破壊の杖②




 四人はミス・ロングビルを案内役に、早速出発した。


 馬車といっても、屋根ナシの荷車のような馬車であった。

 襲われたときに、すぐに外に飛び出せるほうがいいということで、このような馬車にしたのである。


 ミス・ロングビルが御者を買って出た。

 キュルケが、黙々と手綱を握る彼女に話しかけた。


「ミス・ロングビル……、手綱なんて付き人にやらせればいいじゃないですか」


 ミス・ロングビルは、にっこりと笑った。


「いいのです。わたくしは、貴族の名をなくした者ですから」


 キュルケはきょとんとした。


「だって、貴女はオールド・オスマンの秘書なのでしょ?」

「ええ、でも、オスマン氏は貴族や平民だということに、あまり拘らないお方です」

「差しつかえなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」


 ミス・ロングビルは優しい微笑みを浮かべた。

 それは言いたくないのであろう。


「いいじゃないの。教えてくださいな」


 キュルケは興味津々といった顔で、御者台に座ったミス・ロングビルににじり寄る。

 ルイズがその肩を掴んだ。

 キュルケは振り返ると、ルイズを睨みつけた。


「なによ。ヴァリエール」

「よしなさいよ。昔のことを根掘り葉掘り聞くなんて」


 キュルケはふんと呟いて、荷台の柵に寄りかかって頭の後ろで腕を組んだ。


「暇だからおしゃべりしようと思っただけじゃないの」

「あんたのお国じゃどうか知りませんけど、聞かれたくないことを、無理やり聞き出そうとするのはトリステインじゃ恥ずべきことなのよ」


 キュルケはそれに答えず、足を組んだ。

 そして、イヤミな調子で言い放った。


「ったく……、あんたがカッコつけたおかげで、とばっちりよ。何が悲しくて、泥棒退治なんか……」


 ルイズはキュルケをじろりと睨んだ。


「とばっちり? あんたが自分で志願したんじゃないの」

「あんたが一人じゃ、サイトが危険じゃないの。ねえ、ゼロのルイズ」

「どうしてよ?」

「いざ、あの大きなゴーレムが現れたら、あんたはどうせ逃げ出して後ろから見てるだけでしょ? サイトを戦わせて自分は高みの見物。そうでしょう?」

「誰が逃げるもんですか。わたしの魔法でなんとかしてみせるわ」

「魔法? 誰が? 笑わせないで!」


 二人は再び火花を散らし始めた。

 タバサは相変わらず本を読んでいる。


「ケンカすんなよ! もう!」


 才人が間に入ってとりなした。


「ま、いいけどね。せいぜい、怪我しないことね」


 キュルケはそういうと、手をひらひらと振ってみせた。

 ルイズはぐっと唇を噛んでいる。


「じゃあダーリン。これ使ってね?」


 キュルケは色気たっぷりに流し目を才人に送ると、自分が買ってきた剣を手渡した。


「あ、ああ……」


 才人はそれを受け取った。


「勝負に勝ったのはあたし。文句はないわよね? ゼロのルイズ」


 キュルケが才人に剣を渡した。

 ルイズは、ちらっと二人の様子を見たけど、何も言わなかった。





 馬車は深い森に入っていった。

 鬱蒼とした森が、五人の恐怖をあおる。

 昼間だというのに薄暗く、気味が悪い。


「ここから先は、徒歩で行きましょう」


 ミス・ロングビルがそう言って、全員が馬車から降りた。

 森を通る道から、小道が続いている。


「なんか、暗くて怖いわ……、いやだ……」


 キュルケが才人の腕に手をまわしてきた。


「あんまりくっつくなよ」

「だってー、すごくー、こわいんだものー」


 キュルケはすごくうそ臭い調子で言った。

 才人はルイズが気になって、斜め後ろを振り向く。

 ルイズは、ふんっと顔を背けた。





 一行は開けた場所に出た。

 森の中の空き地といった風情である。

 およそ、魔法学院の中庭ぐらいの広さだ。


 真ん中に、確かに廃屋があった。

 元は木こり小屋だったのだろうか。

 朽ち果てた炭焼き用らしき窯と、壁板が外れた物置が隣に並んでいる。


 五人は小屋の中から見えないように、森の茂みに身を隠したまま廃屋を見つめた。


「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるという話です」


 ミス・ロングビルが廃屋を指差して言った。

 人が住んでいる気配はまったくない。


 フーケはあの中にいるのだろうか?


