第9話 反撃

と、うんうん唸っていると敵砲兵による砲撃が我々大隊指揮班の周囲に降り注いできた。

おそらくは試射だろう、数は少なかった。

しかし炸裂した榴弾の爆風と爆煙で視界が悪化し、爆風とともに砲弾の破片が飛び交い、いくども装甲を傷つける。

ジェイクとミッシーに合図し、前進速度を上げる。

進路は東寄り、シックルと合流するように見せかける。

ただ、進路を先読みされてシックルにも砲撃されてもこまるため、進路はランダムに変更する。

進路はジェイクに決定させることにした。実際に合流する中隊は、その時次第とした。

といったところで、砲兵は「ある程度以上の面積を耕す」のが仕事だ。

回避行動の効果は限定的だと思った。


前進速度を上げた六七秒後、敵の砲弾が数を増して降り注いできた。

やはり先程の射撃は試射、こちらが本番の射撃である効力射には違いあるまい。衛星観測だとすると対応が早すぎる。

映画では衛星からのリアルタイム映像監視が実用化されているが、当時は画像処理能力の問題で不可能な技術だった。

なにより榴弾の飛翔速度は遅い。

敵砲兵部隊からの距離を二五Kmと仮定すると、砲弾が届くまでに五〇秒程度はかかるはずだ。

砲撃座標の修正にかかる時間を考慮すると、無人観測機か敵の斥候による砲撃誘導、あるいは我々が盛大に放っている電波を逆探知してのものかもしれなかった。

念のためメイスとインディア288に確認し、そういったものの気配を探らせたが、何も見つからないとの報告があった。

パラディン3・ミッシーにも確認を取るよう命令すると、彼女は既に敵の観測手段を突き止めようと努力を始めた後だった。

行動中の部隊が敵を見つけられないのであれば、戦場を俯瞰できる存在に推論を立ててもらうしかない。

本来そういう立場に立てるフンメル31が定点観測ロボットと化した現在、それができる存在は少なくとも私ではない。

後方に構えているハマー43が適任だろうと思われた。


「ハマー43、我々が見えますか」

『シックル1。ちょっと遠くなったが、まだ見えてるよ。砲兵に追われてるな?どうした?』

「まだ砲兵第五聯隊は戦闘に復帰できませんよね、カノーネの砲撃誘導をお願いしたいのですが」

『構わんよ。どこにぶち込ませる』

「我々指揮班を観測できて、インディア288やメイスから観測できない位置です。恐らく敵斥候か無人機、電波の逆探で観測しているのでしょうが、まずは斥候の可能性を潰したいです」

『なるほど。少し待て、地形図を見る……ん、ここか。渓谷の西岸、少し奥まったところに丘とも言えない盛り上がりがある。ギリギリ見える範囲だ。その裏側の斜面が一番臭い。もう少し前ならメイスを観測できるはずだが、メイスに砲弾が飛んでいかないとなるとおそらくそこだろう。迅速試射でいいか?』

「お願いします。他にも敵斥候の潜伏が疑われる地形がありましたらそちらも叩いて下さい」

『了解。他の候補地も含めて3箇所に砲撃を行ってみる。砲撃継続時間は一箇所につき3分。弾着精度の悪化なり、対砲迫射撃による反撃なり、何かしら異変があるはずだ。うまくそれを捉えてくれ』

