第四話 『来訪者』

 一騎と瑠衣はあのあと、すぐに帰路についた。

 金城葉月への接触はこれ以上無理と判断した二人は、一度策を練りなおしてから再び出直す事にしたのだ。

 本当ならば最後まで彼女の様子を見守り、ストーカーに備えたいのが一騎の本音だった。

 しかし、突如豹変した彼女の様子。そして陸上部顧問の心象をなぜだかわからないうちに損ねていた一騎には、これ以上残っていることも出来なかった。

 

 そんな二人が向かうのは同じ方向である。


 一騎と瑠衣は現在、同じ住居で生活を共にしている。霧島家に一騎が居候するという形でだ。

 今や一ヶ月という月日が経過し、この道なりにも慣れた。とはいえ、その足取りは重い。

 それは家主の機嫌が良くないことにあった。


「私、怒っていませんよ」


「いや、何も言ってないけど……?」


 帰りの道中、先程からその繰り返し。

 部活を終え、携帯端末にて下校申請を出し終えてからここまでずっとそうだった。

 瑠衣が本当に怒っているのではない、というのはこのやり取りのなかで察している一騎である。

 ただ、少し拗ねているだけでただ、自分の反応を楽しんでいるだけだと。


 だから、このやり取り自体は嫌ではない。

 だが、このままの状態でいいというわけではなく、


 ――そろそろ、機嫌直してくれないだろうか……。


 と少し思い始めていた。彼女の機嫌が悪い、というは居候の身である一騎にとってはすこぶるマズイ。冗談でも、家を出て行けと言われるのは困るのだ。


「――一騎くん」

 

 と、瑠衣は足を止めて一騎の顔を見た。


「何か私に言いたいことがあるのでは? 別に怒っているわけではないですけど、今なら聞いてあげないこともないですよ」


 そう言った瑠衣の表情は少し柔らかくなっていた。

 瑠衣自身、一騎と同じようなことを思っていたのかもしれない。これは彼女がくれたきっかけだ。

 一騎は瑠衣の方へと向き直り、改まったように姿勢を正すと、


「申し訳ありませんでした。全面的に私、千条一騎に非があると認めます。しかし、出来ることなら私めに弁明のチャンスを頂けないでしょうか?」


「……いいでしょう」


 瑠衣は少し声のトーンを落として言った。ただ、一騎からすれば、もう怒気はすっかり引っ込んでいるのが見てとれた。

 一騎は言う。


「……金城さんに友達になってって言われたんだよ、だからあの握手には別に他意があったわけじゃないんだ」


「え、そんな……えっ?」


 狼狽えているように見えるのは気のせいではないだろう。

 まるで信じられないといったように、目をぱちくりさせて、瑠衣はこちらをまじまじと見る。


「一騎君に、友達なんて出来るはずが……っ!?」


「って、そっちかよ!?」


 と、思わず突っ込む。

 勝手に嫉妬してくれていたと思い込んでいた一騎。そんな反応されるとは思わなかった。

 

 とはいえ、それはどうやら瑠衣の照れ隠し。

 「コホンッ」と咳払いして、

「ええ、そんなことはわかっていましたよ。わかっていましたとも」


 慌てて繕うように瑠衣は言った。

 一騎はその可愛らしい瑠衣の反応に苦笑する。

 それを機敏に察知した瑠衣は、


「なっ!? 何ですかその笑いはっ!! 一騎君!!」


 顔を赤らめながら、一騎に詰め寄る。

 一騎は敢えて笑みを消さず「なんでもねーよ」と瑠衣をあしらう。

 しかし、なおもジトっとした眼を向ける瑠衣に感じないところが無いわけでもない一騎は「どうしたら許してくれるんだ?」と状況の変化を試みる。


 ただ、思わず言ってしまってから気付いた。

 これでは昼休みと同じパターンではないか、と。

 このまま行けば、きっと瑠衣は自分を困らせるべく、昼のような無理を言ってくるに違いない。だとするならばもっと過激な凄いヤツが――!?

