Under World

琥珀

プロローグ

 吸い込まれるような青い空を見上げ、彼は眩しそうに目を細める。

 足元に広がる湖上にはその空が映し出され、どちらが天なのか地なのかも分からないくらい、美しい空が広がっていた。


 果てしない青の空間——


 その空間を体中で受け止めようとするかのように、彼は天に向かって両手を差し出した。



——————



 木刀の激しく打ち合う音が響く。

 一方は、年のころ十五、六の青年。柔らかな黒髪に漆黒の瞳。細身ながら、無駄なものを一切排除した鋼のような筋肉をまとっている。もう一方は、年の頃十歳程度の少年。同じく、柔らかな黒髪に漆黒の瞳。まだあどけなさが残り、小柄な体ではあるが、素晴らしいスピードで剣を交える。


「おい、翼。まだ脇が甘いぞ」


 青年がそう言って、翼と呼ばれた少年の剣を叩き落とした。


「くそーっ。また負けかよー。もう一回!」


 地団太を踏んで、悔しがる翼。けれど、

「もうすぐ五時になる。太陽が落ちるぞ。建物に戻ろう」

 と、さっさと背を向けた青年に対して、「勝ち逃げか。ずりーぞ。瑠偉!」そう言って、彼の背中にしがみついた。


「やめろ、バカ」


 瑠偉と言う名の青年は翼を引き離そうとしながら、笑う。


「あー。栄華の都は太陽が十時まで点いているらしいぜ。いいよなぁ」


 背に乗ったままつぶやいた翼の言葉に、瑠偉の顔から笑顔が消えた。その瞳は、睨みつけるように、遠くにある何かを見据えている。


「いつか、栄華の都に行ってやる……」


 その低い声に、翼は肩をすくめて、

「俺はあんな下層都市まで潜りたくないけどな。空から離れるし」

 と言った。


「お前、まだそんな夢見てんのか」


 途端、瑠偉は不機嫌な顔になって、諌めるように言う。

 翼はそんな瑠偉にニカっと満面の笑みを見せると、彼の背中から一回転して地面に降り立った。


「もちろんだ!」


 町中に響きそうな大きな声を出して、天を指した翼。


「俺はいつか絶対に空を見る!」


 その指先には、果てしないコンクリートの壁が広がっていた。




 二二一〇年。地上は、妖魔と呼ばれるなぞの種に占拠された。

 それは他の星から来たのか、突然変異によって生まれたものなのか、人類には知る術もなかった。妖力という人知及ばぬ力を前に、未来永劫、食物連鎖におけるピラミッドの頂上に立つと信じて疑わなかった人間は、その日を境に、捕食される側へ引きずり降ろされることとなる。最新の兵器も新種が放つ妖力の前には無力であり、人類は絶滅寸前まで追い詰められていった。


 そして、妖魔との戦闘開始から百年が経った二三一〇年、ついに、生き残った少数の人類は妖魔からの侵略を逃れるため、築き上げた文明とテクノロジーを捨て、地下に潜った。


 地下都市と言う、巨大なシェルターに。

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