或る騎兵将校の戦争

高城 拓

事前調停

第1話 行軍

 あの日のことを聞きたいって?

 ああ、忘れようたって忘れるわけがない。

 何もかもすっかり思い出せるよ。



『パラディン1、パラディン1、こちらシックル1-1』

小鳥のさえずるような呼び出し音の後に、聞き慣れた声がヘッドセットを通じてこちらを呼び出してきた。

耳と言うか頭頂部と言うか、とにかく頭全体がヘルメットとヘッドセットのおかげでひどく蒸し暑い。

抜け毛が気になるが仕方が無い。

このあいだまで騎乗していたアジュール・エクリプスのそれと比べると、ひどく狭くてやかましいことこの上ないコックピット内部ではサラウンドスピーカなど訳に立たない。


音声交信そのものに混じる雑音は少ない。無線機もコンピュータも、もちろん発電機も快調に作動中。時間は二〇〇二時。私の騎の熱線画像モニタには危険は感じられない。

「シックル1-1、パラディン1受信。どうしたベルティ」

大隊前衛に配置した第一中隊──無線符牒”シックル”の中隊長、アルベルト・シュナウファー大尉に返信する。一緒に作戦行動を行うのは五年ぶりだが、彼は軍人としても、個人的にも信頼に値する男だ。

つまり彼の報告を無視することは、旗を一本立てることになる。

死亡フラグというヤツだ。

この騎の無線機は、通常なら交信開始とともにメインパネルの隅に更新相手のリアルタイム映像を表示することも出来る。

が、私はそれを実現させる指向性もエネルギーも強い電波を放出させたく無かった。

なぜなら我々は敵軍が待ち構える前線に向かって騒音と振動と熱を盛大に振りまきながら進軍中であり、これ以上部隊の位置を敵に晒すことはしたく無かったからだ。

無線でちょっと世間話をしただけで、敵陣からの大口径砲弾やらロケットやらのプレゼント攻勢に会うなどということは、戦場では日常茶飯事だ。


というわけで今回はデジタル圧縮音声とテキストデータのみの交信だ。

これなら映像転送より、よほど低いエネルギーで交信が可能になる。

とはいえ、少々いかめしくはあるものの、まぁまぁハンサムな部類にはいるアルベルトの顔を見れないのはちょっと残念だ。


『帝国軍部隊の一部に動きがあります。一部の戦車と機動歩兵が前進を開始。接触予定の友軍部隊を圧迫しつつ有ります。プロットデータは転送済みです』

右手前方の丘陵と背の高い原生林が邪魔をして、前方五kmを先行するアルベルトの中隊と、その先に有る我々の戦場を観測することは出来ない。

つまり敵からもこちらを観測出来ないからそれでいいのだ、と知りながら、思わず舌打ちが漏れた。

そうしている間に、夜間視界を映し出しているメインモニタに、第一中隊全騎の周辺観測結果が合成表示される。アルベルトの推測も加えられていた。

『当方の進出を感知せる敵部隊の威力偵察の可能性あり。注意されたし』だと?

心配してくれるのはいいが、ちょっとバカにされたようでしゃくにさわる。

この状況で不意打ち食らうとしたら、それは砲撃によるものだろう。


さて、敵前方陣地より突出した敵増強機甲中隊は雁行陣形をとりつつ、敵陣右翼に展開。友軍第二八八装甲擲弾兵中隊を圧迫、同中隊はこれに応戦中、か。ふむ。

「確認した。……判らんな、あいつら何を焦ってやがる。奴らの機甲戦力は騎兵に戦車を足したって余裕があるわけじゃない。だいたい、連中の規模は一個聯隊がいいところだ。増強機甲中隊一個なんて、安易に使い潰せる数じゃないぞ。戦線を突破したところで、攻勢を維持出来るはずも無い」

