小さな恋のメロディ、路地裏乱闘編

 「まあ……その。なんだ」

 クムクムは袋をひろいあげ、中の金貨をたしかめる。

 金貨の枚数はわからないが、金の量でいうと、だいたい親指ふたつぶんといったところに見えた。

 この世界で金貨がどのぐらいの価値なのかはわからないが、安くはないだろう。

 その証拠に、やじ馬の目の色が変わっている。

 おれたちのまわりにできた人だかりは、ますます大きくなってきていた。やばそうな雰囲気である。

 

 「おうコラ、見せもんじゃねえぞ!」

 シンがカタナを抜いて大声でやじ馬を追い払う。

 「見るなら置くもん置いてけや! 見料はてめえらの耳だぁ!」

 シンはそう叫んでカタナを振りまわす。

 文字どおりの剣幕に、やじ馬の半分ぐらいは逃げていった。

 しかし、残りの半分はまったくびびらない。

 「金くれ! くれ!」

 「耳でいいなら両方やる! 金貨くれ!」

 やじ馬の中でも、とくに危なげな連中が、ここぞとばかりに近づいてくる。

 「金をよこせ!」

 強引に金貨を奪いとろうとする者もいる。

 「強盗じゃん!」

 「死にてえのかてめえら!」

 シンが一喝する。

 すさまじい大声だった。耳がキンキンする。

 「斬られねえと高くくってるようだが……」

 シンがカタナを振りまわすのをやめて、上段にかまえた。

 寒気がした。

 「高くつくぞ……」

 シンはおそらく本気でだれか斬るつもりだった。

 目つきがふだんとぜんぜん違う。

 殺気というやつを感じたのか、強盗じみた連中は後じさっていく。

 しかし、ひとりだけビビらないやつがいた。

 「耳やるから金くれ!」

 小柄なダークエルフの老人が、両耳を引っぱりながら笑顔でこっちに突進してくる。

 「これもカナモノだぜ、ほらよ」

 シンはカタナのみねを、容赦なく老人の脳天に叩き込む。

 「ぐわあああああああああああ!」

 叫びながらのたうち回る老人。

 彼は地面をブレイクダンスのように回転し、近くに置かれていたボロボロのタルをふたつ破壊した。

 「シン、おまえ鬼か!」

 「丸腰の年寄りだから手加減しただろうが」

 シンはぺっと唾をはく。

 「武器もってたら首はねてるぜ」

 タルを壊した老人は、はね返ってこっちに戻ってきて、がばっと起きあがった。

 「今のはちょっとだけ痛かったぞーッ!」

 老人は歯が半分ない口で叫ぶ。

 「げっ、超元気」

 「ほらな」

 「いまくれるって言ったよな! そのカタナをよこせ!」

 そう言いながら、老人はハゲ頭をこちらに向ける。

 「ほら、このへんちょっと赤くなっとるだろう! 慰謝料をよこせ!」



 「金くれ!」

 後ろで声がした。

 振りかえると、ダークエルフの少年がおれのジャージにしがみついてくる。

 「珍しい服だな! 金持ちか?」

 そう言いながら彼はおれのジャージのズボンをおろす。

 「脱がすなッ!」

 おれは大声をあげてジャージを引っぱりもどす。

 この状況はやばい。

 「きみ、強引に人の服を脱がすのはよくないな」

 エコー先生が笑顔で少年に注意する。

 「そのような行動は、すべて性ホルモンの異常によるものだ。簡単な治療法がある。去勢手術だ。心配しなくていい、無償で手術してあげよう……」

 エコー先生はにこにこ笑顔で少年に言う。

 「レーザーメスですぐ済む」

 エコー先生の腕が割れ、中から医療器具のついたマニピュレーターがするすると伸びる。

 「さあ、局部を切断しようか」

 「え……え……」

 さっきまで強気だった少年の顔に、みるみる恐怖の色が浮かぶ。

 「ちんちん切るの……?」

 「ああ、そうだよ」

 エコー先生は笑顔で言う。

 「ひ……ひっ」

 少年は尻もちをついて、身体を引きずるようにあとじさる。

 「怖くないさ。簡単な不要臓器の切除だ。はじめよう」

 エコー先生はかがんで少年に目線をあわせ、少年に手をさしのべる。

 「こ、来ないで、ご、ごめんなさい、すいませんでした……」

 少年は涙目で謝る。

 たぶん、伝わったのだろう。

 エコー先生のやばさが。

 本気が。

 その証拠に、エコー先生のまわりから、すなわちおれのまわりから、ダークエルフたちがずいずいとあとじさっていく。



 「おい、いまのうちにさっさと行こう!」

