無双

 突然に現れたもう一人のセーラ。意味の分からないことを言い、前代未聞の魔法を使う、謎だらけの存在。

 周囲の中で最も最初に決断したのは王子だった。

「皆の者。一斉にかかれ! 決して油断するな!」

 命令を下しながら、心中には正体不明の存在には慎重にすべきという声もあった。

 だがその慎重論よりも看過できない危険性を彼女から感じていた。

 まるで自分の常識のすべてが崩壊するような、世界のすべてが崩壊するような、人に言えば一笑に付されるような桁違いの恐怖があった。

 普段よりいかなる状況でも上官の指揮に従えるように訓練された兵士達は、すぐに従った。

 王子のクラスメート達は、いずれも精兵達よりをも上回る才能と技術を持っていたが、経験の不足だろう、行動に映せなかった。

 だが、それがこの場ではよかった。集団戦に慣れていない者が参戦し、味方に攻撃が当たるような事態になる恐れがなく、兵士達もそのような注意を払う必要がなかったからだ。

 槍を持った者は四方より同時に襲いかかり、また魔法を使う者は各々が詠唱を始めた。

 いかなる英傑だろうと無傷で切り抜けられない状況、その矢面に彼女は、


「ふん――」


 余裕だった。


「アイテムボックスオープン」

 

 魔法アイテムボックス――上級魔法に位置する、自分専用の空間を作り、アイテムを収納する魔法――により空間を開き、レイピアを取り出した。貴族が好む華美な装飾がされていた。

 そして間髪入れずに、


「『Skip 8 times』 ―― スキップ8倍速』」

 

 謎の魔法を使う。

 2つの魔法を使うその間にも兵士たちは接近し、4つの穂先がセーラを襲う。

 いずれも鍛錬に半生を捧げ護国の礎となることを誇りにする、正道にして強靭な武によるものだ。

 だがいずれも空を切る結果になった。

 目にも止まらなく速さで加速したセーラは総ての穂先を余裕をもって躱した。それだけではない。攻勢に転じたセーラはそのレイピアをもって4人の兵士を貫いた。即死だった。

 回避から攻撃までの一連の動作は一呼吸にも満たない刹那に起きた。


「『log mode』 ―― ログモード』」


 新たな魔法の発動。8倍速の状態にある彼女が放つ言語を誰も解することはできない。

 彼女の周囲に巨大な魔法陣が突如現れる。それは極大魔法――詠唱に莫大な時間がかかるという欠点があるものの強大な威力の魔法――の魔方陣だった。


「『Maximum Magic ―― ウォータートルネード』」


 魔方陣よりいくつもの超圧縮された水の刃が放たれる。またたくまに兵士のすべての首を刈り取ることになる。


「『Skip Release ―― スキップ解除』


 加速の魔法を解く。


「馬鹿な……」


「くそ、どいうことなんだよこれは!」


「あの規模の魔法をこんな短時間に放つなんて聞いたことが……」


 生き残ったのは、王子達四人のみ。


「これくらいしても、まだ神は現れませんか……。やはり……」


 惨状を引き起こしたセーラは落胆の表情を浮かべていた。


「貴様! 何が目的だ!」


「王子よ! あいつは気が狂っている。話しかけても無駄だ!」


「ええ、同感です。 『闇より暗き闇よ。我が声に答え――」


「うるさいですわ。『pause ―― 一時停止』」


 マークが、リックが、ルーカスが全ての動きを停止する。彼らだけではない。風も大気も太陽の動きすらも彼女の魔法にかかった。

 そう、この一時停止の魔法は総てを止める。セーラすらも例外ではなく。

 なぜセーラだけが例外なのか、それは彼女が事前に発動していた魔法のおかげだった。

 『Virtual Machine ―― 仮想マシン』の魔法により自己を異界と変えて、停止より外れることに成功した。

 先の加速の魔法も本来ならすべての時を加速する魔法だったが、これを異界化した自分にだけ対象にすることにより超加速を可能にした。


「『運命』ではこの場合、巨悪に諦めずに立ち向かい、傷つくも聖女の癒しと声によって覚醒して打倒するといった筋書きになるでしょうか。ですがそうはさせません。こんな茶番にはもう飽きました」


 完全な静寂の空間に響く唯一の声にして音。


「私としてはあなたはこの国で信仰している神々ではない『真の神』か、もしくは『真の神』に連なるものだと推測していたのですが……」


 セーラの視線の先には森羅万象と同じように動きを止めた聖女と呼ばれる少女。


「まだ駄目なのかしら。これなら次は――」


『こちらに来なさい』


 天より声がした。

 そして、セーラの姿がこの世界より消失した。

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