第29話 私はそのギャンブルを楽しんでいる

 2016年4月2日12時58分。状況に大きく動きは無い。新しい話を更新するときは、ギャンブルをしているときに似ている。自分の話が、読者にとって面白いのか、それは自分の預かるところでは無い。

 新着を出して、読者の動向を確認しその一挙一動に狂喜落胆する。賭けるものは自分自身……私は、今、どうしようもなくそのギャンブルを楽しんでいる。


               *

 

 そもそも、最初から作家になりたかったのかと尋ねられれば全然そんなことは無い。最初の夢は、バスケット選手だった。本来は赤木春子に憧れるべきだったのだが、私が選んだのはミッチーこと、三井寿。私は将来バスケット選手になるんだ。そう息巻いて、ひたすら電柱にバスケットボールをぶつけていたのを思い出す。

 それが、私にはどうやら無理そうだってことに気づいたのは中学校3年になっても補欠で1回戦負けした時だろう。いや、薄々はわかっていたのかもしれない。自分の夢が叶わないことなんて。

 それから、高校生になっておーい、坂本竜馬と言う漫画に出会い坂本竜馬に心酔するようになる。で、夢は国際公務員。夢は世界を変えること、何をすればいいのかよくわかっていないのに、とりあえず英語の勉強をして何をトチ狂ったのか経済学部へ入学。国際経済を学んでいずれは海外へと言う野望に燃えた。

 しかし、そんな野望は大学入学と共にすっかりと消えラクロスに燃える日々へ変更。なんとなく華やかで楽しそうな部活だったので、お花見新入生歓迎コンパの勢いで入ってしまったが最後、そこで4年間をドップリつぎ込んでしまった。

 結局、普通に就職活動を始めて今の会社に入って小説を書き始めたことが、私の作家になりたいという原点なのだろう。それも、純粋に文章が書きたいという訳では無く、それしかもう目指す道が無かったというのが正直なところだ。


 子どもの時には、確かに無限の荒野が広がっていたかもしれない。でも、時間がどんどん過ぎてきて、自分の行動によってどんどん道は狭くなる。

 だんだんと明りも消えて、次第に道は一本になる。私にとって作家とはそのようなものだった。最終的に自分が歩んでいた道に、振り返れば何も残っていなかった道に後悔が無いと言えば嘘になる。もちろん後悔だけじゃない。嬉しいこともいっぱいあったし、大切な人たちだっていっぱいできた。

 ちなみに、私が小説家を目指していることは友達1人にしか言っていない。それは、仕事辞めてオーストラリアに留学し、グリーンカードを目指している野心高き友人だが、4年前に恥を覚悟で物語を見せてから感想をまだ貰っていない。その間、何度も会っているが、特に何も触れてこないしこちらもなんだか催促できずもやもやした状態が続いている。


 いい大人がいい歳して小説家を目指しているというと、大抵は引かれる気がする。『いくつになっても夢はあるのがいいじゃないか』そういう人も山ほどいるが、就職した時点で結婚した時点で多くの人が見切りをつける。他人の事はどうかわからないが(自分も夢を隠しているので)、少なくとも私にはそう見える。

 ましてや、ライトノベル作家。私なんて、ライト級どころかフェザー級だ。

「あいつ、こんなの書いてやんの」

 曝した時点で、笑いもの決定になる気がとてつもなくする。

 異世界サイトナルナルの人気作家ですら、自らの身分を隠す人が多いのではなかろうか。異世界はライトノベルの間では、人気部門だが世間の風は恐ろしく冷たい。だから、異世界の作者は文字通りひっそりと異世界で暮らしている。


 私は正直、作家という夢への踏ん切りのつけ方がわからない。バスケット選手だって国際公務員だって、その他に山ほどあった夢の残骸は、どこかで自分の夢に見切りをつけた結果だ。逆に、今まではどうやって諦められたのだろうかと不思議に思う。今では、夢をあきらめることが怖くなっている。

 仮に、私が作家の夢をあきらめた後に、広がる景色はどうなのか全く想像がつかない。感じるのは、絶望なのか、恐怖なのか、それとも安堵なのか、平穏なのか。

 もう、それだけの時間が経ってしまった。もう、それだけの人生を消費してしまったことを改めて実感させられる。

 それが7年間、この執筆と言う世界にしがみついてきて得た感想だ。もちろん、ずっと一心不乱に夢に向かって書き続けていたわけでは無い。私の癖で、今まではテレビや某動画を見ながら書いていたので1日1行も進まないなんてざらにあった。結構まったり、ゆったり、だらだら進んで来たなって思う。


 今、私がこの1か月間に書いた分量は少なくとも私が1年間に書いた分量を遥かに凌ぐ。私は、今、自分の人生を書いているのだ。そう思うと、心が震える。そして、それを曝して反応があった時の熱は計り知れない。

 こんなに震えることがあったのだと、今更になって気づく。こんなに嬉しいことがあるのかと、今まで生きてきた人生を後悔するぐらい私は今、一心不乱に書き続けている。

 願わくば、この話を書き上げた後もこの狂おしく愛しい熱を持ったまま生きていければ、私はどんなに幸せな事なのだろうか。今までに抱いた夢の残骸たちを眺めながら、唯一残ったこの一つの小石は……魔法の石かただの石か。

 私は、今、どうしようもなくそのギャンブルを楽しんでいる。

 

 


 

 

 


 

 

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