「承知しました。カノーネ」ハマー43との会話を打ち切り、大隊砲中隊・カノーネを呼び出す。

『パラディン1、カノーネです』

「仕事だ姐さん。ちょいと危ないかもしれんが、頼めるか」

『この仕事に危ないもクソもないかと』

「すまん、坊主に説法っだったかな。ハマー43の指揮のもと、指定の座標に砲撃してくれ」

『了解しました、喜んで。野郎ども!仕事だよ!』エリカ大尉の弾むような声に混じって、男どもの雄叫びが聞こえた。

どんだけ戦争したいんだ君たち、帝国軍の砲兵ぐらい大人しくし給えよ、と思ったね。

だがまぁ、頼もしい限りだった。


『パラディン2、パラディン1。大隊長殿、よろしくありますか』

参謀用回線でジェイクが交信を求めてきた。

現在は大隊指揮班で共有している回線だから、ミッシーも聞いている。本来ならサカイも参加資格があるが、彼は第二中隊の指揮で忙しくしていた。

「ボブと呼べといったぞ、パラディン2。どうした?」

『ボッ』突然ミッシーが上ずったような声を出した。

「なにか言ったかミッシー」

『いいえなにも、大隊長殿』


私は気づいてなかったんだが、このころは私のことをボブと呼んでいい人間はかなり限っていたんだな、私は。

本名となると片手で数えられる程の人間しかいなかったし、大多数の人間には階級か役職、さもなくば家名で呼ばせていたものだ。

なんでかって?一〇歳ぐらいの頃に始めた慣習だからなぁ。正直よくわからん。

ミッシーがなんで上ずった声出したのかも、戦後になってからわかったことだしな。

あいつの趣味は面白いよなぁ。半分も理解できないが、見てて楽しいことをやってるのは何となく分かるよ。

話を戻そう。


「まぁいいや、で、なんだジェイク」

『作戦の進展が早すぎます。このままだと我々は丘の頂上で重砲の餌食にされてしまうのでは?』

「それについて私も考えてた。お前のことだ、解決策は考えてるんだろ?」

と言うか、その提案をするのが参謀の仕事だがな。

『はい。それにはまずサカイ大尉に幾つか問い合わせないといけません』

「やれ」

『はっ。こちらパラディン2。フレイル1-1へ。サカイ大尉に参謀回線への参加を求めます』

小鳥のさえずるような音。

『こちらフレイル1-1。なんじゃいジェイク』

『陣地制圧の進捗はどうですか』

『今終わるとこじゃ。騎兵の損害は六、うち二騎は戦闘可能じゃが、残り四騎は中大破。パイロットは皆無事じゃ。わかっちゃおったがやはりコクピット正面以外の装甲は弱いの、この騎体は。歩兵は一個分隊が戦闘力喪失、こちらで預かっとった歩兵中隊長の坊やも重傷じゃ。命に別条はない。重傷六、死亡三、軽傷者はおらんが、甲冑の壊れた奴が二人ばかりおる。将校も三人ばかり後送せにゃならん。アルベルトと合流して歩兵の再編をしたいところじゃ』

