どっちかえらべ! 異世界エルフ編

 「これはもう、選ぶしかないぞ」

 クムクムはおれに言った。

 「おまえがハイエルフのほうに行くか、ダークエルフの方に行くか」

 おれたちは、テーブルをかこんで夕食をとりながら、ちょっとした会議のようなことをしていた。

 メンツはおれとクムクム、アイシャとエコー先生だ。

 ダークエルフのミフネはすでにここを発っていた。彼女は去りぎわに、何度も、ダークエルフの方に来いとおれに言い含めた。

 夕食はパンをあぶったものと、ほとんど塩水みたいなスープと、それからワインだ。チーズはわりあいうまく感じたが、ワインは酢みたいな味がした。

 それから肉の煮物のようなもの……。肉といってもいろいろな部位が入っている。なんの肉かはあえて訊かなかったが……昨日とれたやつだろう。ひどくクセがあった。せめてショウガ醤油でもあってくれればな、と思う。

 「おまえはこの世界にきたばかりだから、こんな決断をせまるのも酷というものだが、おまえの問題なんだぞ」

 「……どういう状況なんだ?」

 クムクムの表情がまじめなので、おれもつられて緊張してくる。

 「わたしたちがやっている異世界人の召喚は、べつに遊びではない。ハイエルフの大学と、ダークエルフの軍部がおもなスポンサーだ。大学は異世界の知識や技術を研究するため、軍はもちろん戦力の強化のために、資金が出てる」

 「予算が削られてますけどね」

 アイシャはそういって、肉の煮物をもぐもぐと口にはこぶ。

 「戦争が終わって平和になりましたから、異世界のものを使ってすこしでも戦況を有利に、そのためには金はいくらでも、みたいな状況ではなくなりましたし」

 おれは同じように煮物を食うが、油のにおいと筋ばった肉にうんざりする。腹が減っていたから食うには食えたが、口に合うとはとてもいえない。

 「あまり成果も出せていないからな」

 クムクムがため息をつく。

 「生きて到着した異世界人すら、おまえがけっこうひさしぶりだ」

 「召喚のチャンスは年にいくらもないですからね。しょうがないことです」

 「いずれにせよ、だ」

 クムクムがパンをワインに浸しながらいう。

 「みもふたもない言い方だが、おまえはわたしたちの『成果』なわけだ。だからスポンサーであるハイエルフの大学か、ダークエルフの軍の少なくともどちらかに、おまえは協力することになる」

 「できれば活躍して、すこしでもこの世界に役立つことをしてほしいのですよ」

 アイシャはいかにも期待してなさそうに言う。

 「この世界にはびこるジャガイモ汚染を食い止めろとまではいいませんが」

 「せめて異世界の知識のひとつぐらいもたらしてほしいな」

 「そんなこといわれても」

 「困るのはわかるが、わたしたちも委託機関のようなものなのだ」



 「心配しなくても、べつに奴隷にされるわけじゃないさ」

 部屋のすみに立っていたエコー先生がおれに言う。

 「召喚された者として、あるていどの義理を果たして、ちょっと役に立ってあげればいい。そのあとは、ぼくみたいにそれなりに自由にこの世界で暮らすことだってできなくはない」

 「なるほど……」

 「アイシャから聞かせてもらったが、きみは運よくハイエルフの学長とダークエルフの軍人の両方に気に入られたんだろう? なら、どちらかにつけば、この世界での立場は得られるだろう」