『自殺的突撃はあり得ませんね……ひとまず連中も補給を受け取ったのは確実と見るべきでしょう。そのおかげで使い潰せる理由が出来たのかも』

大隊主席参謀のジェイク・カルサコフが街角で尻軽女をナンパするかのような気軽さで割り込んできた。

頭も顔も良いほうだが、こういうところが鼻につく。実際本人も外見からなにからチャラい。

まぁ、坊主頭にしているのと、仕事はできるヤツだから、ガタガタ文句は言わないでおいてやっている。

「だろうな」

『とはいえ、参謀本部の連中のいうことも怪しいもんですが?最近は情報の精度がまるでなっちゃいない。トビリシ方面の第二軍も、先週それで痛手を被った。装甲一個連隊、というのもどこまで信じていいのやら。この辺りは一〇日前から衛星も偵察機も飛ばせていないんですよ』

我々が敵対している帝国の領土は広い。我々も衛星や成層圏偵察飛行船で戦線後方を監視しているが、全く手が足りていないのが実情だ。

「貴様のいうことに同意するのはやぶさかじゃない。ともかく奴らは何か企んでやがる。シックルは敵増強機甲中隊の側面に回れ。隠蔽して伏撃体制をとれ」

『シックル了解。友軍装甲擲弾兵中隊は後退を開始。予備陣地まで撤収する模様』うは、そりゃまずいな。

「二八八の指揮官と連絡をとり、一個小隊を直接支援に出せ。敵がそのまま突破を図るようなら、全力で阻止しろ。一〇分で合流する。しっかり見張っていてくれ」

『ヤーヴォール、マイン・ヘル。直援の小隊は自分が直率します。何も見逃しません』

「気をつけろ。交信終ワリ」

私たちは行軍速度を速めた。

私の大隊の残りの戦力──第二/第三中隊と、私を含めた三騎ばかりの本部小隊、狙撃小隊に装甲擲弾兵中隊、戦闘工兵小隊に大隊砲兵、大隊兵站中隊、整備中隊、おまけにこの辺りで一番頼りになるデカマラ・第五砲兵聯隊弾着観測班──は、巻き上げる砂埃の量をいっそう増やしながら先を急いだ。

これだけの戦力があれば、今回の任務である二八八中隊の救援と敵先鋒の突撃阻止、聯隊本部到着までの戦線保持は可能であろう。

問題は、敵が何を考えているか。その一点のみだ。





一ヶ月と二週間前まで、私はこの北部戦線から軽く二〇〇km以上離れた中央戦区に居た。

所属は共和国近衛総軍第一騎兵師団第三騎兵戦隊”アジュール・ナイツ”。

蒼の騎士団。

今は陸軍独立第七聯隊第一騎兵大隊、通称七一大隊を率いる身である。

この配置転換をどう考えるか、難しいところがある。

この間まで「戦隊で二番目にお荷物」とされていた私が、一転して昇進、のち騎兵大隊長。人によっては栄転と言うだろう。


だが、実際には左遷だったのじゃないかな、と思う。「近衛騎兵」からただの「騎兵」へ。戦うべき戦場は、騎士道の精華たるアームドール同士の殴り合いが繰り広げられる中央戦区ではなく、昔ながらの血みどろの戦場、砲兵を神と崇める歩兵どもがすべてを支配する北部戦線へ。

だいたい、独立聯隊といえば聞こえは良いが、実勢は二個大隊相当の戦闘部隊と、それよりも多数の支援部隊を含む装備実験集団にすぎず、何より私が今操っているのは、全高一八mにもなろうかという巨大さと、至近距離で多数の命中弾を耐え凌ぐことが出来る防御力を持つアームドール──ADではない。

その技術を応用し、小型化することで生産性と運用性を向上させたMD──ミニチュア・ドール、その我が軍に於ける新型騎の増加試作型だ。いつ壊れるか、どんな不具合が起こるか判ったものではない。防御力だってたかが知れている。