 と、思うのは男として自然の反応だろう。

 だが、瑠衣が口にしたのは意外にも、


「じゃあ……帰り道の間、手を繋ぎましょう。それで許してあげます」


 十七歳の少女らしい、可愛いお願いだった。

 これには一騎も肩透かしを食らったように脱力した。

 しかしそれと同時に、瑠衣にもそのような一面が合ったことが、少し嬉しかった。

 一騎は一言「それで許してくれるなら」と呟いて、手を差し出した。一騎の内気な側面は、瑠衣に対してだけ当て嵌まらない。なぜだか自分でも分からないけれど。

 

 だが瑠衣はその言葉とは裏腹に、一騎の脇に手を入れてすぐさま自分の腕を絡ませてくる。


 ――手を繋ぐんじゃなかったの!?


 そう一騎が動揺するほどに強烈な衝撃が感覚神経を通り抜けた。

 改めて感じるふくよかな胸の柔らかさ。そして、シャンプーの匂いだろうか、薔薇のような濃厚な香りが鼻孔をくすぐる。

 ふらつきそうになる足をどうにか意志力でもって制御し、一騎は瑠衣の表情をうかがった。

 口端をくいっと吊り上げ、三日月のような笑みを浮かべる瑠衣に、


 ――ああ、やっぱりこいつには敵わないや。


 と一騎は胸のうちで呟いた。自分の想像の上を行く瑠衣に一騎はたじたじだった。

 

 そんな二人は腕を絡ませながら、無言で歩く。

 人が見ればカップルのようにも見える二人は、恋人同士ではない。甘い愛の囁きなど、二人の口から語られることはない。

 ただ話すことがあるとするならば――


「金城さんの様子が変化したあの瞬間。一騎君はどう思いました……?」


 それは、まだ終わっていないストーカー事件についてだ。

 一騎にも瑠衣が言わんとすることはわかった。


「……その時、陸上部のやつらは俺達の事を見ていたと思う。それに対しては別に金城さんの反応は無かった。でもその中に混じっていた、恐らくストーカーの視線に金城さんは気付いたんだ。だけど、そんなのってあるか? いくらなんでも人の視線に敏感ってレベルじゃない。まるで――」


 ――一騎が言い終えるより早く、見知らぬ声がそれを遮った。


「まるで――君達みたいに不思議な能力を持っているみたいじゃないか。そう言いたいのだろう? 千条一騎君」


 聴こえて来たのは後方。一騎と瑠衣は反射的にその方角へと振り向いた。


 視線の先、そこにいたのは白衣を着込んだ女性と、双子の少女だった。


 白衣の女性は、見た目二十代後半と言ったところだろうか、髪はゆったりとしたウェーブが掛かっており肩にかかる位の所で切り揃えられている。目の下には大きなクマ。見たところかなりの美人なのだが、猫背だったり不健康そうな様子が、彼女の印象を損ねている。

 

 対して双子は、ゴスロリファッション。全体的に黒を貴重としたデザインの服に、その見た目相応の少女らしさが出ている。

 白衣の女性を挟んで右側の子が赤いリボンで結わえたサイドポニーを左で束ね、その反対側の子は青いリボンで右側にサイドポニーを束ねている。

 しかしそれ以外はまさに鏡写しのように対照。まるでふたつでひとつ。精巧に造られたビスクドールのように完璧だった。


 明らかに不審。とにかく怪しい組み合わせだ。

 そう思わざるを得ないこの突然の来訪者に、一騎と瑠衣は警戒心を強めた。

 だが当の本人達は、


「おいおい、そう睨むなよ。私だって君達の逢い引きを邪魔する不粋な奴になんてなりたくなかったさ。けど君達も君達だぜ。普通、恋人同士が話す内容じゃないと思うけどなぁ。思わず口を挟んでしまったじゃないかよ」


「思わず口を挟んでしまいましたわ。ねえ灰火はいび?」


「ええ。思わず口を挟んでしまいましたわ。ねえ蝋火


 飄々と答える。まるで掴み所がない。

 その上、余計不審感が募る。

 いったい何者なのか。

 その疑問を瑠衣が睨めつける様にして訊いた。


「失礼ですがどちら様で?」


 三人は笑みを崩さず答えた。


「おいおい、彼女。そう睨まないでくれよ。君達の邪魔をしたのは謝るからさ」


「恐いですわね灰火?」


「恐いですわね蝋火?」


「話を反らさないでください」


 ピシャリと瑠衣は言い放つ。

 苦笑を浮かべ、やれやれといった風に女性は口を開く。


「私は、織花魅星おりばな・みほし。好きに呼んでくれていいよ。織花さんでも、魅星ちゃんでも、好きに呼べばいい。最近は校長って呼ばれるのが多いけどね。そしてこの二人は――」


