1-3 隣人


 櫛田家の男三人の食事はとにかく早い。原則として食事をしながらアルコールは飲まない。逆にアルコールを飲む時はほとんど食べない。


 ちゃぶ台の上には、焼き鯖、トマトとレタスのサラダ、サトイモと鶏肉の煮物、きんぴらごぼう、ほうれん草の白和え、冷奴、沢庵が所狭しと並んでいた。


「真知子さんの料理が食いたいな」

 浩人は少し硬いサトイモに箸を突き刺した。


「私は泰人兄ちゃんのご飯好き」

 杏は皿にとったトマトにマヨネーズをたっぷりとかけた。


 泰人は自分で作ったキンピラを口に運んだ。


「しょっぱいぞ」

 浩人が警告する。


 泰人は少し涙目になった。


 三国は他の三人にまったくかまわず慌しく箸を動かしていた。煮物に箸を立て、サトイモを噛まずに丸呑みする。


「父さん、お茶、お茶」

 三国の顔が赤黒く膨れ上がっているのに気がついた浩人が茶碗を渡す。三国は震える手で受け取りお茶でサトイモを流し込む。しばらく目を白黒させながら、やがて急に落ち着いた顔に戻った。


「あー、死ぬかと思った」

 目には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「父さん、もういい年なんだからゆっくり噛んで食いなよ」

 浩人は呆れ顔だった。


「あんだと? メシぐらい好きなように食わせろ」


「別にいいけどさ。多分、そのうち餅、喉に詰まらせて死ぬよ」


「死なねえよ。ごっそさん。泰人、ちょっと花源さんに行ってら」


「花源さんに何の用だよ」

 浩人は慎重にサトイモを噛んでいた。


「あれだよ、あれ。なんだ、あの、あれだ、あれ」


「ああ、この前の祭壇用の」

 泰人が納得したようにうなずいた。


「ちょっと待て、泰人、おまえ、それでなんでわかるんだ」


「わかるよ」


「わかんねえのかよ。あれだ、泰人の言う祭壇用のあれだよ、あれ、なあ」


「祭壇用の菊、当日になってご遺族様からもうちょっと増やしてって言われたんだけど花源さんになんとか工面してもらってね。そのお礼って話だよね」


「泰人その通り。わかってんな。じゃ、ちょっと行ってくっからな」

 三国は上機嫌だった。


「花源の親父と飲むんだろ」

 浩人は焼き過ぎてぱさぱさになった鯖にかぶりついた。


「バカ、飲むのも仕事のうちだろうが」


「まあね、昔と違って今ならその気持ちわかるよ、俺も」


「知った風なクチきくんじゃないよ。じゃ、行ってくる」


 玄関の向こうに人影が見えた。


「と思ったら来客だよ」


「こんばんはー」

 若い女性が顔を覗かせた。


「なんだよ、里佳ちゃんかよ。上がんな、上がんな」

 三国が相好を崩した。


「お邪魔しまーす」

 櫛田葬儀店の大家でもある田村里佳が嬉しそうに入ってきた。


「里佳、おまえ、絶対メシ時狙ってきてるだろ」

 浩人がぼやく。


「え、なんのこと? お食事中なの? 美味しそー」


「食べてく?」

 泰人は明らかに歓迎していた。


「おい、甘やかすなよ」

 泰人を睨む浩人。


「じゃ、お言葉に甘えて」

 いそいそと食卓に近づく里佳。


「あー、いいよいいよ、里佳ちゃんはウチの子みたいなもんだから」

 上機嫌の三国。


「白和え、ヘルシーな味付けでとっても美味しい!」

 杏と浩人の間に座った里佳は早速食べ始めていた。


「ものは言いようだな」

 浩人は里佳の口ぶりに感心していた。


「この煮物もさっぱりした味付けで美味しいね、杏ちゃん」


「うん」

 杏が楽しげにうなずく。


「見てみて、杏ちゃん、沢庵がつながってる!」


「あはは」


「なんだよ、杏まで手なずけられてんのかよ」


「いいんだよ、浩人のいない間も里佳ちゃん飯食いに来てくれてたんだぞ」

 三国はいつの間にか缶ビールとグラスを持ち出していた。


「里佳ちゃん、飲むか」


「ありがとう、おじさん」


「おまえには遠慮ってものが無いのか」


「あー、おいしー。ここで飲むビール最高」


 食卓は一気に明るい空気になっていた。


「ヒークンも飲もうよ」


「やめろよ、オマエだけだぞ、その呼び方すんの」


「里佳ね、ヒークンに相談あるの。おじさん、ちょっとヒークン借りていいですか」


「ああ、いいよいいよ。じゃ、ヒークン、里佳ちゃんと楽しくな」


「おい、親父、てめえまで、なに言ってんだよ」


「親に向かってその口のきき方はなんだ、ああん?」


「里佳ちゃん、アニキなんかよりボクが一緒に」


「ヤックンは今度ね。杏ちゃんバイバーイ」


「うっせえな、わかったよ」

 浩人は重い腰を上げた。

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