おまけにこの騎の実戦参加は今回が初めて。

つまりはモルモットということか。

はは、近衛騎兵の都落ちには相応しいじゃないか。

くそったれめ。


とはいえ。

配置転換については、どちらにしろ当然の処遇だったことは理解している。

量産AD最強のアジュール・エクリプスと戦術指揮/重戦闘ADアジュール・コマンダンテを装備し、当時『近衛最強』を謳われた我が戦隊が、一瞬で消し飛ばされたからだ。その時、私と、二騎分隊ロッテを組んでいたジョージ・ファーガスン中尉の二人だけが生き残ったのは偶然ではない。戦隊副長が私たちの盾になってくれたからだ。

彼はその時、乗機とともに分子レベルにまで分解され、蒸発してしまった。

いや、それだけにはとどまらない。

私の内部でも何かが永遠に蒸発してしまったのを、今でもはっきりと覚えている。


AD。

アームドール。

つまり装甲人形は今でこそその大きさは身長一八m静止重量一六〇トンというのが相場ではあるけれども、その始まりは二三〇年前に炭鉱夫が着用していた動力服でしかない。

というとなんだか複雑な機械構造を思い浮かべがちだし、それは実際そうではあるけれど、実現は簡単だった。


遠い昔の錬金術華やかなりし頃。

ある種の鉱物群を元にした合金に電気や熱など様々な刺激を与えると、与えられたエネルギーと同等程度のエネルギーで激しく収縮することが発見された。この合金は少し組成を変えただけで、刺激に応じて電流を発生させることも同時に発見される。

つまり、前者をα、後者をβとし、それぞれの両端を金属線でつなぎ、βを曲げるとαが変形するのだ。αとβの連絡が取れるなら、どれだけ離れていても構わない。

この鉱物群は帝国の存在する大陸に非常に多く存在し、それまでは鉄や銅を掘り出した時の不純物として捨てられていたものだった。

これを知った錬金術士たちの多くはそのままからくり師となり、当初は手品ていどの、次第に舞台装置や時計塔、鉱山採掘の機械動力源としてこの鉱物を利用し始めたのだ。

これが約二五〇年ほど前のこと。

動力服が誕生するのはこの二〇年ほど後で、その当時の鉱山の生産性を大きく飛躍させたことは教科書にあるとおりだ。


やがて動力服は装甲を施され、各地の内乱や一揆に使用されるようになる。

あとは単純な話で、科学技術の進展とともに発達する武器に合わせ、より強固な装甲と強力な武装、それらを迅速に運搬する機動力を求めて巨大化していったのだ。

六〇年ほど前には、ある組成の合金を特殊な結晶構造へ成長させたうえで高周波電流を流すと質量がマイナスになる(つまり浮く)ことが発見されたから、大型化はさらに加速した。

で、その大型化の方向も建造・維持コストや運用の制限が大きくなりすぎたため、小型化の波が押し寄せてきた。

これが我々の操るMDである。


私が乗っていたYMD-21Aは対AD戦闘を主眼において開発された騎体だ。

制式採用もすでに決定していた。

通称「マンティス」。カマキリだな。

どうもカマキリというより、東方の武者甲冑をでっかくしたように見えるが。


全高七.二m、全備静止重量六四トン、戦闘基準重量はバブル・ユニット(例の質量がマイナスになるアレだ)を使用して三四トンになる。もっと軽くすることもできるが、あまり軽すぎても砲の反動を処理しきれなくなるからこれでいい。

主武装は右腕に固定された六二口径一〇五ミリライフル砲。新型の短縮薬筒テレスコピック砲弾を使用する軽量砲で、反動利用の自動装填装置付き。装弾数は1弾倉マガジンごとに五発。弾種の切り替えは弾倉ごとになるから、面倒といえば面倒だ。

副武装は砲と同軸(並行)に搭載された七.六三ミリ多銃身機銃、または一二.七ミリ機銃と、左腕に専用のマウントと保持アームを介して接続される防盾だ。

防盾は特殊防弾鋼のケーシングにセラミック装甲がぎっちり充填されている。先端には仮託射撃時に地面に打ち込むためのスパイクも付いている。裏面にはバブル・ユニットと砲の予備弾倉。電源は保持アームを通して供給される。


