第19話

 並んで街中に向かうセルリアとセロシア。その二人の背中を、電柱に隠し切れない長身の男二人が見ていた。


「ふぅん。これはまた。セロシアはずいぶんと好戦的な性格だね」

「おい……」

「プライベートに干渉するのもどうかな、ってことで聞かなかったけど。復讐する気満々だ」

「ロキ……」

「さてさて、これはどうしたものか」

「聞け」

「うるさいよ、ヘイムダル」


 グッと上から頭を掴まれて、ロキは笑顔で返した。背後に感じるオーラはかなり黒い。


「ロキ、この格好はなんだ?」

「何を言ってるんだ。これが人間界での尾行スタイルじゃないか」


 そう言って手を広げて見せるロキ。ジーンズに白いパーカー。目立つ金髪は黒にし、尖った耳を隠すために帽子を目深に被って、伊達眼鏡とマスクをかけている。


「これが、か?」


 対してヘイムダルはロキの格好を黒にし、耳を隠すフードを被りサングラスとマスク。


「なぜサングラスとマスクが必要になる?」

「日本にはね、春頃に花粉症っていう鼻水やくしゃみが止まらない、全国的な病気があるんだ。今もその人数が多いしね。その患者にまぎれた方が怪しまれにくいだろう? それにマスクとサングラスは尾行にも必需品さ」

「……そうか」


 そう言って変装した神様二人は、再び電柱の陰から従者を覗く。残念ながら、おかしさを指摘する者はいない。

 通り過ぎて行く人が何かひそひそと話しているが、二人はまったく気づいていなかった。


「まあ神人は人間に干渉するのが必要な時はあるけど。でもそれは情報収集の時とかだしね。さすがに危害を加えるようなことは……」


 すでに犯人を見つける気のセロシアに、ロキは溜息をついた。

 基本的に神は人間に関わらない。昔ほど人間が自分達の存在を認識していないからだ。

 住んでいる世界も、生きる長さも、持つ力も常識も違う。だから、ほとんどの神は人間など気にせずに己の生き方を貫いている。


「まあ。まだ彼女達にそんな風に考えろって方が無理か。こっちに来たばかりだし」


 慣れてきたとはいえ、彼女達が人間界で暮らしてきた時間と比べれば短すぎる。


「でも人間と神ってさほど変わらないと思うんだけどね~。君もそう思わない? ヘイムダル……って、あれ?」


 斜め後ろを見るが、彼がいない。そのままさらに首を後ろに回してみると。


「君、名前と職業は? 何をしてるんだね」


 青い、何か制服を着た男に詰問されていた。


「フードを脱げ。それにサングラスも曇りだから要らないだろう。何だそのマスクは」


 ことごとく格好を否定されたヘイムダルが、視線とどす黒いオーラをロキに向けてくる。


(あれ、どこか変なのかな?)


 初めての指摘が気にはなるが、このまま制服男に捕まっていると双子を見失ってしまう。

ロキは少し考えると一つ頷き、二人の方へ近寄っていった。


「名前。それと年齢。職業を言いなさい」

「はい、ちょっと失礼」


 詰め寄る制服男とヘイムダルの間に、ひょこりと顔を出す。


「なっ、君は……」

「彼は平八。僕が六助。年齢は途中から数えるのやめたから分かんない。職業は神職さ」

「え? ちょっと待っ……」

「おやすみ」


 スラスラよどみなく言うと、ロキは制服男の前でパチンと指を鳴らした。男はビクリと一瞬震え、そのままの格好で動かなくなる。


「ヘイハチというのは何だ?」

「名前を日本の……カンジだっけ? あれにすると『兵務樽』とか『濾器』とか、変なんだよね。発音も日本の名前とどうも違うし。てか、君も何捕まってるのさ」

「このマスクとサングラスがまずかったんだろう。というか、捕まっていたのか?」

「彼は日本の事件を取り締まる職業で『奉行所の役人』という奴さ」


 ここにセロシアがいたなら、『違うっつぅの!』と叫んでいただろう。だが人間の文化に詳しくないヘイムダルはあっさりと頷いた。


「ずいぶんと日本に詳しいな」

「セルリアが日本育ちって聞いて、本を読みまくったからね。それより見失っちゃったよ」

「問題ない。五百メートルほど先にいる」

「あ、そうなの? なら追いかけようか」


 仕方ないとばかりにマスクをはずす。耳も幻術をかけるにとどめフードと帽子は脱いだ。それだけのことなのに、見事に変人から美形の男性に変身である。

 先程とは違った意味で通行人がヒソヒソと話しながら過ぎて行く。

 二人の神様は、そんなものをまったく視界に入れず、己の従者を追いかけた。


 十分後、固まっていた『警察官』という職業の制服男は、平八と六助という名の怪しい二人づれを捜し始めたという。神職という言葉から、神社と教会をしらみつぶしに。

 もちろん、そんな男達が見つかることはなかったけれど。

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