 「イーライ学長の愛人になれば、それなりに贅沢な暮らしが約束されますよ」

 アイシャが言う。

 「ダークエルフの味方につけば、身の安全はおおむね保障されるだろうな」

 クムクムが言う。

 「そして、どっちにもつかないとか、両方の味方とかは、ありえない。この場所できみが独力で生き残れる可能性はとても低い」

 「うーん……」

 おれは上の空で考えていた。

 「悩むのはわかるけどね」

 エコー先生の言うとおり、おれは悩んでいた。

 もちろんエロいことについてである。

 ハイエルフのイーライのあられもない夜の姿。

 ダークエルフのミフネの鎧の下の秘密などについてだ。

 「こいつでも悩むぐらいできるんだなあ」

 クムクムがふやけたパンをかじる。

 「いちおう、知能はあるようですね」

 アイシャはうまそうに肉を食っている。

 「淫乱か……乳か……」

 おれはつぶやく。

 「何を考えとるんだおまえは!」

 クムクムがどなる。



 「どちらにせよ」

 クムクムは決心したように言う。

 「おまえについていくからな」

 「えっ」

 「べ……べつに、おまえのことが心配なわけじゃないからな!」

 「あ、ツンデレだ」

 「ツンデレってなんだ? とにかく、わたしにはおまえを召喚した責任があるからな。おまえに好き勝手させておいたら何が起こるかわからん」

 「フフ、そういうことにしておこう」

 「もうええわ、とにかく、ついていくからな。どっちを選ぶのもおまえの勝手だが、重要な決断だからな」


 「そして、ぼくもついていくことにする」

 エコー先生が言う。

 「おお、エコー先生もおれを心配してくれるとは!」

 おれは彼の優しさに感動した。

 「まあ、そうかも知れないね。ぼくはきみを心配してると思うよ」

 エコー先生はやさしい笑顔をおれに向ける。

 「……赤ちゃんや徘徊老人を心配するのと同じようにね。きみはいろいろな面で、目が離せない。何をしでかすかわかったもんじゃない。医療にかかわる者として、とても無視できない」

 「わかる。わたしもそうだ」

 クムクムはうなずく。

 「わらの山の上に座って火遊びしてるやつがいたら、目が離せないものなあ」

 「そうそう。そうなんだよ。目が離せないんだ。乳児とかと同じで」

 おれは照れてしまう。

 「なあんだ。おれってあんがいみんなに愛されてるんだなあ」


 「はーい。提案です」

 アイシャが手をあげる。

 「ハイエルフのイーライ学長のほうに会いにいきましょう。そして愛人になって彼女が飽きるまでご奉仕してください。楽な仕事でしょう?」

 アイシャはおれをそう誘惑する。

 「どうです? 彼女でどうです?」

 彼女はニコニコ笑顔のままずっと距離を詰めてくる。怖い。

 「あと。ハイエルフ王国のほうが食べものは格段においしいですよ。宮廷料理が発達してますから!」

 クムクムはうなずく。

 「くやしいが、あれはうまい」

 「どうです? ハイエルフでどうです?」

 アイシャはおれの両肩をがしっとつかむ。

 「わたしもついていってガイドしてあげますから、いろいろ安心です。悪いようにはしませんよ。どうです? どうです? ハイエルフでどうです?」


 「個人的には、ダークエルフ帝国のほうに行きたいんだが」

 エコー先生はおれに言う。

 「ミフネ氏のアーマーを見ただろう?」

 「ええ、見ました。とてもえっちですよね! エコー先生もああいうのが好きなんですか! やっぱり男の子設定なだけはありますよね!」

 「そういうことじゃなくてさ……」

 エコー先生は呆れた様子だ。

 「アーマーを見るかぎり、ダークエルフの金属加工がほかの種族よりも高いレベルなのはまちがいない」

 「それは事実ですね」

 「そうなると、ダークエルフと接触すれば質の高い金属が手に入る可能性が高いはずだ。少なくとも金属の資源と、精錬設備を彼らは持っているはずだ」

 エコー先生は同意を求めるようにおれを見る。

 おれは意味がわからないので、とりあえずスマイルを返した。

 「硫酸なんかもあるかもしれない。だとしたら、ボルタ電池や鉛蓄電池が作れる。今のぼくみたいにレモン電池で充電する必要はなくなる」

 「よくわからないが、錬金術の材料が手に入るということか?」

 クムクムが口をはさむ。

 「そう思ってくれていい」

 「どういう利点があるのか?」

 「……そうだな。少なくとも、ぼくの戦闘能力が200%ぐらい向上するだろうね。それから、医療器具が作れるはずだ。この世界の医療レベルを100年分ぐらい先に進めてあげることもできなくはない」