騎体そのものはシルエットを小さく細くすることで被弾率を減少させるというコンセプトのため、細身だ。装甲も薄い。

それでもコックピットのある体幹部と、被弾率の高い肩や腰回りは十分な装甲が施されている。


いちおう、騎体体幹部と盾はそれぞれ七五ミリ装弾筒付き翼安定徹甲弾(APDSFS)に耐え、盾と騎体装甲を重ねた状態ならば、ADの放つ一二〇ミリAPDSFSに対しても乗員は保護される、という触れ込みだが、当時の私はあまり信用していなかった。

それよりは大して装甲されていない足回りがもたらしてくれる軽快な機動性に期待していたな。

軍病院を退院して早々に赴任した大隊駐屯地で受けた説明では、機動力と数を生かして敵AD集団を分散させ各個撃破する、という運用シナリオだったというのもある。

ともかく、当時は随分不安に思ったものだ。


ではその時、目標の戦場で猛威を振るっている戦車はどうだったか。

この世界の機械動力は前述のような進化の過程をたどったため、家畜用の動力服もすぐに開発された。

一方で荷車の自走化は手頃なエンジンの開発に難航したため、なかなか進まなかった。

なにしろ動力服登場当時の技術力では、発電用の蒸気タービンと発電機と整流器、人工筋肉の収縮運動を回転運動に変換するクランクがひとまとめになってようやく「エンジン」なのだからかさばって仕方がない。

ならば発電用エンジンは発電せずにそのまま動力とすれば良さそうなものだが、そのためのトランスミッションがまたかさばって仕方がない。兎にも角にも効率が悪すぎたのだ。


もちろん主要燃料の変遷とともに効率は向上していくのだが、人工筋肉も同じように発展するのだから到底追いつけるものではない。

荷車の車軸に発電機を付けて家畜用の動力服に給電するシステムが農村部で未だに売られていて、それは実際効果のあるものとして運用されているぐらいなのだ。


こうして「小型かつ高効率のパワーパックが無い」という思い込み(そう、思い込みだ)が結果として、装甲車両の発展を阻害し続けた。

操作の方法にも問題がある。

装甲服やADは「着る装甲」そのままの操作性を持つ。マスタースレーブ操作を行えば、素人でも歩いてしゃがんで砲を撃つぐらいはできるが、車両はそれなりにちゃんとした教育を受けないとまともに動かせない。

むしろ「車両」というものそれ自体が、ADの付随物として発展した側面は否めない。

つまり、ADを運搬する自走台車と、それが通行する道を作るための工作車両としてだ。各種の装甲車両はあくまでも「自衛あるいは支援」を目的に武装していた。

正面切ってADと戦うためではない。

当時の戦車のトレンドは、七五ミリから九〇ミリ程度の主砲と、それに耐えるだけの装甲、車重三〇~四〇トンというところであろうか。

対AD戦闘は徹甲弾ではなく多目的成形炸薬弾(HEF-MP)か電磁パルス弾(EMP)で行われることが多い。

エンジンの能力が低すぎ、ADと殴り合えるだけの装甲と砲を搭載できなかったのだ。火器管制装置(砲弾を目標に確実に当てるためのコンピュータ)はやたらと充実しているのが救いだろう。

少なくともそのときまではそうだったはずだ。


とはいえ、歩兵どもからしてみれば、ADと同じぐらい面倒な相手だ。

なにしろ小銃弾や機銃弾程度では倒せない。対装甲ミサイルか、迫撃砲の対装甲弾頭は絶対に必要だ。

側面に回り込めば二五ミリ機関砲で十分通用するが、側面に回り込むという行動自体が難しいし、歩兵の装甲服では二五ミリ機関砲を保持できない。


MDを装備した私達なら勝てるはずだが、これもまた信じる訳にはいかない。

ADとまともに殴り合える戦車は我が国も開発を急いでいるし、それは帝国だって同じだろう。


今から私達が殴りあう相手がそいつらでない保証は、どこにもない。

そう思って少々気が滅入っていたというのが、嘘偽らざる事実というやつだ。

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