『捕虜は取っていますか?』

『ああ、五人ほどは取れたがの、残りはうまく統制の取れた逃げ足でな。その割には何人か甲冑を脱いで逃げとる奴がおるの』

そうこうしている間にも、周囲には敵砲弾が降り注いでいた。

戦術情報ディスプレイに、カノーネが砲撃を開始したことが掲載された。

これで我々指揮班を狙う敵重砲の着弾が乱れればよいが。

『捕虜はどうしてます?』

『重傷者と一緒に後送の準備をしとる』

それを聞いてジェイクが声を上げた。

『そりゃイカンですおやっさん!捕虜は陣地で拘束してて下さい!ミッシー!丘の頂上からの電波を捜索しろ!俺の予想が当たれば手荒くヤバイことになる』

「どういうことだ、ジェイク。捕虜の後送は国際法で定められた手順だぞ」

『ああー……コイツは軍の記録には乗ってないんですが。俺が不良学生、ていうかギャングみたいなのをやってたのはご存じですか』

「あぁん?まぁ見りゃなんとなくわかるが」

実際はそこまで荒れたやつだとは思わなかった。

せいぜいヤリサーの主催ぐらいだと思っていたが、案外硬派だったようだ。

『俺らがよくやった手口で、GPS携帯持たせた殴られ強いやつをわざと敵対グループの捕虜にさせて、後から敵のアジトを襲撃するというのがあるんです』

『それを奴らはやろうとしとるというのか』

『おそらく甲冑からは砲弾の誘導電波が出てるはずです』

『こちらパラディン3。ジェイクの言うとおりです!複数の微弱な電波をキャッチしました!』

『ああ、クッソ』

「サカイ、クロカワたちは健在か?」

『ええ、ピンシャンしとります』

「敵の残した甲冑を片っ端から爆砕させろ。他の場所に捨てようとするなよ。なんならMDの主砲で吹き飛ばして構わん」


その時、視界の端、渓谷の西側で爆発が起こったのが見えた。

カノーネの放った砲弾がハマー43の指定した座標に着弾したのだ。

と、同時に、敵砲弾も降り注いできた。

集弾は先程よりずっとまとまっている。

三騎で団子になり、防盾を外に向けて耐砲撃姿勢をとったが、安心はできない。

防盾や騎体の装甲に弾片があたるたび、ヒヤヒヤする。


時間にして二分ほどだろうか、

我々指揮班に向けられていた敵の砲撃がやんだ。

この機会を捉えて第一中隊の方角へ向けて全力でダッシュする。

猛烈な土埃が煙幕となっている。当然視界はいやになるほど悪い。


騎兵の一大欠点として、猛烈な振動に耐えねばならないということが挙げられる。

考えてみればいい。

生身で走るだけで軽く一〇センチや二〇センチそこらは体が上下するではないか。

その間、脳がどれほど揺さぶられていることか。

人型をそのまま巨大化した人型兵器が一歩歩くだけで、どれほどの上下動が発生しているのかを。


この振動からパイロットを守るために、コックピットブロックは宙吊りのように設置されることが多い。

この構造がひたすら複雑化・巨大化したことが、ADが巨大化した大きな原因の一つでもある。

一例を挙げるなら、アジュール・エクリプスのコックピットブロックは内径二.四メートルの球体だが(パイロットはその中心に宙吊りにされ、マスタースレーブ機構とスティック&ペダル機構を切り替えながら操縦する)、さらに上下一.四メートル、前後方向一メートル、左右に八〇センチの可動範囲が設定されている。

あまり大きな数値には見えないが、実際のところはこれでも相当無理をして確保されたスペースなのだ。


しかし騎体規模の小さいMDのコックピットブロックは、そこまで上下動に対して自由な構造とは言いかねる。

マスタースレーブ機構も簡素化され、コックピットはかなり小さい。もちろん騎体の上下動はADとくらべてはるかに小さいけれども、むしろ胸郭に詰め込まれたエンジン補機類や電算機、そしてもちろん筋肉や装甲材のせいで猛烈に少ない自由度しか得られていない。

前後上下に対して六〇cm、左右方向には三〇cmしか可動しない。その代わり、前後傾斜ピッチ軸に対して一一〇度、左右傾斜ロール軸および左右ひねり方向ヨー軸に三〇度の回転自由度が与えられている。

つまりだ。

要するに。

何が言いたいかと言うと。

ADとMDはまさしく骨の髄まで似て非なるものであり、乗り心地も全く違うものであって。

私のように転換訓練が遅れているものが搭乗し、あげく全力疾走などしようものなら。

その。


非常に気持ちが悪い。


大事なことなのでもう一度言おう。


非常に気持ちが悪い。


上下の振動に加えて、それを吸収するために与えられた回転動作が、これがもう猛烈に3半規管を刺激するのだ。

戦闘機動中の戦闘機乗りだって、ここまで気持ちの悪い思いをするとは思えない。

あの時ほど近衛から追い出されたことを悔やんだことはなかったね。


が、そんな悠長なことを言っている場合ではない。

喉元までせり上がってきた夜食を無理に飲み下し、袖で涙を拭うと無線に怒鳴った。

「パラディンより全ユニット!状況知らせ!」戦術情報ストリームで受信したデータを処理した画像は常に戦術情報ディスプレイに表示されているが、それを見てすべての状況を把握した気になれるほど、私は愚かでもなければ若いつもりもない。

『シックル健在!大破一、中破二!パイロット死亡一名!敵前衛は完全に制圧、歩兵の損害は死傷七名、負傷者と遺体は損傷騎に援護させて後送中!もともと敵歩兵が少なかったため、捕虜はとっていません』リズミカルなアルベルトの声。