 赤いリボンで左サイドポニーが、


火渡灰火ひわたり・はいびですのよ」


 青いリボンで右サイドポニーが、


火渡蝋火ひわたり・ろうびですのよ」


 と名乗った。


「この子達は君達と同じ十七才だよ。まぁ仲良くしてあげてよ」


「宜しくお願いいたしますわ」


「宜しくお願いいたしますわ」


 二人は同時に仰々しくお辞儀をする。


「……あなた達の名前はわかりました。けれど、大事な部分を教えて頂けませんか? あなた達は何故、私たちに声を掛けてきたのか。何故、私たちの事を知っていたのか」


 暗に「洗いざらい吐け」と含ませつつ瑠衣は再度問う。

「ああそうだよねぇ。知りたいよねぇ」と織花は、勿体ぶるように口端を歪める。

 瑠衣は眉を立てて、瞳をよりいっそう細めた。


 ――瑠衣さん、本気で怒ってません!?


 明らかに一騎と話していた時とは違う苛立ちが瑠衣からは出ている。一騎にもそれはわかった。

 織花は答える。


「そうだね。まずは目的から話そう。変に例え話でお茶を濁すのは趣味じゃないからね。単刀直入にいくよ。千条一騎君、君、ウチの学校入らない?」


「――は?」


 いきなり白羽の矢を向けられた一騎は、口をポカンと開けて棒立ちだった。

 先程まで、ここは自分の出る幕ではないなと静観を決め込んだ矢先にこれである。


 ただ、突然学校入らない? と言われても浮かぶのは疑問符だけだ。

 一騎が、「困った」という風に瑠衣に助け船を求めるのは自然の流れ。

 その意図を汲んだ瑠衣が改めて問う。


「あなたは先程、自分は校長と呼ばれている、と仰っていましたが、それと何か関係が?」


「まぁね、私は学校の責任者みたいなものだから。そのスカウトってのは私の意見と取ってもらっていいぜ」


「そうですか」と瑠衣が継ぎ、再度質問。


「なら、あなた方の言う学校とは、一体どんなところなのでしょう? 何故一騎君をスカウトしようと?」


 瑠衣の視線には腑に落ちないという念が強く感じられた。

 言外に「一騎君みたいな人をスカウトしてなんになるというんです?」という言葉が含まれているだろうことは想像に難くない。


「そうだな。君達が持ってるその能力ってなんで自分が持っているのかなって気になったことない? あるでしょ」


 何故能力のことを知っているのか、そんな疑問が先行するよりも、一騎は織花の言葉を噛みしめる。


 確かにある。一騎がこの力を手に入れた時、彼の今までの生活は変化した。

 

 兄は突然居なくなり、自分は兄の幻影を追う様に真紅のマフラーを身に付け、正義の味方『レッズ』を名乗った。


 それもこれも全ては兄を探すため、情報を得るためだ。


 当然、警察への捜索願いや探偵なんかも頼ってみたことはあった。しかしそんなものは全く効果が無かった。


 ならばと考えた一騎は苦肉の策として、『レッズ』という仮面を被り、善を成す事を決めた。

 都市伝説として語り継がれる事で、いつかは兄の行方にたどり着けるだろうと考えたのだ。『レッズ』とは兄が持つ称号。だからこの名前が広まることはきっと兄の行方に繋がるはずだと。

 

 だから、彼は自分ではないもう一人の自分を偽善者と揶揄する。一騎が成す善は全て、自分の為だから。

 

 だがそれも、得た力があればこそ。

 一騎の力は、兄が自分の前から去った時に得たモノ。打ちのめされていた自分を支えてくれた、たった一つの依代。

 その答えをこの織花という女性は知っている――。

 一騎の興味は織花の語る言葉に惹き付けられていた。


「うん、その反応を待ってたよ。君がこの話の主役なんだぜ? 勝手にフェードアウトじゃ困るのさ」


 織花は一息ついてから語り出す。


「君達がその能力持ったのは、君達の世代だけが特別だったからだ。君達には少し実感ないかも知れないけれど、君達が生まれる丁度その年、十七年前に何が起こったのかは知っているよね?」