 才人たちは、ゆっくりと相談をし始めた。

 とにかく、あの中にいるのなら奇襲が一番である。

 寝ていてくれたらなおさらである。


 タバサは、ちょこんと地面に正座すると、皆に自分の立てた作戦を説明するために枝を使って地面に絵を描き始めた。


 まず、偵察兼囮が小屋のそばに赴き、中の様子を確認する。

 そして、中にフーケがいれば、これを挑発し、外に出す。

 小屋の中に、ゴーレムを作り出すほどの土はない。

 外に出ない限り、得意の土ゴーレムは使えないのであった。


 そして、フーケが外に出たところを、魔法で一気に攻撃する。

 土ゴーレムを作り出す暇を与えずに、集中砲火でフーケを沈めるのだ。


「で、偵察兼囮は誰がやるの?」


 才人が尋ねた。

 タバサは、短く言った。


「すばしっこいの」


 全員が一斉に、才人を見つめた。

 才人はため息をついて言った。


「俺かよ」


 才人はキュルケから貰った名剣を、鞘から抜いた。


 左手のルーンが光りだす。

 それと同時に、体は羽でも生えたみたいに軽くなる。


 すっと一足跳びに小屋のそばまで近づいた。

 窓に近づき、おそるおそる中を覗いてみた。


 小屋の中は、一部屋しかないようだった。

 部屋の真ん中に埃の積もったテーブルと、転がった椅子が見えた。

 崩れた暖炉も見える。テーブルの上には、酒壜が転がっていた。


 そして、部屋の隅には、薪が積み上げられている。

 やはり、炭焼き小屋だったらしい。


 そして、薪の隣にはチェストがあった。

 木でできた、大きい箱である。


 中には人の気配はない。

 どこにも、人が隠れるような場所は見えない。


 やはり、ここにはもういないのだろうか?


 しかし、相手はメイジの盗賊、土くれのフーケである。

 いないと見せかけて、隠れているのかもしれない。


 才人はしばらく考えたあと、皆を呼ぶことにした。

 才人は頭の上で、腕を交差させた。

 誰もいなかったときの場合のサインである。


 隠れていた全員が、おそるおそる近寄ってきた。


「誰もいないよ」


 才人は窓を指差して言った。

 タバサが、ドアに向けて杖を振った。


「ワナはないみたい」そう呟いて、ドアをあけ、中に入っていく。


 キュルケと才人が後に続く。

 ルイズは外で見張りをすると言って、後に残った。

 ミス・ロングビルは辺りを偵察してきますと言って、森の中に消えた。





 小屋に入った才人たちは、フーケが残した手がかりがないかを調べ始めた。


 そして、タバサがチェストの中から……。

 なんと、『破壊の杖』を見つけ出した。


「破壊の杖」


 タバサは無造作にそれを持ちあげると、皆に見せた。


「あっけないわね!」


 キュルケが叫んだ。

 才人は、その『破壊の杖』を見た途端、目を丸くした。


「お、おい。それ、本当に『破壊の杖』なのか?」


 才人は驚いて言った。


「そうよ。あたし、見たことあるもん。宝物庫を見学したとき」


 キュルケが頷いた。

 才人は、近寄って、『破壊の杖』をまじまじと見つめた。


 間違いない。これは……。


 そのとき、外で見張りをしていたルイズの悲鳴が聞こえた。


「きゃぁああああああ!」

「どうした! ルイズ!」


 一斉にドアを、振り向いたとき……。

 ばこぉーんといい音を立てて、小屋の屋根が吹っ飛んだ。


 屋根がなくなったおかげで、空がよく見えた。

 そして青空をバックに、巨大なフーケの土ゴーレムの姿があった。


「ゴーレム!」


 キュルケが叫んだ。


 タバサが真っ先に反応する。

 自分の身長より大きな杖を振り、呪文を唱えた。

 巨大な竜巻が舞い上がり、ゴーレムにぶつかっていく。


 しかし、ゴーレムはびくともしない。


 キュルケが胸にさした杖を引き抜き、呪文を唱えた。

 杖から炎が伸び、ゴーレムを火炎に包んだ。

 しかし、炎に包まれようが、ゴーレムはまったく意に介さない。


「無理よこんなの!」


 キュルケが叫んだ。


「退却」


 タバサが呟く。

 キュルケとタバサは一目散に逃げ出し始めた。


 才人はルイズの姿を探した。


 いた!


 ゴーレムの背後に立っている。

 ルイズはルーンを呟き、ゴーレムに杖を振りかざした。


 巨大な土ゴーレムの表面で、何かが弾けた。

 ルイズの魔法だ!