 「なるほど」

 「ダークエルフに兵器や合金の技術を教えて、彼らから何かをひき替えに得ることもできるだろう。やらないけどね」

 「……エコー先生」

 クムクムは彼をにらむ。

 「なぜそれを今まで黙っていた? いつでもできたのだろう?」

 「君たちの世界を破壊しないためだ」

 クムクムとエコー先生はじっと睨み合う。



 「むー、先生と意見が割れてしまうとは」

 アイシャは腕組みをする。

 「わたしとしては。異世界人のあなたにはイーライ学長とどろどろのくっちょんぐっちょんの愛人関係になっていただいて、わたしの出世をたしかなものにしていただきたいのですが!」

 「公私混同がすぎるよ。アイシャ」

 「エコー先生だって自分の都合が入ってるじゃないですか!」

 「それは否定できないな……でも電気はぼくの死活問題だ」

 「わたしだって命かかってます。出世に命かけてるんです!」

 アイシャは強い口調で言った。

 「わたしがウッドエルフの学者として出世したら、ほかのウッドエルフたちも考えを変えるかもしれません。森と狩りだけが生き方じゃないことに彼らも気づくはずです」

 アイシャの目には強い決意が宿っていた。

 おれは彼女を見直した。自分のためだけにのし上がろうとしているわけではないようだ。

 「気持ちは分かるけどな……」

 クムクムはおれを指さす。

 「いずれにせよ。こいつの決断だ。決めろ。ダークエルフのほうに行くか、ライトエルフにつくか」



 「……これは。ルート分岐」

 おれは感激しながら言った。

 「これは! ルート分岐だな! ダークエルフルートとハイエルフルートに分岐するんだな! そういう事だな」

 「は?」

 みながわけがわからないといった顔でおれを見る。

 「……ルート分岐というのはよくわからないが、ここでどちらを優先するかは重要だよ。ダークエルフとハイエルフはこの土地の二大勢力だからね」

 「ああ」

 「よく考えて決めた方がいい」

 「わかる」

 「シャレにならない決断ですよ。なんにせよ。どちらかに肩入れすればもう一方からは反感を受けることになります。これは外交ですよ」

 「もちろん、だが……」

 おれはそれぞれの顔を見て、言う。

 「……おれの心はもう決まっている」

 「お、おまえめずらしくキリッとした顔してるじゃないか」

 「重要な決断だからな」

 「どっちに決めたのかな」

 「ああ……おれは……」

 みなが緊張した顔でおれを見ている。

 ゲームだったらここでセーブしたいところだな。

 「きみは?」

 「……ダークエルフにつく」

 「決まりなんだな?」

 おれはクムクムにうなずく。

 「ああ。ミフネさんに会いに行こう」

 「ぼくとしてはありがたいが、どうしてそう決断した?」

 エコー先生が問う。

 「……露出度だ」

 おれは重々しく言った。

 「いっけん上品なハイエルフ貴族のドスケベな裏の顔、ドロドロ愛人コースも捨てがたいが、やはりダークエルフビキニアーマーのあの露出っぷりにまさるものはない。高身長の女傑というのもいいかもしれない。あの褐色の肌にうずもれることを考えると……」

 「うん、バカなのかな」

 エコー先生は真顔でうなずく。

 「答えなくていい。きみはバカだ」

 「こんなバカのせいでわたしの将来が……」

 アイシャの目から涙が落ちる。

 「すまないアイシャ…………褐色の乳がどうしても」

 「うん。すこし黙った方がいいね」

 エコー先生はため息を吐く。ため息機能があるとは思わなかった。

 「とにかくダークエルフだ。決まりだな」

 「ああ、褐色の乳」

 「すこし黙った方がいいね」

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