 瑠衣が答える。


「ええ。謎のウィルス、『ヘキサグラフ』。それがこの日本を中心として世界各地に広がり、死亡者が続出した。ヘキサグラフの症状は、細胞の死滅。ですから、その病気の被害者達の中には体の一部を人工の物に取り替えている人も多くいる。それを救ったのが、デュアルエンジニアリングが開発したワクチン。そのお陰で死傷者はいなくなった――」


 その百点満点の回答に満足げな笑みを織花は浮かべる。その表情は確かに教師の顔に見えた。


「そう。そのお陰で君達はこうして生きているわけだが、中にはやっぱり死んでしまった人もいたわけだ」


 一騎の両親はこの病気に掛かって死んだと兄から聴かされた。だからあまり親というモノに一騎は実感が持てない。それらはすべて他人を見て家族とはこういうものだと知った情報にすぎない。


「混迷の時代に幸運な君達は生を持って産まれてきた。まさしく選ばれた世代に他ならない。だけど、本当に君達は選ばれてしまった。仕組まれた運命に」


 目が引き絞られた弓のようにしなる。


「ヘキサグラフは空気感染する。だから、母胎を通じて赤ちゃんにも感染するのさ。まぁ母胎じゃなくても君達の世代は総じて一度感染してるんだけど。いくらワクチンと言えども抵抗力の低い胎児になんて使うように設計されてない。だから当然副作用があったんだよそのワクチンにはさ」


 察しのついた瑠衣は「まさか……」と溢す。


「君達を生かしたワクチンは、とんでもない力を秘めたドーピングだったてわけさ。そのワクチンは人の全てを作り替える。成長していくうちに感じるはずさ、人との差に。スポーツテストの結果なんか見ると一目瞭然だぜ? 君達の年代だけ明らかに違った数値が出てるはずさ。例えば、それまでスポーツしたことない子がいきなり凄いタイム出しちゃう、なんてことも有るかもしれない」


 確かに自分の体力はそれなりにあると一騎は思っている。なければレッズなどという正義の味方など続けられるはずがない。ただ、それが目立たなかったのは、同じ様な人間が周りにいたからだったということだ。


 だがそれよりも、この織花が言ったことが正しいのならば金城葉月のあの飛躍も全てはそういった裏があったということになる。

 そして、


「性格が変わったりなんてことは無いですよね?」


 一騎の質問は唐突だった。

 この時、一騎の頭のなかにあったのは、自分と、そして葉月のことだ。

 一騎もその不思議な力を使う時、自分自身とは異なる存在になったような感覚に陥ることがある。精神性の変化。自分ではない誰かが自分の代わりに喋っているような気分になる。

 

 そしてもし、葉月も自分と同じように不思議な力を持つというのなら、彼女がある時を境に性格が別人のように明るくなったのも説明がつくのではないか、と。


 そんな一騎の考えを知ってか知らずか、「実はそれも言おうと思っていたんだよ」と織花は肯定して。


「実は、その能力というのは精神の根幹に深く関わっている。人の本質は普段眠っているっていう深層心理のことを指すんだが、君達の持つ能力はその心理に反応して力を引き出すんだ。だから、能力を使うと人が変わったように性格が変わってしまうというわけだ。その事から私達は、この能力を『アクセス』と呼んでいる」


 アクセス――つまり自分の深層心理へと接続するということ。確かに言い得て妙かもしれない、と一騎は思った。


「なるほど。ですが何故、能力は人それぞれ違うのでしょう?」


「アクセス能力が目覚めるのは一次成長の身体能力向上期を過ぎたあとだと言われている。それには個人差があってこれといった目処は無いんだけど、ひとつ目覚めるきっかけとなるのは、やはり心に関係すると言ったところかな」


「心?」と一騎が首を傾げる。


「心というのは体と密接に繋がってるものだよね? 火事場のくそ力ってあるだろ? あれも自分の負けたくないって気持ちや追い詰められた時の精神状態が脳のリミッターをはずして力を出させる。それはアクセス能力にも言える。人の心は育ってきた環境、境遇、軋轢、抑圧、様々な影響を受けて今の形を保っている。一騎君、君も環境が違っていればそんなぼっちキャラになんてならなくて済んだかもしれない」


