糸瓜

 ひたすらに長い階段を一つ飛ばしに下るうちに、頭が馬鹿になって、次の一歩はどちらの足か、地面はあるのか、なんて考えてしまう。前に一度無精をして、踊り場から踊り場までのちょうど半分くらいを飛び降りたら、偉い人に酷く叱られてしまった事があった。靴底と鉄板の打ち合うやかましい足音が響いて、その音は嫌いではないけれど、また叱られるかもしれないと心配になった辺りで、ようやく錆だらけの扉の前に着いた。開く前から地獄のような音が漏れている。幸い、まだ本物の地獄は見たことがないけれども。


 偉い人が言うには、ぼくはその人にとても気に入られているようで、そのお陰様で、言いづらい事や、そういう、損な役割を任されることが多かった。今手に持っているこの書類も、机の上にでも置いておけば済む話だけれど、渡すついでに、遊び呆けているその人を連れ帰ってこいだなんて、どちらが本当の用事かなんて、さすがに理解しているつもりだ。


 薄明かりでも分かるほど濡れた床を、滑らないよう慎重に歩く。一番奥の檻の中に、上司と、その人に似た男の子が突っ立っていて、二人してこちらを見ていたものだから、とても気まずく感じた。

「木戸大将殿、あの、忙しいです?」

「……高梨か。構わない、どうした」

「はい。ええと、報告します。海の近くの方で、"よだか"に動きがありました。それで、これを」

書類を渡すと、大将殿はそれをぱらぱらと捲り、ふふんと鼻で笑った。

「良かったな。任をやろう。存分に散ってこい、いろは」

隣で、睨みつけるようにこちらを見ている男の子が、はいにいさま、とすぐに返事をした。その返事を待たずに、大将殿はぼくにもいくつかの指示を出し、さっさと檻を出ていってしまって、その場に取り残されたぼくはまるで針のむしろの上に立たされたような気がした。

「い、いろは殿、けがは、もう治したんですねえ」

「ええ、直す必要が有ったのかは、甚だ疑問ですが!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る