誓い

 ところで、一つ『本』についての話をしてもよろしいでしょうか。

 え? 目の前にいるから言葉で話せばいいのではないか、ですか。

 まあ、そうなのですが、本を読んでいる時に話しかけられると嫌な人もいるので、本に私の言葉を表示してみました。

 話を邪魔している様で申し訳ありませんが、ちょっとここで知って貰いたいことがありまして。

 ええと、それは『現実』と『物語』の違いからくることなのです。

 先程の文章で斬首された彼女に力を与えた存在ですが、この本ではほとんど存在が明かされません。

 『物語』ではどこぞの黒幕なり賢者なりが解説などしてくれるのですが、『現実』を本にしたこの作品では明かされません。物語で伏線や謎が語られずに完結などしてしまえば非難殺到ですが、現実は謎が全て明かされる等は滅多にありません。

 ですのでここで説明します。

 この世には人よりも強い感情を持った者に力を与える存在がいます。

 その正体については、はっきりしたことがわかりません。

 すみません。真理すら知ることができる図書館と言いましたが、どうしても『あれ』だけは正確には分からないのです。

 実は私も『あれ』に力を与えられていましてこの図書館を運営できるようになったのですが、自分に力を与えた存在について知らないというのには忸怩たる思いがありまして、いつか解き明かしたいという目標があります。いえ、私の目標なぞ今は関係ありませんね。

 とりあえず、今は人の強い情念を感知し、その人物に力を与える超越した存在がいると知っていてください。

 ほら、よくファンタジー小説によくいるでしょ。なんか、不特定多数の中から独特の基準から選出してチート能力を与えるような神様とかなんとか。それに近いものだと思ってください。

 ……そろそろ話を辞めましょう。いい加減、本編を勧めろというと言われそうですし。では、引き続きお楽しみを。


 ○


 カルジュの大森林の中にある湖――ラルク王国有数の水精霊の生息地に彼女はいた。それも水面の上に立っていた。昨日の夕方から半日も過ごし、水面に一切の波紋を起こさず、精神統一していた。

 万人を魅了する顔立ちと肢体を持つ彼女の名はセーラ・マルウスといい、マルウス侯爵家の令嬢である。

 陽光を反射しきらめく髪は水精霊の加護の賜物であり、彼女は膨大な魔力量と水精霊への親和性を持っていた。

 そして炎魔法無力化と水魔法吸収という稀有な属性も有していた。

 しかしたとえその才能と能力があったとしても半日中、水面の上で精密な魔力制御を行うということはできず、並々ならぬ修練を積んだことを示している。

 彼女は精神統一を終えて目を開く。人によっては恐れを抱かせるかもしれない鋭い目つきではあるが、しかし、彼女の美を一片たりとも損なわせることはなく、逆に瞳に宿る意思の強さが美しさに磨きをかけていた。


「ようやく、ああようやくこの時が来ましたのね」


 決して大きな声ではなかった。しかし、それには怒り、憎しみ、恨み、といった暗黒の感情が宿っていた。

 その証拠に彼女の内より魔力が放たる。

 静寂を保っていた湖がその暴虐に晒される。強大な魔力の爆発により、1キロ四方の湖のすべてが弾け飛び、底まで見えるようになる。

 弾けた水は豪雨のように一帯に降り注ぐ。しかし、彼女の全身に薄い魔力の膜が覆っており彼女の全身が濡れることはなかった。

 そこに水色ながら雨とは違うものがあった。それは湖の精霊だった。

 これまでは内から外への事象。続いて起きたのはその真逆、外から内への事象だった。

 湖に生息していた精霊達がセーラに取り込まれていく。

 否。喰われているのだ。水精霊の加護を持つものが行う所業ではない。

 低級の精霊でさえ、その力は人間を凌駕し、一体の精霊を宿しただけで伝説に残る偉業とされていたが、それを容易る上回る力を宿していく。

  

「何度も殺された。ギロチンに斬首され、雷に貫かれ、体を粉々に砕かれ、溶かされた、魔物に食われた。そしてそれを幾度となく繰り返された」


 自分に対しての言葉であり、誓約だった。 

 

「この運命はあまりにも巨大で抗えなくて、死に続けるしかなくて」


 過去の己を確かめることで、これから己の成す行動への意思と近いを改めて強固にしていた。


「繰り返す日々は退屈でそのもので、『飽き』は心を蝕み、意思を削ごうと侵食してきた。でも、嫌だった。死にたくなかった。ひたすら憎むことで『悪であれと望まれた人形』ではない『私自身』であることを保ち続けた。ああ、そうか。あの『飽き』のなかには私を『悪であれと望まれた人形』にしようとする世界の意志もあったのね」

 

 湖の精霊の全てが喰われた。


「でも力を得た。13回目の、あの斬首から何かが変わった。そしてさらに11回死んで今に至り、ようやくこの牢獄を打ち破る力を鍛え上げることができた。これで今度こそは必ず、そう必ずこの運命を打ち破ってみせるわ!」

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