 クムクムがおれの手をつかんで引っぱる。

 「いまのうちに! シンも」

 「おうよ」

 シンはそう応じつつ、まだあきらめないダークエルフの老人にアッパーカットを食らわせた。クリーンヒットしていた。

 ちゃんとジャンプして、脚の筋力も加算したアッパーである。格闘ゲームでいうところの強パンチの概念である。

 老人はブリッジの姿勢で倒れた。さすがに無事ではいられまい。

 「手加減ないな! コボルトの若造!」

 その姿勢から腹筋で身体を起こす老人。

 「げえっ!」

 「口が切れてしまった。酒で消毒しないと……!」

 彼は口から垂れた血をぬぐう。

 「酒を買う金を慈悲深い誰かさんがくれないものだろうかのう!」

 「いいだろう、てめえの勝ちだ!」

 シンは自分の財布をとりだし、小銭をわしづかみにして老人に投げつける。

 「いい酒飲めや!」

 たくさんの小銭が地面に飛びちる。

 「金だあああ!」

 「この金はおれの影の上に落ちた! おれのものだ!」

 ダークエルフたちは当たり前のように乱闘をはじめた。

 「おっ、ケンカだ!」

 「わーい!」

 「いけ! そこだ! 殴れ! 殺せ!」

 さっきシンが追い払ったダークエルフたちが、また戻ってきていた。

 「賭けだ! 誰か胴元やれ!」

 「おいガキ! 殴るな! 首を絞めろ!」

 彼ら彼女らは目をかがやかせて、さっきの老人が少年と殴り合うのを見て、凶暴極まりないヤジを飛ばしていた。

 「なんなんだよこの種族!」

 「いいからはやく行くぞ!」

 おれとクムクムは走って、人混みをどうにか抜けた。

 「彼ら、好戦的にもほどがあるね」

 エコー先生も走り出した。

 シンもすぐについてくる。

 「……おまえ、こいつらの身内になるんだぞ」

 おれたちはどうにか逃げ出した。

 

 

 「……ふう」

 なるべく大きな道をえらんで走っていくと、どうにか、わりあい落ち着いた大通りに出ることができた。

 汗をかいたが、空気が乾いているからそれほど苦ではない。

 「のどかわいたな」

 「……とりあえずお茶して、甘いもんでも食うか」

 クムクムが言う。おれも賛成であった。

 「金はあるしな。どの店にしようかな~」

 クムクムはあたりを見回す。

 さっきまでいたところと違い、きれいな建物が並んでいる通りだった。

 道もちゃんと舗装されているし、建物も焼いたレンガで作られて、道ゆく人の身なりもいい。高級なエリアなのだろう。

 「一番高い店に行って。甘い物を食いまくるか」

 「クムクム、まだ食うの」

 「甘い物は別腹だ。さいきん腹が減るしな」

 「ところで……クムクムさん」

 シンがなにかちょっと言いにくそうな様子で、クムクムに声をかける。

 「さっきアイシャが言ってたことだが……」

 「なんだ?」

 「く、クムクムさん、もうすぐ発情期なの……ですか?」

 シンは耳を赤くしながら、クムクムをちらちら見ている。

 「……」

 クムクムは無言で逆立ちする。

 「えっ? クムクムさん?」

 「…………性的な」

 クムクムは逆立ちしたまま、ぐるんと腰をひねる。

 「……まなざしを」

 クムクムの脚が一瞬、消えた。

 ぶん、ぶんとバットを振りまわすような音だけがした。

 「むけるなああああああ!」

 クムクムの逆立ち回転蹴りが、シンの胸に叩き込まれる。

 「ぐわあああああああああああああ!」

 シンは空中で一回転して、地面に倒れた。というか、落ちた。

 「お、おい、大丈夫かシン!」

 おれはシンに駆けよって抱き起こす。

 「こ、これはひどすぎるだろ!」

 「しまった。すまん、つい……」

 クムクムは気まずそうに指先をつき合わせる。

 「だって急に近づくから……」



 「おい、大丈夫か」

 「す、すげえ蹴りだ……へへ」

 シンはボクシングのマンガの主人公みたいな笑顔を浮かべる。

 「間違いない……あれだ……しかも、わりと、おれに気が……ある」

 おれが抱き起こしていたシンの身体が、ずしっと重くなる。

 「シンー!」

 おれは叫ぶ。

 「……弱い」

 クムクムがシンを見おろして言う。

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