第13話兆し




この世界に生まれてから早6年になる。

村での生活は相変わらず変化なく、ただ単調な毎日を送るだけだ。

だけど剣術や魔法は確実に進歩していると自信を持って言える。氣というのがなんとなく掴めてきたというのは、ノエルとの追いかけっこが対等な勝負になって来た事で実証されたし、最初は木の棒に振られていたのが棒を振れるようになってきた。



実際、氣と言っても結局は魔力だっただけの事だが、魔法使いと戦士の領分が違い過ぎるせいで誰もがそれを認識出来ていなかったのだろう。

内側で循環させるのが氣であり、放出するのが魔法といった具合だ。

恐らく学がないからこそ、余計な事を考えず直感だけで動く人間が多いからこそ、この世界に魔法使いは少なく、そして俺に氣の才能はない。

出来ないわけではない。それに絞って使えば、最低限のレベルには到達する。だが、それまでだ。そこからはどうやっても伸び悩んでいるのが現状。



更に魔法と氣を同時に操る事は今のところ出来そうにないし、循環させるだけでも僅かながらも常に魔力が消費されていくため、やはりどちらか片方に、と言うよりは魔法に絞った方が現実的だろう。

毎日魔法の訓練は魔力が切れるまで繰り返したおかげか、魔力の高さはこの年齢では高い方だという確信もある。生憎と、比べる相手はいないが。確かにあの時、魔法使いのお姉さんが言っていたように魔法も持久走と一緒で、使えば使う程にスタミナ、魔力の最大値が上がっていくのを日々実感した。



初めのころは魔力の関係であまり訓練に時間は費やせずとも、就寝前と朝食後すぐに魔法を使い、そして何よりも情熱を注いで取り組んだだけあって、成長率は決して悪くないだろう。



今ではファイアーボールを続けて二十発は撃てるまでになった。

身体能力は全体的に上がり、村の同年代どころか一つ上の世代の者と比べても飛び抜けて高い。尤も、そんな自分との鬼ごっこを成立させてしまうノエルの身体能力の高さは獣人故なのか、それとも日頃の鍛練(おいかけっこ)が物を言うのかは謎であるが。



とは言え、基礎体力の向上に加えて魔法、剣術、サバイバルと、様々な事を同時にこなしてきたのだ。この年齢の中では間違いなくずば抜けた力があると確信している。が、所詮はまだ6歳児でしかない。上には上がいるし、幾らスタートダッシュが人より早かろうと将来的に頂点に立っていられると思うほど慢心もしちゃいない。



明日、命の危険に晒されない保証などないのだ。

そもそも人間以外にも魔物と言う、生まれ持った身体能力で露骨なまでに格差が開いている相手もいる世界だ。強さに貪欲である事に越した事はないだろう。

だからこそ強く、もっと強くと、そう思うのだ。

やればやるだけ成長出来る喜びと、この程度では安心できないという焦燥感。それらがごちゃ混ぜになり、俺は今もまだ貪欲に強さを求めていた。

だから6歳になったらやると決めていた事がある。



大規模の魔法でもない限りは魔力不足による不発の心配がなくなったから、新しい魔法を開発しようという事。

そして、魔法という概念の研究だ。

今日は何やら家族との話し合いがあるとかで一緒に遊べないとわざわざ本人から連絡が来たお陰で、一人集中出来ると言うのも大きい。

とはいえ、あの時習ったファイアーボールとトーチ以外はどんな魔法があるのかも知らないので、それが本当に新しい魔法なのかどうかは分からないが。

それでも使える魔法がこの二つというのはあまりも寂しいし、俺としても物足りない。どうせなら派手でかっこいい魔法を使いたいと思うのが男という生物なのだから。


と言う事で、この日の為に考えていた魔法の中からまずは一つ目。


「爆ぜる火炎、迸る大火。大地を薙ぐ焔の剣『レーヴァテイン』!」


何度もシミュレーションした通りの詠唱とイメージを再現する。

突如発現した焔の剣が地面に叩きつけられた瞬間、響いた爆音。そして炎は激しく燃え上がり、一瞬で可燃物を焼き尽くす。そこから僅かに零れた余波が、周囲へ一気に燃え広がった。