 ルイズに気づいてゴーレムが振り向く。

 小屋の入り口に立った才人は二十メイルほど離れたルイズに向かって怒鳴った。


「逃げろ! ルイズ!」


 ルイズは唇を噛み締めた。


「いやよ! あいつを捕まえれば、誰ももう、わたしをゼロのルイズとは呼ばないでしょ!」


 目が真剣だった。


 ゴーレムは近くに立ったルイズをやっつけようか、逃げ出したキュルケたちを追おうか、迷っているように首をかしげた。


「あのな! ゴーレムの大きさを見ろ! あんなヤツに勝てるワケねえだろ!」

「やってみなくちゃ、わかんないじゃない!」

「無理だっつの!」


 才人がそういうと、ルイズはぐっと才人を睨みつけた。


「あんた、言ったじゃない」

「え?」

「ギーシュにボコボコにされたとき、何度も立ち上がって、言ったじゃない。下げたくない頭は、下げられないって!」

「そりゃ、言ったけど!」

「わたしだってそうよ。ささやかだけど、プライドってもんがあるのよ。ここで逃げたら、ゼロのルイズだから逃げたって言われるわ!」

「いいじゃねえかよ! 言わせとけよ!」

「わたしは貴族よ。魔法が使える者を、貴族と呼ぶんじゃないわ」


 ルイズは杖を握り締めた。


「敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!」


 ゴーレムはやはりルイズを先に叩きのめすことに決めたらしい。

 ゴーレムの巨大な足が、持ち上がり、ルイズを踏み潰そうとした。

 ルイズは魔法を詠唱し、杖を振った。





 しかし……、やはり、ゴーレムにはまったく通用しない。

 ファイヤーボールでも唱えたのだろうが、失敗したようだ。

 ゴーレムの胸が小さく爆発するのが見えたが、それだけだ。

 ゴーレムはびくともしない。わずかに土がこぼれただけだ。


 才人は剣を構えると、飛び出した。


 ルイズの視界に、ゴーレムの足が広がった。

 ルイズは目をつぶった。


 そのとき……、烈風のごとく走りこんだ才人が、ルイズの体を抱きかかえ、地面に転がる。


「死ぬ気か! お前!」


 才人は思わず、ルイズの頬を叩いた。

 ぱっしぃーん、と乾いた音が響いた。ルイズは呆気に取られて、才人を見つめた。


「貴族のプライドがどうした! 死んだら終わりじゃねえか! ばか!」


 ルイズの目から、ぼろぼろと涙がこぼれた。


「泣くなよ!」

「だって、悔しくて……。わたし……。いっつもバカにされて……」


 目の前で泣かれて、才人は困ってしまった。

 ゼロゼロといっつもバカにされて、よほど悔しかったに違いない。

 ギーシュと決闘したときも、ルイズがぼろぼろと泣き出したことを思い出した。

 ルイズは気が強くて、生意気だけど……。

 ほんとはこんな戦いなんか嫌いで苦手な、ただの女の子なのだ……。


 ルイズは端正な顔をぐしゃぐしゃにゆがめて泣いていた。

 子供みたいだった。


 しかし、今は泣き出したルイズにつきあっている場合ではなかった。

 振り向くと、巨大なゴーレムが、大きな拳を振り上げている。


「少しはしんみりさせろよ!」


 才人はルイズを抱え上げ、走り出した。


 ゴーレムはずしんずしんと地響きを立て、追いかけてくる。

 大きいだけで、動きはあまり素早くない。

 走る才人とあまりスピードは変わらない。


 風竜が二人を救うために飛んできた。

 才人たちの目の前に着陸する。


「乗って!」風竜に跨ったタバサが叫んだ。

 才人はルイズを風竜の上に押し上げた。


「あなたも早く」


 タバサが珍しく、焦った調子で才人に言った。

 しかし才人は、風竜に乗らずに、迫り来るゴーレムに向き直った。


「サイト!」ドラゴンに跨ったルイズが怒鳴った。

「早く行け!」


 タバサは無表情に才人を見つめていたが、追いついてきたゴーレムが拳を振り上げるのを見て、やむなく風竜を飛び上がらせた。


 ぶんッ!


 間一髪、風圧と共に、才人がいた地面にゴーレムの拳がめり込む。

 才人は跳びさすって、拳から逃れる。


 ゴーレムが拳を持ち上げる。

 ずぽっと地面からゴーレムの拳が抜けると、直径一メートルほどの大穴ができていた。

 才人は小さく呟いた。


「悔しいからって泣くなよバカ。なんとかしてやりたくなるじゃねえかよ」


 巨大な土ゴーレムを、真っ向から睨みつけた。


「ナメやがって。たかが土っくれじゃねえか」


 剣をぐっと握り締める。




「こちとら、ゼロのルイズの使い魔だっつうの」



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