第6話 転機?


 更に1年が経過。いよいよ、考えなければならなくなってきた。撤退の事を。いや、本当は何度も何度も考えていた。

 いいじゃないか、筆を置いたって。趣味で小説を書いて、楽しく読んで、笑いながら過ごすのだ。家族を作って結婚して、休日にはドライブ、春にはお花見、夏には海水浴、友達の家にも遊びに行こう。少し見え張ってオシャレして、自分は幸せですって見せびらかすのだ。

 今からじゃ遅い? いいじゃないか、遅くったって。人生に遅すぎることなんてない。今からでも人生を謳歌すればいいんだ。

 くだらないよ。モノを書くなんて、プロにならなくたって書ける。気張って書かなければ読んでくれる人だっている。暇な時に書いてそれを読んで楽しんでくれればどんなに幸せな事か。そんな人生が私に残されているのなら、それはどんなに幸せな事なんだろうか。


              ・・・


 大きくため息をつく。それが、簡単にできれば苦労しないっての。そんなことが出来れば8年前にやっている。年々難しくなってきてるのに、今更どの面下げて幸せな家庭だ。

 その時、私に着信が。『偽江口洋介』……実に3年ぶりだ。

「もしもし、何か用ですか?」

 こんな鳴かず飛ばずのエセアマチュア作家に何のようだ。言っておくが合コンのセッティングならせんぞ。友達なんてみんな結婚し終わったし。まあでも、あんたが若い男を連れてくるってんなら――

「ご挨拶だな。3年ぶりなのに最初と変わらない野良感だ。読んでるぞ、お前の作品。ちったぁ、書くようになったじゃねぇか」

 そう江口さんから言われて、舞い上がりそうになった。

「な、何ですか急に。どうせ、『ちったぁ』とか言われて喜ぶなんてゴミ作家だとかいうんでしょ?」

「んにゃ。今度は素直な褒め言葉だ。おい、1つ連載があるんだ。書いてみるか?」

 はぁ!? 幾らなんでもそんな適当に連載ってあんた。

「今日はエイプリルフールかなんかですか? いくら、底辺アマチュア作家って言ってもね、そんなバレバレの嘘すぐにわかりますよ!」

「なんだ……じゃあ、要らないのか? 連載」

 くっ、まあどっちにしろ飛びつくんだけども。

「やりますよ、で、何を書けばいいんですか? エッセイ・現代ドラマ・歴史・ファンタジー・ノンフィクションなんでもござれですけどね」

 一心不乱に書き続けたおかげで、そういう引き出しだけは多くなった気がする。「なんでもいい。お前が最高だと思った作品……1つ。もってこい。でも、面白くなかったら他の奴にする。お前の他に何人か声かけてんだ」

「なっ……2股反対!」

「黙れ、いいか? 1ヶ月やる。じゃあな」

 乱暴に電話は切れた。


 その時、心に炎がついた。最高の作品……最高の作品か。

 もう、私の頭の中にはそれしかなかった。プロを諦めることも、筆を置くこともさっき考えていたことが全部綺麗にぶっ飛んだ。

 やることは1つ。最高の作品を持っていく。胸を張って、これだと思える作品。江口と言う編集者にそれを見せて唸らせる。ただ、それだけでいい。

 私のヨムヨムサイトのラインナップは現在20くらいある。つい先日から書きまくったおかげで結構増えた。その中でも1番好評だったのは、確かにある。これは、コンテスト入賞に行きかけた。まあ、あくまで私の感想だが。


             ・・・


 ふと、ラインナップを眺めていると1つ目についたものがあった。

『マリアを殺せ』つい、3年前に江口さんから壮絶なダメ出しを喰らった作品だ。それから半ば嫌気がさし、再び新しく書き直した文字数は2万にも至っていない。

 これはどうだろうか。江口さんにそこそこと言われた作品を光り輝くダイヤモンドにしたて、堂々と提出するんだ。どんなもんだ、あんたが微妙と吐き捨てた物語はとんでもないダイヤモンドだったと思い知らせてやるんだ。

 熱い……この展開は熱すぎる。

 すぐに執筆に取り掛かる。時間がない。もう、1秒だって惜しい。1瞬ですら私には、惜しいんだ。

 この小説だけは絶対に面白く書き上げてやる。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る