ファイアーボール十数発分に相当する範囲と威力はあるだろう。

それだけの魔力を一気に消費した影響か、体は急速に倦怠感に包まれる。


だけど成功だ。


そう、やはり魔法は生み出せる。それが今、実証された。

急速に高まる達成感、そして予想以上の爆音に驚きつつも、村から充分に距離を置いていたからこそ、保険が機能したという点は良い。

何より、成功したのが大きい。だけど――



「これって勝手に消えないのかな……」



うん、草に燃え移った炎が消えない。

生み出した炎自体は消えたが、燃え移った炎は消えてくれない。

熱気はここまで届いているというのに、冷や汗がだらだらと流れ始めた。

今までは空にばかり放っていたから、こうなる事まで想像できていなかった。

魔力の供給は発動時に持って行かれただけで今は無供給なのに、炎はむしろ燃え広がって、勢いを増しているようにさえ見える。これはヤバいとさすがに焦るが、だけど対処方法なんてない。



いや、あるにはあるが、だいぶ賭けの要素が大きかった。だけど、さすがにこのままにしておくのはまずいだろう。

何がマズイって、このまま燃え広がれば風向き的にいずれは村にまで到達する。いくら村から距離をとって誰の目にもつかない場所まで来ても、これでは意味がない。

さすがに放火はマズイし、今家を失うのはもっとマズイ。と言うか村中から袋叩きは死亡フラグ。


「ええい、ままよ! 清らかなるままに流れる生命の源よ、今ここでその清冽を示せ『アクア』!」


残った全ての魔力をつぎ込んだ結果、激流のように水が飛び出て、あっさりと炎を覆い尽くした。

半ば以上賭けだったが、それでも鎮火に成功したのを見てほっと一息。


「あ……まず……」


最初に覚えたのは目眩。

次いで視界が急速にぼやけ、体がふらついて前のめりに倒れ込みそうになるのが辛うじて分かり、とっさに全力で踏ん張ったものの、強すぎたせいか結局は仰向けに倒れ込む。



倒れ込んだと言うのはぼやけた視界で辛うじて分かったが、受け身もとれていないはずなのに衝撃さえ感じない。

いつぞやの失敗からまるで学んでいないような気がしなくもない。などという考えはすぐに薄れ、完全な魔力切れはこうなるのかと知り、軽い前兆しかなかったのがこうなったのは一気に魔力がなくなったからだろうと考察した所で、それを最後に意識が途絶えた。








「……たー……すたー……、チェスター!」

「…………ん? ああ……」



薄っすらと目を開いただけの滲んだ視界が、夕暮れ時の赤い空を捉える。

そこでようやく魔力切れで倒れたのだと思い至り、次第に明瞭になっていく視界は赤以外の色も捉え始める。


「チェスター、こんなところにいた!」


寝転がっている状態で頭上、と言うべきかどうかともかく、少し頭を上へ向けたそこにはいつの間にか接近していたノエルが仁王立ちし、ぷんぷんと怒っている。

そこでようやく、自分は失敗したのだと理解した。

魔力が足りなかったというだけではない。どう考えても考え足らずで、想像力の欠如だった。今生きているのだって、半分は幸運によるものだ。もしあの時消火に失敗していたらと思うと、ゾッとする。


「もう、こんな所でねたらかぜひいちゃうよ! こんな時間だから探して来てってチェスターのおかーさんに言われたから、早く帰ろーよ」


幸い、ノエルは俺の状態異常に気付いていないようだ。

これが魔力切れの反動だと知られれば、面倒な事にはなっていただろう。


「あ~、だるい」


魔力切れの体は、まるで二日酔いのように鈍い頭痛と、限界を超えるほどの激しい運動をした後のような倦怠感に包まれている。正直立つ事さえも億劫で、早く布団に倒れ込んで眠ってしまいたい。と言うかここで寝てしまいたい。だけどここで二度寝してしまえば、それこそ周囲に迷惑がかかるだろうし、ここの焼けた後を見られれば、絶対に探られたくない真っ黒な腹を探られる事になる。