「楽しそうだな?シックル1-1。フレイルと合流して歩兵隊を再編しろ」

『ヤーヴォール、マイン・ヘル!』

溌剌とした声の返信。

畜生、自分だけ楽しみやがって。

兄ちゃんのそういうところは、涙がでるほど本当に大嫌いだった。

『フレイル、陣地制圧完了。敵の遺棄した装甲服の処分を開始しました。増加した損害はなし。捕虜は敵からも見えるようにしたほうが良いですかな?』

「いや、それは止めておこう。静止画像を何枚かと、一〇秒程度の動画を撮ってオープンチャンネルで放流しろ。敵が受信すれば時間稼ぎにはなるかもしれん。それが済んだらボディチェックと電磁波放射を確認してから後送しろ。誘導機器を後方に持ち込まれて帰る場所を失うなんてことにはなりたくないし、あとあと国際法違反でネチネチ言われるのも御免こうむる」

『承知しました』

丘の頂上で小規模な爆発が数個、断続的に発生した。

戦術情報マップの敵味方表示のうち、警告音とともにクロカワの工兵隊を示すアイコン三つに、「バイタル危険」を意味する表示が附加された。

「装甲服の処分は完了したか?」

『完了しましたが、ブービートラップでシュバルツに負傷者が出ました。重傷三名です』

サカイの声がごくごくわずかに硬くなる。当たり前だ。

「くそっ。死なせるなよ。重傷者は私が個人的に年金付きの褒章を申請してやる。いまシックルがそっちに行く。アルベルトと相談して歩兵隊を再編してくれ」

『ヤー』


再び周囲に敵重砲弾が着弾し始める。

まだ着弾は乱れない。

このままじゃシックルもフレイルも巻き込んじまう。

戦術情報ストリームはハマー43が砲撃目標を変更したことを伝えていた。

ええい、はやくしろ。


「パラディン3、敵の砲兵観測が無人機で行われている気配はあるか?」

騎体をジグザクに走らせながらミッシーに問うた。

『はい、大隊長殿。今のところつかめていません。しかし、気になることがあります。今回の弾着のコンマ数秒前に、レーザーを受信しました』

「敵の観測班の測距レーザーか?」

『いいえ、違います。敵味方とも照準・測距レーザーは単波長モノパルス波ですが、このレーザーは複数の波長に分散した、比較的長い時間の発信です。単波長連続波であるミサイルや砲弾の誘導レーザーとも違います。つまり通信レーザーです』

「レーザーの出どころは?」

『確認中です』

「急げよ」

『はっ』


「メイス、インディア288、そっちはどうだ?」

『メイスは予定ポイントまであと一分です。全騎快調』

『インディア288、こちらはあと一〇分は掛かりそうです』

ホワイトとケリーに尋ねると、快活な声が帰ってきた。

「いいぞメイス、予定ポイントに到達したら偽装を念入りにかけろ。発砲は余程のことがない限り許可しない。随伴歩兵をうまく使え。インディア288、済まない、こちらの進行が早すぎるんだ。見つからない様に何とかしてタイミングを合わせてくれ。到着したら次の指定ポイントまでは緊急報告を除いて無線封止だ」

『ヤーヴォール、ヘル・コマンダン。ところで質問がありますが』と、ホワイト大尉。

「言え」

『状況の確認は戦術情報ストリームで確認できるのでは?個々人の体調まで把握できるかと思いますが』

なんで音声で確認するのかって話だ。技術屋らしい疑問だよな。

「体調までは確認できてもメンタル面までは確認出来んだろ。そこを確認するには音声で会話するのが一番手っ取り早い。ビデオチャットするために、広い帯域に強力な電波流すのも好かんしな」

『なるほど。そいつを聞いて安心しました。てっきり、』

「てっきり機械が苦手なんじゃないかって?お生憎だが私は簡単なケータイアプリぐらいなら作れるんだな、これが。近衛時代にはアジュール・エクリプスにこっそりエミュレータ仕込んで、待ち時間の合間にゲームしてたよ。他に疑問はないか?」

『ありません、失礼しました』

ホワイトがほっとしたような声を出した。

人間、いろんなことが気にかかるようで、まぁめんどくさい生き物だよなぁ。

こういうのは別の機会にして欲しい。


今でもこういうことはちょくちょくあって、いや、まぁいいかこの話は。

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