

 「この異世界人のだんな様を見殺しにして、みんなで助かりましょう!」

 「待て待て待て! ほかに手はないのか!」

 ミフネが割って入る。

 「ミフネ様、これが最善手です! みんなのためです、しょうがない! みんなのためだから、しょうがないのです!」

 おれは頭をかかえた。



 ……いちおう、ここで弁護しておこう。

 ダークエルフたちは、いい人たちではある。

 身内にはあくまで情が深く、親切である。

 まあ、情が深すぎで、距離感がお互いにべったべたで、いろいろ問題も起こるが、いちど身内と認めればオールフォーワンな種族ではある。ただ、オールフォーワンである以上、反面、当たり前のようにワンフォーオールを要求する。

 ひとりはみんなのために。

 ……といえば聞こえはいいが、ようするに、大の虫のために小の虫を殺す、みたいなことにちゅうちょがない。それがダークエルフの文化だ。優しいが冷酷、なのだ。

 それは、説得だとか同情だとかでどうにかできる種類の文化ではない。

 なぜなら、ダークエルフはそうしないと生き残れなかった種族だから。乾燥地帯に放り出された追放者たちが、生き延び、作物を育て、鉄を作り、戦うには、熱狂的なまでの親族の結束が必要だったのだから。それがダークエルフを何者であるか、あるいは何者でないか決めているのだから。

 異世界人のちょっとした抗議やなんかで、どうにかできるものではないのだ。

 でもね……。

 死ぬのはイヤなんですよね! おれ!



 背後で爆発音がした。

 正確には爆発ではなかったが、おれにはそう感じられた。

 おれは振りかえる。まるで重機のような手が見えた。

 巨大な黒い手が、石造りの壁を突きやぶって建物に入りこんでいる。その手がなぎ払うと、壁と天井がごっそりとなくなった。

 その裂け目から、巨大な肉のかたまりが突っこまれる。それは怪物の鼻先だった。

 おれはあわてて飛び退いた。裂け目の向こうの、みょうに小さい目と視線が合う。

 鼻先の裂け目から、牙がのぞき、生臭い息が建物に吹きこまれる。

 「うわー!」

 「にげろにげろ!」

 やじ馬のコボルトたちは逃げ出した。

 「異常だ……こんな、信じられん」

 ミフネの怯えた顔をおれは初めて見た。だが彼女は逃げない。

 「わたしが独断で行動する。異世界人よ、お前を今から敵のほうに投げるから。食われてくれ。いいな?」

 ナジェがおれに言う。

 「みんなのために死んでくれるな?」

 「死にたくない!」

 ウィルは感動したような熱っぽい目でおれを見る。

 「だんな様は死にません。あなたの勇気はぼくのなかで永遠に生き続けます」

 「美談にしないでください!」



 皆がおびえ、おれが美談にされて殺されかけているとき、ただひとり、ポジティブな感情をもっている人がいた。

 クムクムさんである。

 「すごい、今まででいちばんでかい。こんな獣人見たことない」

 目をキラキラさせ、巨大な化け物を見上げるクムクムさん。

 いっぽう、ヴェルグングはかき出すような動作で建物をもりもり破壊している。

 「か、勝てるかな……こんな化け物がまだこの世界にいたなんて……し、しかしなんてことだ。異世界に行ってまで求めたものがこんな形で……!」

 青い鳥みたいなことを言いだすクムクムさん。

 クムクムさんの発言はメルヘンだったが、敵の見た目は完全にダークファンタジーだった。

 かつてはオオカミだったというウェルグングは、もうどんな生物にも似ていない。いびつなまでに巨大化した両の前足は、それだけで残りの胴体と同じぐらいあった。異様に発達した下あごと、口の中にぐちゃぐちゃに生えた牙の列。

 もうほ乳類という感じはしない、生き物なのかも怪しい。

 そんな化け物を前にして、クムクムさんはキラキラしていた。

 「はじめて敵に会えた……!」

 「そんなこと言ってる場合ですかクムクムさああああん!」

 「おまえちょっと黙ってろ。ジャマ、こいつと遊びたい」

 おれを追い払うしぐさをして、身がまえるクムクムさん。

 絶対勝てないよ!

 素手じゃん。クムクムさん!

 「……そうか、これだ。わかった」

 クムクムさんはうわごとのように言う。そしておれを見る。

 「これがわたしの運命の終着点なんだ……そのために、おまえはわたしによってこの世界に召喚され、おまえはその笛でわたしを呼んだのだ。そしてこの敵とわたしはめぐり会った。こうなる運命だったんだ。これがわたしの最後の敵だ……いっしょに戦おうじゃないか」

 クムクムさんはそう言って、巨大なウェルグングを見上げる。

 「これがわたしの運命だったんだ! わたしの物語はここで終わる!」

 その目にはたしかな狂気が宿っていた。

 あかん。

 この人がいちばんあかん人や。

 なんで気づかなかったんだ。



 そのとき、目の前が閃光につつまれた

 「ああああああっ、わたしの敵がああああっ!」

 頭をかかえて悲鳴をあげるクムクムさん。

 ウェルグングは燃え上がっていた。怪物は胸をかきむしるようなしぐさをして、まっ黒こげになって動かなくなった。それまで一分もかからなかったろう。

 クムクムとおれ、ほかのダークエルフも、ぼうぜんとその光景を見ていた。

 「さ、さすがでございますね。学長どの」

 聞きおぼえのある声がした。

 「あれほどの巨大さのウェルグングは歴史上類を見ないというのに、学長どのとは言え、まさか瞬殺するとは。恐れ入りましたでございますです」

 別の聞きおぼえのある声がそれに答える。

 「おほほほ、まあ、今日はたまたま調子が良かったのです。

  (意訳:どや! これが実力じゃ!)」

 床が青く輝き、光の粒子があたりに舞った。その中から二人組のエルフが現れた。ウッドエルフとハイエルフである。

 「し、しかし、この世界のモンスターってどんどん大型化しておりますね」

 ウッドエルフは媚び媚びの口調で言って、もみ手をした。アイシャである。

 「みなが魔法を使いすぎるからですわね、ほほほ」

 ハイエルフは上品な笑顔で答える。アイシャの上司にして、アイシャいわくスーパー淫乱のイーライ学長である。

 「とくに召喚魔法はもっとも予測不能な影響を与えますから、危険ですわ」

 「さようでございますか。は、はは……」

 和気あいあいと話すエルフ。

 いっぽう、クムクムさんは濁っていた。

 「あ、ああああ…………やっと強敵に会えたと思ったら」

 急速に気力を失うクムクムさん。

 「あかん……泣きそう、泣く」

 おれに頭をがすがす打ちつけ、すがりついて泣くクムクムさん。

 「あ、生きてた生きてた。あの蛮族。また全裸だ!」

 アイシャがおれを指さす。

 「ありゃ、クムクムさん泣かしたんですか、あんた。殺しますよ」

 「おまえらだよ」

 「ひ弱なあんたがどうやって泣かしたんです?」

 「おまえらだってば。でも助かった……わこつって感じだ」

 「わこつって何ですか? あたま大丈夫ですか?」

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