と、仕方なく立とうとした所で、ノエルらしからぬ、まるで決定的な何かを恐れるような言葉が告げられた。


「あ、あのね、チェスター。お父さんから聞いたんだけど、今度りょうしゅさまが来るみたいなの……」


それは、本来の俺の立場ならばもう少し後になって知るはずの事だった。

そうして俺は初めて、ノエルと知り合った事を感謝する事になる。それほど重要視していなかった、村長の娘という肩書き。

小さな村の、高の知れた権力者だったが、それでも権力者なのだと認識し、利用出来ると踏んだからだ。


「……へえ、その事についてもう少し詳しく聞かせてくれ」


それは俺としても大変興味深い事なのだから。

どこか寂しそうなノエルとは対照的に、俺はこの疲れを忘れてしまうほどの湧き上がる歓喜を抑えきれなかった。

だからその件についてやけに渋るノエルから思いつくままに根掘り葉掘り聞きだし、疲れた体とは正反対に機嫌よく帰宅しようとした時、服の裾を掴まれて歩きだせない事に気付く。


「……どうした?」

「…………」


ノエルはただ無言で俯き、まるで言葉の代わりとでも言うかのように強く俺の服の裾を握っていた。

それはまるで迷子のようで、だから俺はなんでノエルがこんな表情をするのかと数瞬の間困惑しつつも、あやす様に俯きがちなノエルの頭を撫でる。

ずっと一緒にいたのだ。ノエルの扱いにもさすがに慣れてきた。

こういう時にこうしてやれば、大抵機嫌は良くなった。だからこうしているとノエルの頭が上がる。


今日のノエルはなんだか様子が変だったから、正直今回の事に関して効果があるかどうかそれほど自信はなかったが、予想通りに機嫌が直ったのだろうと思い、手を離したのも束の間。


顔を上げたノエルのその瞳は濡れており、まるで縋るように見つめてくる。


「…………ねえ」


ぽつりと、ノエルがまるで一人ごとのように零した問いかけ。



「チェスターは、どこにもいかないよね?」

「――っ!?」



それがあまりにも唐突で予想外だったせいか、心臓が激しく揺さぶられた。

寂しそうな声音はそのままに、否定してほしいと告げる視線から思わず目を逸らす。



「…………」

「…………」



なぜか今、ノエルの目を真っ直ぐに見れない。

目を合わせるだけでも全部悟られてしまうかのような、嘘を言っても見破られるような気がしたからだ。



「チェスター、また一人で何かした。…………ねえ、なんでなにもってくれないの?」

「…………」



鈍感なようで意外と鋭い事も、俺は知っていたはずだ。

ノエルは気付いていなかったわけじゃない。きっと、ただどうしていいのか分からなかったのだ。だから今、先延ばしにしようとした不安が大きくなって結局耐えきれず、こうして俺に問いかける。

先に答えたのだから、次は俺の番という事なのだろう。

ずっとこのままでいるわけにも、何も答えないわけにもいかない。



「俺は……」



言い淀んだのは、はぐらかすかどうか迷ったわけでも、まして嘘を言うためのものでもない。

それは覚悟を決めるための僅かな時間。



「俺は――」



逸らしていた視線を元に直し、ノエルと目を合わせる。

最初から、生まれた時から決めていた事だ。

そもそも覚悟なんてものは必要ない。ノエルがいようといまいと関係なく、それどころかノエルがいるからこそ余計に早く、ただ何の気兼ねもなく、むしろ晴れ晴れとした気持ちで、一秒でも早く、清々と俺はここを後にする――






「――俺は必ずここを出る」






――そうすると、決めていたのだから。




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