「ほっとけっ!!」


 一騎は思わず突っ込んでしまった。自省。


「だからこそ、能力は人それぞれ、様々な境遇で形作られた心を反映してその力を顕現させるのさ。――まぁでも能力が発現するまでの期間というのはやはり個人差と言うしかないかな。探してみれば君らの周りにも人に隠しているだけでもう目覚めちゃってる奴もいるかもしれないぜ?」


 だとすれば、あの金城葉月も能力者なのかもしれないということだ。いや、もしかするとあのストーカーも……。

 やはり一騎の推測は正しかったのだ。織花の言葉をそっくり信じるのならば、だが。

 そんな一騎の思考を遮るように、瑠衣がまだ話は終わりではないと言葉を続ける。


「なるほど。能力についてはおおよそ把握できました。まだ私達に語っていないこともあるんでしょうけれどひとまずはそこに触れないでおきましょう」


「おお? 鋭いね君? まだ能力については隠しダネあるんだけど、そう言うなら言わないでおこうかな」


「最初から言う気などなかったでしょう? まぁいいです。他の質問に答えて貰いますから。……それで、あなた達の言う学校というのはそのアクセス能力をどう取り扱う機関なのですか?」


 瑠衣は眉を寄せ、睨みを効かせる。先程から瑠衣の機嫌が良くないと一騎は感じた。

 その苛立ちを織花にぶつけている様にも見える。


「まぁ、それ言わないと私達がここに来た意味は無いしね。簡潔に言えば、アクセス能力者達を束ねて国の平和を守ってるのさ私達は」


 織花は飄々とした笑みを崩さず言った。

 これには堪らず一騎と瑠衣は絶句。

 だが、織花の語りは止まらない。


「こんな田舎じゃ分からないかもしれないけど、都心は今結構ヤバい状況でね。君らと同じアクセス能力者達の無法地帯なんだ。そしてそれを利用しようとする奴らもいる。それを私達の組織は、同じアクセス能力者の武力を持って鎮圧しているのさ。まぁこれでやっと本題に入れるんだけど、その一員に君もならないかい? 千条一騎君、霧島瑠衣ちゃん。歓迎するぜ、君らも私たちと一緒に戦おうじゃないか!!」


「一緒に戦いましょう?」


「一緒に戦いましょう?」


 先程まで黙っていた双子も(というか半ば眠っていた。案外マイペースなのかもしれない)ここぞとばかりに声を出す。

 だが、


「そんなことを何で俺達がしなきゃいけないんですか? 俺達にそんな義務は無い。正義感や倫理観だけで戦う様な聖人じゃないんだ俺は!!」


 一騎は声を張り上げた。珍しく怒りの感情を交えて、しかし何処か投げ槍に。


「まったく一騎君と同意見ですね。私達にそんなメリットの無い話に乗る義務はありません」


 瑠衣も一騎に同調する。

 対して織花の口調は至って真面目、寧ろ今までの掴み所の無さは何処かへ行ってしまったように。


「義務? そんなもの、私達にだって無いよ。私達のところに集まっている君達と同い年の子達はみんなそれぞれの目的があって集まってる。そんな安っぽい正義なんてものは、私達には有りはしないのさ。私達が向かっているのは戦場だ。人の生き死にが掛かった場所だ。君達と同い年の子の中にも人を殺した経験のある奴だっているよ。それでも君をスカウトしに来たのは他でもない友人の頼みだったからさ」


 織花の言う友人とは、


「――千条紅騎せんじょう・こうき。君のお兄さんが私に頼んできたのさ。弟の選択肢になってくれって」


 一騎の瞳孔が開く。熱が喉から沸き上がり、身体中を巡った。

 

 ――来たと、思った。

  

 自分は待っていた。この時を。そのために自分は『レッズ』なんて遠回りな事をしていたのだ。


 兄の手がかりを手に入れるために。


「……あんた、兄さんの事知ってんのか。どこにいんだよ兄さんはっ!! どこで会った!! 言えよ!!」


 一騎が取り乱す。遂に見つけた手懸かり。失踪した兄の。


 一騎が探し求めた繋がり。それを織花が持っていた。


「さぁ、知らないね。言っておくが本当だぜ? 君のお兄さんが私に会ったのは丁度一ヶ月前。君のお兄さんが失踪したのと同時期ぐらいだ」


「そんな……」


「残念だが本当だよ。ただ、君がこっちの世界に足を踏み入れるのであれば、手懸かりのひとつでも見つかるかもしれないぜ?」


 そう言う織花の口は嫌らしくつり上がっていた。それは悪魔の囁き。絶対に引き返すことの出来ない蛇の道。 


「君のお兄さんはどういう人だったかな? 正義の味方そのもの。そんな男だ、この現状をどう思うだろう。不思議な力を持つ子供たちが何故現れたのか、その謎を追うだろうことは想像に難くはないね」


 確かにそれは自分の知る兄の姿そのものだ。自分が焦がれ、知りたいと願った兄の。

 それでも信用は出来るのか? この織花という女はなによりも胡散臭い。異能の力アクセス? 選ばれた世代? そんな突拍子もない事を突然言われても一騎には到底処理出来るものではない。


 だが、一騎の意志はそこに引き付けられる。


 兄、というたったひとつの一騎が望む理解がそこにあるのなら。


 しかし、


「一騎君! よく考えてください。一ヶ月前と言うなら、私の両親にも一騎君のお兄さんはあなたを預かってくれるよう頼んだ時期ではないですか?」


 瑠衣の言葉が一騎を一歩手前で踏み留まらせる。

 

 確かにそうだ。

 一騎は現在、瑠衣の家に厄介になっている。それは兄の働き掛けがあったからだ。

 瑠衣の両親と一騎の兄、紅騎の関係は命を救った側と救われた側だ。

  その恩から瑠衣の両親と紅騎には繋がりがあり、そのつてから一騎は不自由なく学校に通えているのだ。


「それがお兄さんの残した最後のメッセージかもしれないぜ? 普段通りの日常、平和な暮らし。それとも命と隣り合わせの非日常、危ない戦場。どちらでも好きな方を選べるようにさ」


 そう考えれば筋が通る。兄は常に自分に選択肢を与える人間だった。常に一騎の為を、いや、自分以外の人全てのことを考える様な人だった。

 だからこそ彼はこう呼ばれたのだ。――正義の味方と。

 一騎の意志は固まらない。今自分がどうすればいいのか分からない。

 それを、織花は悟ったのか、


「時間をあげるよ。実はこの町に来たのは別にやらなきゃいけないことがあったからなんだよね。それが終わるまでの間、適当にブラブラしてるから、この町に私達がいる間に心を固めといてくれるかい?」


 一騎は何も言わない。言えない。

 「じゃあね」と織花は踵を返して反対方向へと歩みを進める。

 双子も同時に「ご機嫌よう」と礼儀正しくお辞儀して、そのあとを付いていった。

 だが、「あ!」と何か言い忘れていたかのように織花は足を止めると、


「そうそう、君らね。気を付けた方がいいよ。二人とも誰かに狙われてるみたいだから。この子達が言うんだから間違い無いよ」


 そう言って、双子も続く。


「ええ。間違いありませんわ。ねぇ灰火?」


「ええ。間違いありませんわ。ねぇ蝋火?」


 答えたのは瑠衣。


「それがあなた達の能力でしょうか?」


「ええ。そうですわよ。ねぇ灰火?」


「ええ。そうですわよ。ねぇ蝋火?」


「……肝に命じておきます」


 そう瑠衣が返した時には、白衣の女性の姿も双子の姿もそこにはなかった。

 ただ残されたのは一騎と瑠衣の二人だけだった。


「……一騎君、帰りましょうか」


「……ああ」


 そう言って一騎は瑠衣の手を握った。

 数々の多大な情報を頭で処理出来なかった。

 やっと掴んだ兄の事。それすら考える余裕も今の一騎にはなかった。

 だからだろうか、今は誰かの温もりを感じたかった。側に誰かがいる実感が欲しかった。

 その気持ちを察したのかは分からないが、瑠衣は一瞬驚きを見せたあと、そっと、一騎の手を握り返した。

 強く、強く。

 ここにいますよ、と一騎に言い聞かせるように。

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